U・シンデレラヴィジョン | ナノ



「幸村君って、あのちっこいのとできてんの?」


は?と飛び出た声。後ろを振り返れば、じゃがバターを頬張っている丸井が目をぱちくりとまばたかせていた。おまえさっきからどれだけカロリー摂取してるんだよ、と思うが口にはしない。丸井の食い意地が普通ではないのは皆知っているし、一応大学生になってもそれなりに運動はしているようだ。丸井もエスカレータで立海大学に進学したものの、サークルには所属していないため実は会うのは久しぶりだった。


「どうして?」
「二人で仲良く帰ってきたから。学校でも一緒に居るの見かけるし」


じゃがいもを口に入れながら喋るな。
芽夢と花火を見たあと、漸く連絡がついたジャッカルから伝えられた待ち合わせ場所に二人で向かった。おそらく、丸井はそのことを言っているのだろう。自分の態度が悪いのか、仁王にも同じ勘違いをされてしまったようだし、これはさすがに距離感を見つめ直す必要がありそうだ。
仁王と仲直りをしてこい、と芽夢と彼に五円玉を握らせ、二人は賽銭箱の前だ。この会話は聞こえていない。何となく、仁王にびくついているように見える背中に、思わず笑みが零れる。いや、こういう態度がいけないというのは分かっているのだが。表情筋が脳からの命令を遮断するのだからどうしようもない。


「あの子とは友人だよ」
「へー…、だってよ!良かったな赤也、おまえにもチャンスあるっぼいぜ!」
「っ、だぁああからー!違うって言ってるでしょ丸井さん!!」
「初々しい奴だな」
「柳さんまで…!何言ってるんすか二人とも!」
「あははっ」
「え?」
「チャンス?ないよ?」


瞬間、けらけらと笑い出した幸村。それに反するように、赤也と丸井の顔色がさっと変わった。柳はというと、まるでその反応を予測していたかのように平然としている。「ないよ?」と疑問符をつけてはいたものの、その笑顔から発せられる絶対的な威圧感には、覚えがあった。この恐怖は、おそらく同じコートに立ったことのある人間は等しく感じたことがあるだろう。


「今のところ、あの子と一番近いのは俺だから。俺に勝ったら、もしかしたらチャンスくらい生まれるかもな」


いや、無理だろう。誰もがそう思ったが、なんとなく言葉にするのは気が引けた。同じ部のプレイヤーとして互いを見てきた時間は長い。その中で、幸村と対峙して凌ぐだけの力を身につけることを目標としたことは、レギュラーの誰もが思ったことがあるはず。けれど、違う。この幸村は。そんな純粋なプレイヤー同士の対決なんかにはならない。これは唯一無二の、幸村様々の笑顔だ。つまりは、遠まわしな言葉で多少なりとも勝機があるかのように見せて、その裏では「手なんか出そうものなら一生後悔する目に遭わせてやろう」という意味を忍ばせている。これには赤也も、最初からないようなものだった戦意を完全に喪失。うっかり幸村の地雷を踏んでしまったらしいことに気付いた丸井も、今にもじゃがバターの皿を落としそうなほど慌てていた。


「…なんて、冗談だよ」
「、は…?」
「水竿さん、あれでも彼氏持ちだから。普通にチャンスなんかないよ」
「な、なんだ、そういうこと…」


幸村の声のトーンが変わったかと思うと、今までにじみ出ていたオーラも綺麗さっぱり引っ込んだ。なんだ冗談だったのか、と丸井と赤也は見るからに安心したように深く息を吐いていた。と、絶妙なタイミングでお参りを済ませた仁王と、話題の中心になっていた芽夢が戻ってくる。心なしか、見送った時よりも雰囲気が幾分か柔らかいような気がする。


「おかえり。仲直りはできた?」
「は、はい…悪気があったんじゃないのは、分かりました」
「初対面のやつに悪気があって何かするような男に見えたんじゃな、水竿サンには」
「それは、普段の行いの表れじゃないのか?仁王」
「なんじゃ幸村、まだ怒っとるんか」
「ただのアドバイスだよ」
「おー…怖いのう」


