クリアな詭弁の世界に淘汰 | ナノ


「コトお嬢様さあ」
「うん?」
「その技術どこで身に付けたの」


そう尋ねるアルヴィンは何故か苦笑を浮かべていて、見れば周りの全員が同じような表情をしていた。唯一、普段と変わりなく凛としているミラは、さすが精霊の主といったところか。
コトの周りには塵一つ残らなかった。まるで始めから何もなかったかのようだが、実際はそこには自分たちを襲ってきた魔物の集団が居たはずなのだ。一人旅をしていたと言うのだから、人並みの能力は想像していたのだが。それが人並み以上だった時の反応を誰も思いつかなかったのだ。先ほどからばっさばっさと魔物を一掃していくコトを見て、楽なことは違いないのだが別の意味で困ってしまう。


「そこらの傭兵なんか目じゃないくらいの腕だな」
「じゃあアルヴィン君よりも上?」
「俺はプロだから別なの」
「まあ、冗談は置いておくにしても、本当に強いよね。リリアルオーブも持ってるし」


ああ、これは。とコトは光輝くそれを取り出す。皆が持っているものと同じリリアルオーブは、ジュードよりも少し成長が進んでいるようだった。


「仕事をするのに必要だろうからって、ジャオにもらったのよ」
「…俺、コト嬢の仕事っててっきり事務的なもんだと思ってたわ。この様子じゃガンガン戦ってたみたいだな」
「まあね」


じゃら、と耳障りとも取れる金属音が鼓膜を掠める。床に寝そべっていた銀の鎖は、コトが軽く左腕を振るうだけで波打ち、そのまま音を立てながら服の袖へと姿を消した。初めて彼女と会った時に武器らしきものを持っていなかったのも、今のギャップに驚かされる理由の一つでもある。左腕で踊るように唸る鎖を操りながら、右ではナイフを扱う姿に、誰もが驚かされた。


「だが、共鳴に関してはまだ戸惑いが窺えるな」
「仕方ないわ。共鳴術技なんて初めてなんだから」


困ったように笑うコト、その珍しい表情を見たミラはどこか嬉しそうだった。しかし、コトのその言葉を聞いて真っ先に反応したのはミラではなく、後ろを歩いていたアルヴィンだった。


「じゃあ、コト嬢のハジメテは俺が頂いちゃったわけだ」
「もう…アルヴィンはすぐそういう言い方する。気にしないでよ、コト」
「気にする必要性がないから大丈夫よ」
「うっわ、その眼中にないって感じ。俺、傷ついちゃうぜ?」


出会ってからまだ間もないが、それでもアルヴィンの軽口に付き合う機会はあった。さすがに何度か重なれば扱いというものも分かってくる。あからさまに傷付いたような表情をするのだって、作り物だというのは明白だった。そういえば初めて共鳴を繋いだのはアルヴィンだったか、とコトはその時になって初めて思い出した。


「大丈夫よ、そう簡単に嫌ったりしないから」
「じゃあ、お嬢様に慕ってもらうにはどうすれば良いんだ?」
「それは自分で探してください」


くすり、と口元を押さえて笑う姿は年相応には見えない。自称、レイアと同世代らしいが随分と雰囲気が大人びている。レイアなら、急に記憶喪失になったら慌てふためく様子が容易に浮かぶ。


「もうちょっと子供らしい表情してみたら?」
「やろう、で出来たら苦労はしないけどね」
「そりゃそうだ」


愛想笑い、掛ける二。といったところだろうか。コトとアルヴィンは、互いが互いに近い部分があることを感覚的に悟っていた。だからといって、旅に支障が出るわけではないのだが。
魔物を一掃しながら進んでいるとは思えないほどに他愛のない話を続け、いい加減に飽きを感じ始めた時に異変は起きた。


