クリアな詭弁の世界に淘汰 | ナノ


「コトって精霊術は使わないんだね」
「レイア、よくそこまで不自然に話題を移せるわね」


元気すぎ、とコトは浅く息を吐いた。その原因であるレイアは、明るく笑いながら棍をくるくると回す。たった今まで魔物と戦っていたのに、疲れた表情もしない。そういえば、戦う前も燃えてくるものがどうとか言っていたか。コトからしてみれば、こんな宙に浮いたいつ落ちるかも分からない場所で、本来なら戦う必要もなかった魔物を相手にしなければいけなくなったという時点で気分は右肩下がりになる一歩だったが。


「いざとなれば出て行くつもりだったが、心配なかったようだな」


背後から現れた男はそう言って腕を組んだ。キタル族のユルゲンス。思えば、コトがこんな不毛な戦いをしなければいけなくなった理由は、ある意味で彼なのだ。
ラコルムの主を倒した後は特に苦労することもなくシャン・ドゥまでたどり着いた一行。街に入って早々に落石の被害に遭うという不運にぶつかりながら、目当てのワイバーンまではたどり着いた。しかし、檻に入れられ繋がれたそれはキタル族、という部族が管理するものだった。しかし、ミラたちにそのワイバーンは必要なもの。どうにか貸してもらえないかと頼んだところ、相手はこちらに条件をつけてきた。それが、この戦いに繋がるというわけだ。十年に一度行われるという部族大会。戦う力を持たない彼らの代わりに、その大会に出場し優勝すること。それがユルゲンスが持ちかけてきた条件だった。とは言っても、今のはあくまでコトたちの実力を確かめるための試験だったのだが。


「大会は明日からなんだし、今日はもう宿に行きましょう」
「あっ、コト!さっきの私の話はー!?」
「はいはい、宿に着いたら何でも聞くから。レイアもさっき怪我したばかりなんだから、少しゆっくりしないと」
「もう、大丈夫だってば〜」


駆け足でコトを追いかけるレイア。身長も年齢もさほど変わらないはずなのに、二人は歳の離れた姉妹のようにも見えた。それにミラたちも続き、一行はまっすぐ宿屋へと向かった。


「で、なんで?」


所変わって宿屋のロビー。部屋は男女別に用意されているため、ロビーに集まって闘技大会について話すのが目的だった。そこでレイアが唐突に話しかけてくるものだから、コトはよく考えもせず「何が?」と答えてしまい、レイアはそれに頬を膨らませた。


「もー、さっき言ったじゃん。なんで精霊術を使わないのって」
「ああ…、使えないのよ」
「使えない?」


レイアは首を傾げ、オウム返しで言う。それに素直に頷けば、今まであまり興味なさげだった皆がレイアと同じようにコトを見つめ出した。なんだ、そんなに珍しいことなのか。この時点でのコトの気持ちは、その程度だった。精霊術に関してあまり重要性を感じていないコトを前に、ジュードが顎に手を当てながら首を傾げる。


「使わないじゃなくて、使えない…?」
「おかしいかな」
「おかしいというか…、精霊術って、霊力野から出るマナの量によって威力が変わるものだから、規模に差があったり…もちろん霊力野の発達が弱いと苦手な人も居るけど、基本的に全く使えないってことはないんだよ」
「うん、それだ」


ぴっ、と指をさされ、ジュードは目を丸くした。当然のことを説明しただけなのに、コトは納得してしまう。当然、今の会話のどこにコトが着目したのか本人以外はまるで分かっていない。皆の訝しむような視線に気付き、コトは先ほどのジュードのように首を曲げて苦笑した。


「私、その霊力野っていうものがないの」
「え…?」
「霊力野が、ない?ジュード、そんなこと…あるんですか?」
「そ、そんなはずないよ。だって、霊力野って誰もが生まれ持っているものなんだ」
「間違いないわ。ジャオと一緒に居る時、何度も検査されたから」
「つまり…コトにはマナを精霊に与える能力がないから、精霊術がまったく使えないということか」


皆の反応を眺めつつ、コトは若干の後悔を覚えた。どうやら、霊力野が存在しないというのは珍しいどころではなく、むしろ奇怪の類なようだ。大事になる前に苦手とでも言って誤魔化しておけば良かった。しかし、それほど異常なものならジャオも教えてくれれば良かったものを。
ふ、と。他とは違う視線に気付いた。仲間内で唯一、アルヴィンだけはコトを見る目が違う、ような気がした。「なに?」と口には出さなかったが、そういう意味を込めて首を傾げながら視線を送れば、軽く微笑むだけですぐに顔を背けられてしまった。それが、どこか不自然に見えた。頼りないただの直感に過ぎないが。


「霊力野がない、って何か想像できないなぁ」
「良いんじゃないか?ある分には困らねえんだし」
「そ、それに、コトは精霊術がなくても…すごく強い…ですっ」
「ムキムキバリボーだもんねー!」
「こら、誰がムキムキだ」


ぶに、とティポの耳だか角だか分からない部分を掴んで引っ張ると、「イヤー!」と叫びながらじたばたと暴れ出した。何だこれ、癖になりそう。とは思いつつもエリーゼが泣きそうになるから今後は控えるようにしよう。ぱっと手を離してやると、エリーゼはティポを抱きかかえながらあやすように頭を撫でた。

その夜は、翌日の闘技大会に向け早めの就寝になった。数日振りのベッドが心地良かったのか、エリーゼやレイア、人一倍疲れていたであろうミラもすぐに眠ってしまった。だからだろうか、一人で暇を持て余して、不意に散歩に行きたいと思ったのは。


