ロストエンドスタート | ナノ


「最近テニス部と仲良いね」


そんな何気ない先輩の一言で、芽夢は久方ぶりにパスボールを取り損なった。同時にパス回しの練習も止まり、あまりに不審な芽夢の様子に部員の目が光り出す。


「な…仲良くないですよ?」
「嘘つけーテニス部と一緒にいたの見てるんだからなー」
「いや、だから、テニス部と仲良いわけじゃなくて菊丸が…」
「菊丸君と、仲良しなんだ?」
「……」


墓穴。不自然に目を逸らす芽夢に、にやにや顔の先輩が迫る。こういう話には敏感なんだ、女の子は。


「あんた、ちょっと前までテニス部は嫌いだの菊丸君とは仲良くないだの言ってたのに、どういう心境の変化?」
「せ、先輩、近い…」
「いーから答えなさいよ」
「部長まで…」


絶体絶命とはこのことか。周りからしたら大袈裟だと思われるだろうが、この手のネタを掴んだ女は真実を言うか嘘を掴まされるかしないと絶対に引かないのだ。しかし、芽夢は既に彼女たちに一回目の嘘をついている。菊丸と不二とは特に仲良くなかった、と。さすがに二重に嘘をつくには無理がある状況だし、これ以上は罪悪感もある。もういっそのことバラしてしまうか、と芽夢は浅く息を吐いた。


「…なーんだ、元々友達だったんだ」
「もー。なんで最初に言わないの?」
「だ、だって中三くらいからぱったり縁切れてたから…」


結局、菊丸のことを洗いざらい吐かされてしまった。不二との関係は上手い具合に外して答えられたはずだ。しかし、恋愛云々の話でないと分かった時の、彼女たちの興味の失せ方といったら。


「付き合わないの?」
「え、菊丸と?」
「うん」
「いや、ないですないです」
「あのイケメンを全否定するなんて…さては、本命がいるな!」
「いやいや、いないですって」
「なんだよもー!あたしは芽夢からもたまには浮っついた高校生らしい話が聞きたい!」
「そうだぞー。そんなんじゃ菊丸君と変な噂になっちゃうかもよー」
「はいはい、そんなのないですって。さ、練習再開しますよー」
「えー」
「筋トレでも良いですけど」


瞬時にブーイングの嵐。ていうか部長、あなたまで何をしているんですか練習させて下さい。全く、どこまでも自由な部活だ。こんな調子では、地区大会が思いやられる。


――――


人の忠告は素直に聞くべきだと、芽夢は目の前の光景に絶句しながら思った。こんな典型的なことが、まさか自分の身に起こるとは考えもしなかったのだ。


「生ゴミ…だよねえ」


どうしろっていうのさ、これ。漂う腐臭、下駄箱の名札を再度確認しても、書いてある文字が変わることはなく。この、生ゴミと雑草が山ほど詰め込まれた下駄箱は間違いなく水竿芽夢のものだった。そのゴミに埋もれた一枚の紙に、菊丸君と別れろ!と殴り書きで残されていた。テニス部ルーキーの人気、恐るべし。
とりあえず、芽夢は備え付けのスリッパを拝借して真っ先に職員室に向かった。典型的な虐めに遭ったからといって、怒りはあるにしても一人隅っこで静かに泣くような性格ではないのだ。まあ、怪我をしたわけでもなし、上履きが一足駄目になったくらいで学校が何かしてくれるとは思っていなかったが。これは虐めの告げ口ではなく、スリッパを使う許可を取るための行動だ。十分後、芽夢の下駄箱の有り様を見た担任はあからさまに面倒くさそうな顔をしていた。せめて慰めるとかないのかクソオヤジ。やっぱり面倒くさそうに「菊丸に相談して、しばらく離れといたらどうだ」なんて、それはアドバイスのつもりなのかハゲオヤジ。

そんなことが、三日続いた。いや、言ってしまえば生ゴミ事件よりも前から気になることはあったのだ。持ち物をやたらなくしたり、宿題のレポートが机の中からなくなっていたり、ラクロス部のボールカゴが二日連続でひっくり返っていたり。なるほど、今思えばあれが虐めの前兆だったわけだ。ちなみに、菊丸には結局話さなかったため、三日間で虐めはどんどんエスカレートしていった。今日は体育から戻ってきたら制服がなくなっていて、探し回ったらトイレの便器に捨ててあった。仕方がないからすごく嫌だったけど素手で取り戻した。その後十分間はひたすら手を洗っていた。そんな時でも菊丸は何も知らずに教室に遊びに来ては「水竿、事務員さんの水まきしてる中に突っ込んだんだって?だっさいにゃ〜」などと笑うものだから思わず腹に一発入れてしまった。
しかし、ここまで悪化するとさすがに黙っていられなくなる。早いところ犯人をあぶり出して証拠と一緒に教師に突き出してやりたいものだが、どうにも彼女たちは姿を現そうとしない。力では適わないと分かっているのだろうか。
と、思った矢先だ。単純な奴は尻尾を出すのも早い。人数は二人、部活に行く途中の人気のない渡り廊下での待ち伏せだった。一年では見た覚えのない顔、どうも上級生のようだった。


「あんた、あれだけ痛い目見てまだ分かんないわけ?」
「仰ってる意味が分からないのですが」
「しらばっくれんな!ブスが菊丸君にちょっかい出しやがって!」


ちょっとお姉さん、言葉が汚すぎやしませんか。こりゃあ陰湿な虐めを思い付くわけだ。


「せっかくなので直接言いますけど、私と菊丸は中学で仲が良かっただけの友達ですよ」
「はっ、そんなつまんない嘘で逃げられると思ってんのかよ」
「ウザいんだよ、あんた」
「こっちの台詞です」
「はあ!?何だよおまえ!一年のくせに!」
「殴りたきゃ来い、と言いたいところですが、私たち大会を控えてるのでもう止めてもらえませんか」
「どうだって良いんだよ、あんなショボいラクロス部なんて!」


あ、もしかしてこの人たち今ラクロスを馬鹿にした?というか人のチームメイトにこの上なく失礼な言葉を吐いたのではないだろうか。
一つ言っておこう。芽夢は着火するまでは非常に遅いタイプなのだが、一度噴火すると一瞬で溶岩を噴き出し切るのだ。


「ひっ…!」


そんな短い叫び声が聞こえた気がしたが、構いもしない。自業自得だ。芽夢が力任せに振り抜いたスティックから飛び出したボールは、女子二人の顔の間を突き抜け、奥の壁に跳ね返ると右側の女子のスカートのプリーツを掠って芽夢のスティックヘッドまで戻っていった。壁に当たった音からして、身体に直撃していたら痛いどころの話ではないだろう。今まで偉そうにふんぞり返っていた二人は、その姿が嘘みたいに寄り添って顔を青くしていた。


「私は部活に行くんです。どいて下さい」


威圧感のある声。今までとは明らかに違う怒り方の危険を察したのか、二人は悔しそうに眉を顰めて逃げ出していった。なんだ、根性なしめ。これで虐めがなくられば万々歳なのだが、どうなることやら。
なんて、いつも自分は考えが甘いのだ。
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