ロストエンドスタート | ナノ


「おー、すっげえ」


菊丸が感心するように声を上げた。不二は振り向き、休憩中とはいえテニスコートから外を眺めている後ろ姿に首を傾げる。はて、何が見えるのだろうとそちらに目を凝らし、菊丸の視線の先を捉えてすぐさま納得した。


「お、また変にバウンドしたの捕った。おお、二人抜いた。うおお、何アレ股抜きシュート!?すっげー!」


ぴょんぴょんと飛び跳ねて、菊丸の興奮状態はどんどんエスカレートしていく。不二は苦笑を浮かべ、落ち着かせようとその肩に手を置いた。
菊丸は部活の休憩中、よくグラウンドの方を見ている。彼はこのテニスコートから少しだけ見える女子ラクロス部の練習風景を観察している。ラクロス部、というよりはその中でずば抜けている一人と言った方が正しいか。
水竿芽夢。クラスは違えど、この青春学園高等部の同じ学年の女子生徒だ。中学の頃から、彼女はラクロスに関してちょっとした有名人だった。テニス部、菊丸英二は持ち前の身軽さを活かしたアクロバティックテニスを得意としている。それに負けず劣らず、アクロバティックさを全面に押し出した、女子というには恐ろしいまでのプレイスタイルを持ってラクロス部を先導するのが、水竿であった。
少なからず似た部分を持った相手に、思えば菊丸は中学の時から興味津々だった。


「なー不二!やっぱり水竿すごいよな!」
「それはいつも聞いてるよ。それより、そろそろ休憩終わるけど」
「え!?やっべー俺まだ着替えてないにゃー!汗でびっしょびしょだしちょっと行ってくる!」
「いってらっしゃい」


目にも止まらぬ速さで部室に掛けていく菊丸を見送って、不二は彼と同じようにグラウンドへ視線を傾けた。この学校のラクロス部は、正直言ってあまり強くない。運動部では下位の成績、部員も少ない。ただ、そこで唯一注目されているのが、菊丸が言っていた水竿芽夢だ。中学でもラクロス部だった彼女はやはりずば抜けた実力を持っていたことから、多少の知名度があった。彼女なら、ラクロスの強い学校に進学しそうなものだったが、何故か今ああして青春学園の弱小といわれるラクロス部で活動している。妙に騒がれたら見れなくなるから良いけど、と菊丸が言っていたのを思い出す。
まあ、そんなことは不二にとっては至極どうでも良いことなのだ。

視力の良い菊丸でなくても良く分かる。あの部の中心で輝く彼女はいつも笑顔だった。他のことなんて目にも入らないみたいに、とても楽しそうに笑うのだ。劣等感、というか、負けた気分だった。
「彼女にとって自分は居ようが居まいが関係ない」のだという事実が、確かにあったから。
それほど長く生きたわけでもない自分たちの人生の中でも、彼女と関わったのは更に短く一年と少しの程度だ。彼女はそんなこと忘れてしまったかのように、充実した毎日を送っているのだろう。不二がその一年とちょっとばかりの時間を、まるで宝物のように感じているのとは違う。
関係なんて切れてしまえば他人と同じ。現に学校生活で、彼女とは目が合うことすらない。


「あれ、不二?帰んないの?」
「うん、もう少し打っていきたい気分なんだ」


練習後、ぞろぞろと帰っていく上級生たちから離れ、一人ラケットを握ったままの不二に真っ先に駆け寄ったのは、やはり菊丸だった。彼は不二から残ると聞くと、うんうんと首を捻って唸る。不二が残るなら付き合いたい、しかし今日は好きな漫画の発売日。まあ、そんなところだろうと予想。一人でも大丈夫だと告げると、菊丸は少し申し訳なさそうに謝って不二から背を向け走り出した。中学から変わらない無邪気さに自然と笑みが浮かんだ。
一人になりたい気分、とは少し違うけれど。今は友人たちと楽しく談笑する、という気になれなかったのは確かだ。居残り練習は都合の良い理由付け。ラクロス部を見た後は決まってこうだ。自分の知らないところで幸せを感じている水竿がほんの少し憎らしい。そんな自分たちを、実はいつも心配している菊丸には申し訳ない。それでも、二度と自分から彼女と向き合うつもりはない。

つまるところ、不二周助は水竿芽夢が苦手なのだ。
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