クリアな詭弁の世界に淘汰 | ナノ


戦場を走り抜けた先、たどり着いた場所にクルスニクの槍はなく、巡り合わせのようにさえ思える人物の姿があった。プレザ、ジャオ、ウィンガル…アグリアを除いた四象刃。ア・ジュールとの国を賭けた戦いの場に、彼らが居ないとは当然思ってはいなかったが、まさかこうして実際にまみえることになろうとは。一度ばかりか二度までも、コトは彼らに刃を向けた。それに対する罪悪感を持ち合わせていなかったわけではない。特に今となっては、余計に強くそれを感じてしまう。


「…来たか、マクスウェル」


始めにこちらの存在に気付いたウィンガルが、振り向き様に姿も確認せず呟く。なるほど、あちらは最初からミラたちが駆け付けてくることまで予測していたのだろう。四象刃は辺りを囲うように陣形を固めていたラ・シュガル兵を易々と一掃して見せ、改めてこちらを見据える。


「やはり戦場でまみえることになったか。悲しい時代よ。…のう、コト」
「山狩りは楽しかったわ。アル、コト」
「そいつは良かった」
「…私は彼に手を貸したつもりはないけど、ね」


どちらにせよ同じことか、とコトは自虐するように笑う。
行く先を塞ぐように立つ彼らに、ミラは道を開けろと高々に言う。しかし、その余地は既にないようだ。たとえ戦に勝とうとも、それは彼らの主であるガイアス王にとっての勝利ではない。コトとて知らないわけではないのだ。ガイアスの、見据えるものは戦争での勝利などではない。そして、彼ら四象刃がガイアスの想いに反することは有り得ない。それでも。


「…戦いたくないわ、プレザ」
「言ったはずよ?そちらにつくのなら、避けられないことよ」
「違うわ…私は、違う。どちらでも、いられない」
「信念を曲げるか。らしくないのう、コトよ」
「私は…!」
「コト」
「…アルヴィン…」


我を忘れかけて声を荒げたコトを制するように、アルヴィンがその肩に手を置く。まるで引き止められるように軽く引かれて振り返れば、アルヴィンがいやに真面目な表情でゆっくりと首を左右に振った。気付いている。彼は、コトが何を思っているか、知っている。
それでも、引き止めてくれるのは彼が気付いているからではない。アルヴィンは本当は、とても素直で傷付きやすい人だと、コトは全て聞いて知っていた。本当は、その心の奥に伏せた優しさで誰かに触れたくて、けれど彼を縛る環境がそれを許さない。閉じた世界に生きる人。コトはそっと肩に置かれたそれに自らの手を添えて、諭すようにゆっくりと降ろさせる。頭一つ分も高い場所にある顔に苦く笑って見せれば、彼もまた同じように表情を歪めて目を伏せた。前を見据えれば、プレザの冷めた視線がまるで身体に突き刺さるように思えた。


「そう…そういうこと」
「槍は我らが、陛下の力として貰い受ける!」
「何度も言わせるな」


ミラの、確固たる意志を据えた声がまるで威勢を放つようにウィンガルの言葉を断つ。


「クルスニクの槍は渡さない。どんな理由があろうともだ!」
「ミラの、マクスウェルの想いは邪魔させない!」


ミラ、ジュードが武器を構える。始めから言葉などで解決できるなどとは思っていない。一層高まる闘志。ウィンガルの髪が漆黒から白銀へと変わり、纏う空気が今までとがらりと変化する。各々が臨戦態勢へとなる中、未だ戸惑いの隠せないコトの頭を、アルヴィンがこつりと小突いた。


「辛抱しろよ」
「…怒らないのね」
「そんな権利ないだろ」
「お互いに、ね」


似たような笑い方。始めからその正体に気付いていたら、互いに今この場所には居なかっただろう。腹を括れ。己のために生きよ。自分の存在が誰かのためにあるなんてことは、有り得ないのだから。


「来るぞ!」


ミラが叫び、四象刃のうちの二人、ウィンガルとジャオが走り出す。ウィンガルは一直線にミラに、ジャオはエリーゼを避けるようにジュードへ向かう。そして間髪入れずに術の詠唱に入るのはローエンとエリーゼ、そして敵陣のプレザだ。鋭い風切り音と刃の擦れる甲高い音が響く。援護するようにレイアの補助術が空気の壁となって前衛陣を囲った。ジャオはエリーゼに下がれと強く言いながらも、術式を構成されないよう巨大なハンマーで地を揺らすほどの衝撃波を放つ。今まで以上に厳しい戦況であることは間違いない。僅か三人程度でこちらを全て足止めしているのだ。四象刃の実力は底知れない。分散するように広がっていたアルヴィンとコトも、プレザ一人を相手に上手く切り込めないでいた。


「ドラゴネス・ハンド!」
「っ!廻来陣!」
「駄目押しだ!マズルバーク!!」


プレザの力も、以前カン・バルクで戦った時よりも明らかに増していた。否、元より本来の力を出してはいなかったのだろう。生活を共にしていたことのあるコトでさえ、四象刃の真の実力を目の当たりにしたことはない。おそらくそれはアルヴィンも同じだろう。本当なら、予想をはるかに上回る彼らの戦闘力に戸惑っていただろう。
そう、ほんの少し前のコトならば。