「よお、コト嬢じゃん。こんな夜更けに散歩?」
「アルヴィン?」


ちょうど宿屋を出た時だった。建物の壁に寄りかかっているアルヴィンに声をかけられたのだ。何か用というわけでもなく、ただの偶然なのだろう。アルヴィンの問い掛けに素直に頷けば、彼は片手で髪を掻き上げながら笑った。入浴を済ませた後だからだろうか、普段よりも髪型が落ち着いていて一瞬だけ別人のようにも見える。


「じゃあ、俺もご一緒しようかな」
「用事があるから外に居たんじゃないの?」
「もう済んだよ。こんな時間に女の子の一人歩きを見過ごすわけにもいかないし?」
「ふうん、意外と紳士なのね。それとも紳士ぶってるだけ?」
「ひでえ言い様。どうせ暇だし良いんだよ。この街にもちょっと詳しいし、エスコートくらいしてやるって」
「じゃあ、お願い」
「仰せのままに、お嬢様」


差し出された手を素直に取って、アルヴィンの隣に並ぶ。互いに小さく笑って、手は繋がれることもなくすぐに離れていった。僅かな距離と保ちながら、コトはアルヴィンに続いて歩く。そうそう迷うような街ではないが、こうして案内をしてくれる人が居るのは気が楽になる。


「、アルヴィン?」


ふと、足を止める。すぐに振り返った彼は特に変わった様子はない。しかし、コトは僅かに眉を潜めた。アルヴィンが向かう先は、確か街の外だったはず。こんな夜更けに、仲間内から離れて勝手に外に出るような用事もなく、目的はただの散歩だったはずだ。しかし、彼はそれに対して疑問を抱く様子もない。つまり、彼は意図してこちらに向かっていたということ。


「この先は、街の外でしょ?」


思ったことを素直に尋ねれば、首だけをこちらに向けていた彼の身体も向き直る。そのまま、眉を下げて困ったように笑った。


「俺さ、コト嬢にちょっと聞きたいことあるんだよね。良い?」
「構わないけど…なに、」


なにを、と言い切る前に展開する。がん、と強い衝撃。思わず息を呑んだが、直後にひやりとした感触を背中全体に感じた。ぎりぎりと身体を押さえつける腕が誰のものかなんて、考えるまでもない。胸に突き付けられる銃口。しかし負けじと、反射的に取り出したナイフは彼の、アルヴィンの喉元にあてがわれている。どちらも、一歩でも動けば怪我では済まない。


「おーこわ。普通このタイミングで反撃する?」
「質問をするだけにこんなことをするなんて、そっちの方が怖いわよ」
「…おまえさあ」


ぞわり、肌が粟立つのか分かった。普段とは違う、一層と低い声。僅かな光を煌めかせる瞳はまるで鋭利な刃のようで、コトはごくりと唾を飲んだ。しかし、それでも牽制は止めない。


「困るんだよな。霊力野がないだとか」
「は…」
「俺たちの存在を公にするような真似したら、消されるぜ?」


こんなふうに。そう呟いて、アルヴィンは銃口を押し付けてくる。あてがわれた先には、どくどくと動悸を早めつつある心臓。撃たれれば無事ではいられない。どう考えても、圧倒的に不利だった。


「アルヴィンは…私のことを知ってるの?」
「どう思う?」
「分からない。記憶にないもの」
「それ、信じると思う?」
「事実だから」


アルヴィンは何か知っている。直感だったが、まず間違いないだろう。始めから、仲間に見られない場所で話をするために誘ってきたのだと、この時になって漸く気付いた。ぐっ、と銃が胸から喉元に移動し、顎を持ち上げられる。息が詰まりそうな感覚、けれど決して視線は逸らさない。握り締めたナイフも揺るがない。やがて、先に痺れを切らせたのかアルヴィンの腕が降ろされる。今まで張り詰めていた警戒も一瞬でなくなり、コトもおそるおそるナイフを離した。


「ま、どっちでも良いか。悪かったな、いきなり」
「…」
「戻ろうぜ」


何食わぬ顔で言うアルヴィンに、もう争う気は残っていないようだった。たった今まで凶器を突き付け合っていたというのに悪びれる様子もなく、来る時と変わらず手のひらを差し出してくる。意図がまるで読めない、それを気持ち悪いとも思った。素直に手を取る気にもなれず、しかしこちらに微笑むアルヴィンを跳ね退けることもできなくて、コトは思い切りその手のひらをバチンと叩いた。痛い、と訴えるアルヴィンの言葉に返事はしない。すると、彼は悪戯をする子供のようににやりと笑った。


「怒ってんの?悪かったって、許してくれよ。な、お嬢様?」
「重いよ」


ずしり、と肩に乗ってくる腕。よくアルヴィンがジュードにするその行為を、今はコトがされていた。思ったことをそのまま口に出せば、アルヴィンはくつくつと笑い声を漏らす。そのまま引っ張られるように、結局二人で帰路へつくこととなった。


「コト」
「なに」
「さっきのは謝るけど、注意したことは間違ってねえからな」
「注意?」
「そ。霊力野がないなんて、この世界じゃ異常者だ。無闇に口外しても損するだけだぜ」


それだけ告げると、するりと肩の重みが消えて、もう彼の横顔は見えず背中だけを向けられる。やけに真剣な口調で言うアルヴィンに、僅かな違和感。どこか、他人のことを言っているようには見えなかった。
けれど、どれだけ疑問に思ったところで、自分のことも分からないコトにアルヴィンの考えていることなんて理解できるはずもないのだ。彼の背中は、まるで夜の色そのもののようだった。

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