「ここにおられましたかぁー!!」


空気を裂くというか、耳をつんざくような声。呼ばれた名は自分たちの同行者のもので、皆は一斉に声の方を振り返った。空から落ちてきた影は素早く地面へ降り立ち、瞳を輝かせながらミラだけに視線を注いだ。長い銀髪を後ろで束ねた褐色の肌をした、少年…青年とも言いがたい男。見たところコトと同世代くらいだろうか。「イバル」心なしか、驚いたようなミラの言葉で、目の前に突如現れた少年の名を知る。


「ミラ様、そのお姿…!再び立ち上がることができたのですね!」


歓喜余ったのか、大げさすぎるくらいに腕を振るイバル。見れば、皆呆れたような顔をしていて、唯一レイアだけがコトと同じく目を丸くしてその青年を見つめていた。どうやら自分と同じ心情なのは彼女だけのようだ。


「誰?」
「どちら様?」
「ミラの巫子だよ」
「ミラ様のストーカー」


レイアとコトの問いに、ジュードとアルヴィンが答える。若干答えの内容が噛み合っていないような気もしたが、正しいのは間違いなくジュードだろうとそれ以上は何も言わなかった。
どうやらイバルというのはミラ直属の従者らしく、今は故郷であるニ・アケリアの守護を任されているらしい。常人ならばその時点で違和感を覚えるのだが、余計な口出しはしないに限る。ぼんやりとしながらミラとイバルの会話に耳を傾けていると、突然イバルは大きく地面を蹴り飛び上がり、そのままミラの足元に土下座をしてみせた。…これはコントか何かか。


「む、村の守りは忘れておりません!お預かりしているものも誰も知らない場所に隠し、無事です!しかし、このたびはこのようなものが届いたのです!」


イバルは地面につくほど深く頭を下げながら、懐から一枚の紙を取り出しミラへ掲げた。ミラはそれを受け取り、四つ折りにされた紙を広げる。その手紙には、短く「マクスウェルの危機」という内容が記されていた。どうやらイバルはこれを鵜呑みにし、居ても立ってもいられずミラを追いかけに来たらしい。ミラを慕う様子と、ジュードを「偽物」と睨むところを見ると、彼はジュードを勝手に敵視しているのか。


(私には関係なさそ……ん、?)


ふと視線を逸らすと、イバルの向こう、遠くに砂埃が巻き上がっているのが見えた。つん、と後ろからミラの肩をつつき、振り返った彼女に分かるようにその方向を指さした。コトの差す先を見た途端、ミラの表情が変わる。


「皆、逃げろ!」


張り上げられた声に皆が弾けたように視線を見張る。遠く、先ほどまでそう感じていた砂埃はもうすぐ近くまで迫っていて、その中心にある姿もはっきりと確認出来た。ただの魔物、というにはあまりに大きすぎる猪のような生き物。直感的に危険だと察知したジュードたちは一斉に散ったが、魔物に背を向けている状態のイバルは気付かない。ちっ、と隣から舌を打つ音が聞こえ、アルヴィンは驚きつつ横を走っていたコトを見た。ざっ、と砂を蹴り上げる音。早々に逃げるのを止めたコトは、左腕を大きく振るい長い鎖を踊らせた。それは一直線にイバルへと向かい、その手首に何重も巻きついた。かと思えば、イバルの身体がぐわっと空中に浮き、思い切り投げ飛ばされる。コトは背負い投げをするように鎖ごとイバルを放り投げ、あろうことかイバルは大声を上げながら地面に顔から滑り落ちた。


「…おたく、助けるにしてももう少し、さ」
「あれに踏み潰されるよりはマシでしょ」


確かに正論、何一つとして間違ってはいない。が、なんというか。一片の迷いもないコトの行動に、アルヴィンは苦く笑うしかできなかった。
イバルを襲った魔物は砂を巻き上げながら急停止し、足を踏み鳴らしながらジュードたちに対峙する。もはや逃げる道も途絶えた。