「ドロップシャフト!…ごめんねプレザ」
「!何…っ」
「行かなきゃいけないの、槍の…あの人のところに」
「っ!?」


プレザの足元で小さな爆発が起こり、泥と砂が飛び散った中でプレザの視界からコトが消える。次に気配に気付いた時には、もう彼女に為すすべはない。ゆらりと揺れる長いアメジストの髪が、澄んだ空のような瞳に射す影だけが、その視界に映る。振りかざされた手が、その指先が終わりを刻み出す。


「はぁあっ!ノクターナルライト・螺旋牙・爪淵襲!踊れ、双刃連撃!」
「ぐっ!!」
「まだよ!エアリアップ・天華樂刹!繋いで、アルヴィン!!」
「っ、おぉ!」
『天鷹来迅!!』
「終わらないわよ!」
『シュヴァルツファング!!』
「っあぁ!!」


流れるような激しい攻撃の波に、それまで耐えていたプレザが遂に悲鳴を上げて体勢を崩す。漸く出来たその隙をやすやすと見逃すわけもなく、コトはアルヴィンに視線をやって最後の一撃を促す。怒涛のように攻め立てるコトの戦い方に始めこそ戸惑っていたアルヴィンだが、そのアイコンタクトをしっかり理解すると勢いを付け地を蹴った。その瞳に、躊躇の色を宿す暇もないほど早く。


「エクスペンタブルプライド!!!」


地を抉るほどに激しい一撃。それを防ぎ切ることができなかったプレザは、吹き飛ばされた衝撃で己の武器を手放し、あえなく地に伏せた。抵抗できないようコトが彼女と転がった武器の間に立ち、アルヴィンが大振りな攻撃の反動から立ち直りプレザを見据える。下手な行動を取れないよう注意を払いながら周りを確認すると、ウィンガルとジャオと戦っていた皆も粗方決着はついたようだった。アルヴィンは戸惑いなんてまるで感じさせないで、何度も多くの命を奪ってきた銃口をプレザに向けた。プレザからの、傷付きながら恨めしく睨み付ける視線にさえ、彼は迷う素振りも見せない。


「悪い、遺言聞くつもりねえから」
「っもう良いでしょ、アルヴィン!」
「……わかったよ」


駆け付けたジュードに促され、アルヴィンはため息混じりに銃口をプレザから逸らした。そんな彼を見て、プレザは動かない身体のままクスリと口元だけ笑って見せる。


「怖い怖い、そうやって生きてくのよね。そうやって弄ばれて、いつかは捨てられるのよ」
「…それでも僕は、」
「うん、そう」
「コト…?」
「そんな生き方しかないの。私も……ううん、私こそ、ね」


まるで意味がわからないといったふうに見上げるプレザの瞳を、コトはそれ以上見ることなく視線を逸らした。見渡せば、地に伏せる四象刃の姿。痛みなんて感じなかった。これまで幾度となく、同じようなことを繰り返してきた。戦いたくなかったのは、自分を慰めたかったから。ジュードが止めなければ、自分がアルヴィンを制していたかもしれない。今さら何をしたところで、思い出してしまった過去は変わらない。会わなければならない人がいる事実も、また。
クルスニクの槍を破壊する。ミラの使命は、コトの中で静かに歪みを生み出していた。


「…そうか。ウィンガルたちは敗れたか」


槍に辿り着くまでの道のりで、待ち構えていたのは四象刃と同じくカン・バルク以来初めて姿を見せたガイアス王だった。四象刃が赴いていたのだ。彼がいないとは思ってなどいない。戦いも、四象刃同様避けて通れる道ではない。いつかの日と同じように、ガイアスとミラとの会話はクルスニクの槍のための争い。力は心を惑わす。それは人も、この世界の行く末も。か弱い人間一人の運命なんて、簡単にねじ曲げてしまうのだ。クルスニクの槍なんて、初めからなければ。あんなものが生み出されなければ、違っていたはずなのに。ミラの使命より、取り戻した記憶より、コトはそれに憎しみ以外の感情を抱けなくなっていた。
互いに剣を取るミラとガイアス。続いてジュードたちも戦いの体制に移る。コトも低く身を構え、ガイアスを見据えた。ずっと疑問だった。カン・バルクで、同じ時間を過ごした四象刃たちに刃を向けられた自分が。嫌だと言いながら平静に戦っていられた自分が。…簡単なことだ。何故なら自分は、ずっとそういう生き方をしてきたのだから。戸惑いなんて、感じる余地すらなかった。


「あなたならもしかしたらって思った。…でも、クルスニクの槍だけは絶対壊さなきゃ駄目だと思う!」
「ええ。クルスニクの槍は、悲しみを生み出すものです」
「悲しいのは終わらせないといけないんだから!」
「そうです!ミラはいつも正しいんです!」
「うん!ぼくたちはミラの味方だもんねー!」
「ま、そういうことらしいぜ」
「私も退かないわ。…その先に、私の目的がある」


彼と対峙することを、こんなに恐ろしく感じるとは思わなかった。
コトは知っている。ガイアスが心から、世界のために力を振るっていることを。しかし、それはミラとて同じこと。それも、十分に理解していたのだ。望む平穏は同じはずなのに、違えた道は決して交わらない。二度と。どちらかが何度戦い、敗れ、挫けたとしても、掲げた信念は折れない。それでも、望みを果たすために、避けられないものがある。

クルスニクの槍を手にするために。
クルスニクの槍を破壊するために。
クルスニクの槍を支配するために。

彼らは命を燃やす。

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テーマ「人外ファンタジー」
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