障らぬ神の子に祟りなし、というように仁王はわざとらしく笑う。既に気に障ってしまった以上、無駄なことに変わりはないのだが。芽夢は普段の幸村とのギャップに戸惑いながらも、もう大丈夫だからと笑って見せた。本人が怒っていないのにいつまでも気にするほど、幸村は狭い人間ではない。


「幸村さん、幸村さん」
「なんだい?」
「ベビーカステラ、食べたいです」
「…太るよ?」
「少しくらい太れたらその方が良いんですけど…」
「ふふ、確かに。じゃあ買いに行こうか」


踵を返して歩き出した幸村に、芽夢は浴衣の袖を翻して着いて行く。身長差から、周りには兄妹のように見えているかも知れない。ふと、幸村は一定の距離を置いて隣を歩く芽夢を横目で盗み見た。少しくらい太れたら、というのには頷ける。芽夢は小さく、顔立ちも幼い方だが、それでもなんとなく子供じみて見えない理由は、子供らしい健康的なふくよかさとはかけ離れているからだろう。芽夢は小さいし、細い。抱きかかえても負担にさえ思わないくらい軽くて、スポーツで鍛えた筋肉はついていても脂肪と呼べるものはかなり絞ってしまっている。腕なんて、少し力を入れただけで折れてしまいそうだと思うし、太ももなんて"太い"という字が要らないのではというくらい細い。胸だって、決して豊満というわけではないのに、ウエストから腰にかけてのラインは女性らしいくびれがしっかり存在している。浴衣は寸胴体型が似合うというのなら、実は芽夢はそれには該当しない側なのだ。
って、そんなこと言ったら間違いなく俺ただの変態じゃないか。唐突に我に返って、幸村は視線を前に戻した。ただ、彼女はとても痩せているから少し心配なだけ。そう自分に言い聞かせても、一度頭に浮かんだ情景は簡単には消えてくれない。たった一度でも、本来知りはしないはずの彼女の奥の方まで覗いて、触れてしまったから。

羨む気持ちも、確かに突き付けられた虚しさも、あの日の熱もまだ消えてはくれない。本当は隣を歩くだけでも、その小さな手に触れたいくらいだ。
けれど、彼女が既に幸せを掴んでいるというのなら、それが少しでも長く続いたら良いと思う。その中に居るのが自分かそうでないかなんて、本来とても些細なことだ。水竿さんが笑ってると嬉しい。彼女もそう言ってくれて、だから俺は笑う。そうやって、互いの幸せを願っていられる今が一番理想とする自分たちの姿なのかも知れない。納得なんかしていない。だけど、受け入れたいと思ってる。


「幸村さんも食べます?」
「ん、少し」
「じゃあ三十個入りで!」


子供みたいにきらきら目を輝かせて、小さなカステラが袋に放り込まれていくのを見つめる芽夢。なんとなく、妹を見ている時みたいで少しおかしかった。後ろから聞こえてくる隠れるような話し声は、まあ大目にみてやろう。やっぱり仲良すぎ、とか本当はできてるんじゃ、とか聞こえているなんて、話している本人たちは気付きもしないのだろう。実際、芽夢には聞こえていないようだし。距離を見つめ直す必要があるかも、と思って間もないのに、もうそんな気すらない自分に嘲笑。
だって、恋が叶わなくたって、水竿さんが違う人のものだって、やっぱり人間としても好きだし支えてあげたいとも思う。こうして、友達としてたまに遊んだりもしたい。友達だから有り得る特権があるなら、それは全部俺が欲しい。全部が欲張りすぎだって言うなら、そりゃあ少しくらいは我慢もするけれど。この子への特別な気持ちがなくなっても、こうして一緒に笑えたら良いなって、思った。
だから、赤也に言ったことは半分冗談で、もう半分は本気。チャンスなんて、やらないよ。俺の場所が狭くなったら嫌だから。俺が勝てない相手は、一人いたらもう十分だ。さしずめデメキンといったところの、あの背の高い俳優みたいな顔の男一人で。
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