「こいつがラコルムの主!?」
「なんかめっちゃ怒ってるー!」
「そんなはずは…」
「どんなはずでももうやるしかあるまい!いくぞ、ウインドカッター!」
「ちっ、仕方ねえな。タイトバレット!」
「スプラッシュ!」


ミラ、アルヴィンの二人が魔物の動きを止め、そこにローエンが術を放つ。しかし、一瞬怯んだように見えた巨体はすぐに体制を立て直す。根本的なパワーが桁違いなのは目に見えてわかった。一発でもまともに受けたらどうなるか、ということも。


「コト、一緒に!」
「合わせるよ!」
『空破連打!!』


ジュードと同時に物理攻撃を連続で叩き込む。それを囮に、ローエンとエリーゼは術の詠唱を進める。つい先ほど加わったばかりで、共鳴を繋ぐのは初めてだと言ったコトだったが、驚異的な順応力でジュードに着いていくどころか、既にタイミングを合わせるまでに成長していた。ふ、とジュードから共有した感覚が消える。見れば、コトはジュードとの共鳴術技を放った次の瞬間にはミラとの共鳴を繋ぎ直していたのだ。


「やれるか、コト!」
「勿論!」
『ブレイジングミスト!』
「はあぁっ!」
『絶炎衝っ!!』


二重に吹き上がる炎が巨体を包み込む。苦しみもがき、やがてそれは炎を纏ったまま駆け出した。その先には、ちょうど共鳴術技から着地をしようとしていたコトの背中。エリーゼが強く名前を叫ぶが、空中では身動きが取れない。コトはちっ、と舌打ちを鳴らし、無理やりに身体を捻ると両腕を身体の前で交差させた。襲い掛かる衝撃をイメージし、強く歯を食いしばる。しかし、それはすんでのところで打ち砕かれた。ガキィッ、という金属が擦れる音。コトの目の前で鮮やかな火花が散る。


「ったく、あぶねーな…おら、よっ!」


強く、風を切るように振り抜かれた大剣が魔物を振り払い押しのける。その背後で、漸くコトは地面に降り立った。


「助かったわ、アルヴィン」
「良いってことよ。…ほら、来いよコト!」
「了解!」


アルヴィンの指示で背中合わせに並ぶ。浅く、呼吸のリズムを通わせ同時に地を蹴り上げた。


「螺旋!」
「轟顎弾!!」


同時に放たれる重圧を正面から受け、魔物は雄叫びを上げる。悲痛とも取れる声、しかしそれは次第に弱まり、やがて掠れるほどになるとその大きな身体は地を鳴らしながらその場に沈んだ。


「地霊小節に入って地場になったら、おとなしくなるはずじゃなかったのか?」


アルヴィンが動かなくなったラコルムの主を見下ろしながら、ローエンに投げかける。コトも、地表が穏やかになるこの時期にファイザバード沼野を抜けてイル・ファンに向かうという話は聞いていたが、このクラスの魔物が何度も現れるというのなら、無事に済む保障はどこにもないだろう。
四大精霊が捕らわれているから。そう誰かが呟いたが、コトには理解できなかった。分かったのは、このままファイザバード沼野とやらに向かうことは出来なくなった、ということ。


「このままシャン・ドゥへ向かおう」


シャン・ドゥという街に居る魔物、ワイバーンを求めて目的地を変えるということで話は纏まったようだった。しかし…「シャン・ドゥ…」小さく呟いたコトを、全員が振り返った。今まで話し合いに参加する素振りもしなかった分、無駄に目立ってしまったらしい。


「知っているのか?」
「一度、仕事で行ったってだけ」


話の腰を折ってしまったことを申し訳なく思いながら、ミラに答える。続けて「詳しいのか?」と聞かれたが、それには首を左右に振った。仕事といっても、ジャオに着いて行って道中の魔物の相手をしていただけで、街についてはほとんど知識がない。
とはいえ、目的地は決まった。

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