ロストエンドスタート | ナノ


出会いは一期一会。それが人であろうと、そうでなかろうと。例えば、作曲家からすれば音との出会いは一期一会。野球選手からすればボールとの出会いは一期一会。
それは私でいうラクロスであり、彼でいうテニスであり、私たちでいう互いのこと、でもあるのだろう。
別れは思った以上に早いものであると、知ったのもすぐ後のことだった。

私立青春学園高等部、春の陽気も姿を隠し、もうじき梅雨が来るというある日のことだった。来たるべき大会に向け、部活動が盛んになる時期、グラウンドを見渡せばどこにでも運動部の姿があった。その中でも、青春学園で最も人目を集めるのはテニス部といってまず間違いないだろう。他校の偵察から女生徒の黄色い声援から、とにかくテニス部コートのフェンスの外には常に人集りができている。青春学園のテニス部は中高共に輝かしい実績を誇って居るのだから、当然といえばそうなのだろう。
ちなみに、そんな光輝くテニス部の影にもならない隅っこで地道に活動している部活こそが、我らが女子ラクロス部なのである。


「というわけで私はテニス部がとても嫌いです」
「こら芽夢、嫉妬しても仕方ないでしょ。サボってる暇あるなら」
「私サボってるように見えますか、先輩」
「……私が悪かった」


ぶん、とスティックを振り抜くと、一拍置いて鋭い音。風切り音とボールが向こうに渡った音だ。普段よりも早い球に、正面に立っていた先輩は苦笑を浮かべる。


「まあでも、うちは芽夢が入ってくれただけでも大助かりだよ。危うく部員足らずで今年の持ち越しできなくなるところだったし」
「そんなそんな、まあ私以外みんな三年生ってのがちょっと居心地悪いですけどね」
「居心地悪いやつの態度に見えないよ。しっかし、中学からこんな上手い子が上がってくるなんて思わなかったよ」
「先輩たち、みんな高校でラクロス始めたんですよね。単に経験した数が違うだけですよ」
「あんたの、その妙な気の遣い方は好きだよ」
「やったねー」


ぱこんぱこんとテニスボールを叩く音は止まない。ラクロス部が練習しているグラウンドからテニスコートまでは目と鼻の先である。
青春学園女子ラクロス部。見てわかる通り、テニス部とは雲泥の差がつく弱小部である。部員は三年生と、唯一一年生の水竿芽夢だけ。なんとか一つのチームが構成できる程度の人数しかいないラクロス部は、きっと存在すら知らない生徒もいるのだろう。
だからテニス部は苦手だ。ただの妬みである。


「つっ、かれたー」
「そりゃああれだけ動き回ってたらね、疲れもするでしょうよ」
「芽夢って本当身軽だよね、こっちがミスした球も簡単に捕っちゃうし」
「フットワークの軽さだけが自慢ですから」


水竿芽夢、小学生の頃は猿というニックネームがついていた。幼い頃から動体視力に長けている芽夢は、中学高校でもその無茶苦茶な身軽さを存分に発揮していた。ラクロス部で、少なくとも他校に名前を覚えられるのは芽夢くらいのものだろう。
不意に「あ」という先輩の声で顔を上げる。前方からはぞろぞろ固まって歩くユニフォームの集団。天下のテニス部様のお出ましである。すれ違い際に三年生同士は軽く言葉を交わしているが、芽夢は視線を前から移すことなく歩き続けた。テニス部が苦手だからではなく、話すような間柄の人間が居ないからだ。ちくり、と肌に刺さる視線。誰かに見られているのを感じて、横目で確認する。つり気味のくりくりとした瞳がじっとこちらを見つめていて、芽夢は彼に向き合うことなく社交辞令に軽く頭を下げた。彼はそれ以上何もしなかったし、言わなかった。


「そういえば、今年テニス部にすごい美形男子が入ってたよね」
「菊丸英二くんと不二周助くんだね」
「立川なんで名前知ってんの」
「あんまりにもイケメンだから調べちゃった」


立川先輩、茶目っ気のある部内のムードメーカーである。一年生のイケメンテニス部員。話題からして、次に矛先が向けられるのは自分だろうと予想した通り、最初に話題を立てた部長の黒木が芽夢を振り返った。


「芽夢、その二人のこと知ってる?」
「有名人ですからね。一人はさっきすれ違った中にいましたよ」
「えっ、嘘ー教えてよー!」
「どっちの方?」
「菊丸の方」
「不二くんの方は?」
「私に聞かれても」
「中学で仲良くなかったの?」
「あはは、残念ながら」


やっぱり、女子はこの手の話に目がない。誰がかっこいい、誰と誰が仲が良いだとか。どちらかといえばそういった話題にあまり興味がない芽夢は専ら聞き手に徹しているのだ。
二日後には練習試合を控えているというのに、というのが本心だ。ただでさえ弱小部、練習試合を受けてくれる学校があること自体に感謝しなくてはいけないのだ。とはいっても、それでも芽夢が入部してからはいくらかまともになったというか、まだ相手方からの依頼はなくともこちらからの申し出が断られることは確実に減った。その原因は中学時代からラクロスでずば抜けたセンスを発揮していた芽夢にあるのはまず間違いなく、相手校の目当てもおそらく芽夢一人なのだろう。上級生たちは当然それを理解していたが、温和な気質が幸いし妬みを買うこともなく、むしろやる気に燃えるという真っ直ぐな人たちの集まりであった。ラクロス部自体は弱い、しかし楽しみながらをモットーに活動するこの部はとても好きだった。実績は高く臨みすぎず、できる限りの力を常に出し切る。それが女子ラクロス部である。


(とはいっても、先輩の引退試合までには何とか勝ち上がれるようにしたいんだけどな…)


今まで地区大会の初戦や二回戦で止まりっぱなしだった上級生たちは、とにかく場慣れしていない。加えて、昨年の三年生はそれなりに人数が多く、レギュラー経験者は部長の山瀬だけだという。やる気は十二分にあるのだが如何せんマイペースなのが目立つ。言っても無駄なんだろうなあ自由人だし、と思えるくらいには慣れたものだ。芽夢の悩みは尽きない。


「あ」


声を上げたのは芽夢だった。部員たちも立ち止まった振り向くが、芽夢の視線は全く違う方向に向いていた。帰り際、校庭から僅かに見えるテニスコートの一角に一つの影を見つけて、芽夢はそれを指差す。


「あれですあれ、不二周助」
「え?どれ?」
「あー…暗くてよく見えないんだけど」
「そりゃ勿体無い。すごい美男子なのに」
「あんたはどこまで目が良いのよ…」


両目共2.0です。とは言わなかった。ぱこん、ぱこんと響く音は少ない。どうやら一人で練習を続けているようだ。無駄と分かりながらも目を凝らして不二の顔を拝もうとする部活仲間に軽いため息をつく。


「珍しいっちゃ珍しいけど」


不二が活動時間外まで学校で練習をするなんて。口に出しそうになった言葉を、直前で押し込めた。まるで不二を良く知っているみたいな発言をしたら、どれだけしつこく尋問されるか分かったもんじゃあない。
不二とは特別仲が良いわけではなかった。クラスも違えば選択科目も重なったことはない。これといった共通点は皆無、だから互いのことは何も知らない。青学テニス部の有名人、ということを一方的に認識しているだけに過ぎない。
「そういうこと」になっていたのだ、いつの間にか。人の繋がりなんて、ふとしたことで切れてしまうもの。自分の都合が良かったから、それに流されただけに過ぎない。

水竿芽夢と不二周助は、全くの他人である。
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