U・シンデレラヴィジョン | ナノ



「どうして?何をどうしたらそうなるわけ?ちょっと俺には理解し難いんだけど分かりやすく説明してもらえるかな?」
「う、うぅ…」


泣きそうだった。無表情で問い詰めてくる幸村から目を逸らし、やっぱり止めておけば良かったと後悔した。いやしかし、自分の周りの適任といえば彼しか浮かばなかったのだ。静かな口調で名前を呼ばれ、芽夢はおそるおそる顔をあげた。無表情のまま睨まれる。逃げ出したくなるくらいには怖かった。


「水竿さん、仮にも帰国子女だよね?」
「…はい」
「何をどうやったら英語の単位を落としかけるの?」
「か、会話ならできるんですよ。でも文法とか全然把握してなくて…英語も体で覚えたっていうか…」


そう、あろうことか単位の危機に陥っていた。それも英語で。日本に来る外人にも良くあるパターンだ。会話をすることはできるが、実は文法やら敬語の使い方がだいぶ間違っていたり、イントネーションがおかしかったり。色んな国籍の人間が集まる学校に居た影響なのか、芽夢は特に訛りが酷いらしい。自分ではあまり理解できていない。とりあえず話せれば、なんて思っていた過去の自分を叱りたい気分だが、あの時はあの時でさっぱり分からない英語を必死に覚えていたのだからそういうわけにもいかない。
まあ、早い話が、優秀な先輩に教わろうというわけだ。幸村の成績は中の中、面白いくらいに真ん中らしい。高校までは義務的な勉強法だったがために良い成績を維持していたらしいが、大学生になって良い感じに垢抜けたと言っていたのを聞いたことがある。ちなみに、芽夢が英語を教わりたいのは彼でなく、そのバックに潜む柳蓮二である。


「お願いします、柳さん貸してください!」
「そう言われても、あいつは俺のものってわけじゃないんだけどな…そんなに教わりたいなら直接頼んでみれば良いんじゃない?」
「えっと、幸村さん通さないとなんか、気恥ずかしいといいますか…」
「ふふっ、何それ。俺、信頼されてるってこと?」
「はい、とっても」
「何か怪しいけど…分かった。今日時間取れないか聞いておく」


やったあ!幸村さん神!と手放しで喜べばくすくすと笑われた。ちょっと、恥ずかしい。最近よく話すせいか、だんだん礼儀がなくなっているような気がする。注意しなくては。同い年なのに、彼はいつも落ち着いていてめったに動じたりしない。羨ましい、と素直にそう思った。彼とは昼にまたテラスで、と約束を取り付けた。


「あ」
「はい?」
「ゴミ、ついてるよ。髪に」
「えっうそ」
「ああ待って、取るから目瞑って」


幸村の手が伸びてきて、言葉に従って目を閉じた。そっと指先が前髪に触れてくすぐったい。すると、突然顔にひやりとした冷たい刺激を感じで、ひえっと声が上がる。反射的に目を上げれば、目の前に花のように柔らかい笑顔。あれ、なんだか今までと視界が違う。自分の顔に手を伸ばしたら、指先が固いものに触れた。ゆっくり、両手でそれを顔から離す。


「、眼鏡…?」
「アラレちゃん眼鏡、好きなんだろ?あげる」
「えっ」
「安物だけどね」


テーブルに頬杖をついて、彼は楽しそうに笑う。芽夢の手にあるのは、確かに黒縁の大きな伊達眼鏡。そういえばこの間、壊してしまったと話したような気がする。そんな些細なことを覚えて、しかもわざわざ買ってきてくれるなんてまさか思うはずもなく、芽夢はぱちくりとまばたきをして幸村を凝視した。


「俺、水竿さんにはその眼鏡が一番似合うと思う」
「あ、ありがとうございます…」
「うん。だから受け取ってよ」


褒めるのが上手い人だ。これが高価なものでなくて良かった。何だか悪いような気もしたが、わざわざこれを買うために時間を割いてくれたというからには受け取らないわけにもいかない。今日一日はこの眼鏡をかけていることにしよう。それにしても、彼には世話になりっぱなしだ。最初の定期のことといい、愚痴を聞いてくれたり、お昼を奢ってもらったり。このままで良いのか、と芽夢の良心がちくちくと心をつついた。


「私、幸村さんに何かお礼がしたいです」
「え?いらない」


一刀両断だった。予想はしていた。ここまではっきりと言われると、黙って何かしても逆に機嫌を損ねてしまう気がする。「それよりさ」と話題を変えてくる彼に、落ち込んだ顔を上げた。


「勉強会やるなら、俺も居て良い?」
「あ、はい、もちろん」
「出来の悪い子を見るのは慣れてるから、俺も少しは教えられるよ」
「…お願いします」


優しそうな顔で当たり前のように毒を吐くから彼はよく分からない。ちなみに出来の悪い子、というのは去年まで後輩だった切原赤也のことだったらしい。テニスをするために入学した立海の赤点遅刻常習犯だったとか何とか。自分も決して勉強ができるというわけではない、むしろ恐ろしく苦手ではあったが、少し赤也という人が気にはなった。まあ、大学が違うのなら会うことはまずないだろうが。
ちなみに幸村さんは勉強もスパルタでした。やっぱり柳さんは助けてくれなかったけれど、おかげで単位は安全圏になったので感謝するしかなかったです。
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