短編 | ナノ


※若干の性的表現あり。R18よりはR15寄りですが苦手な方や一定年齢に達していない方の閲覧はご遠慮下さい。










「自分オモンないねん」


がつん。正に鈍器か何かで殴られたような感覚だった。しかしその鈍器で殴られたのは脳みそではなく俺の繊細かつ純粋なガラスのハート。パリンと砕けるように割れたそれを自覚すると同時に重たくなった頭を、包帯をぐるぐるに巻いた手で抱えた。
オモンない…面白くない…つまらない男。つまりはそういう意味なのは痛いほどに分かる。自覚らしいものが全くないわけでもない。しかしだ、まさかそんな断り方をされると誰が思うだろうか。この、白石蔵ノ介の一世一代の告白を。


「そういうところがアカン言うとるんや。ちょおっとチヤホヤしてもろた程度で自分が特別やなんて思うとるん?この白石蔵ノ介て何様のつもりなん?あームリムリ鳥肌立ってまうわ」


そういうわけやから、すんまへん。そうすっぱり言い退けて俺の横を通り過ぎて教室を出ようとするクラスメイト。え、え、え?なん?えっ?


「ち、ちょおまち!」


思わず横切った彼女の手首をがっしりと掴んで、俺は自分のした事に自分で戸惑った。思ったよりもずっと細い手首なのに、男の俺が掴んでもびくともしないことに。物理的に引き止められているのだから彼女の足は止まったものの、まるで身体の中に鉄の芯でも刺さっているのではと思うほどの揺らがなさ。いつも教室で見ている、空気に身を委ねたような温和な雰囲気とは何もかもが違う。え、誰これ二重人格?そんなふうに思ってもおかしくないほど、目の前の彼女は俺の知らない誰かだった。


「あ」


え?思わず声が飛び出たのは、振り向いた彼女が目をぱちくりと瞬かせて、今までまるで興味がないとでも言うような扱いだった俺の顔を凝視してきたからだ。彼女はかちんこちんに固まった俺をしばし眺め続けるが、俺はその視線に捕らわれたように動くことが出来ない。いやだって、たった今ものすごい振り方をされた張本人に見られているのだ。好きな子に手酷く振られた直後に凝視されて戸惑わない男なんているはずがない。もし謙也だったら卒倒ものだ。


「…そんな顔も出来るんだ。うん、その顔は好き」


その上、今までの無表情が嘘のように笑顔を見せてそんなことを言うものだから、嬉しいを通り越して口元が引きつった。いや、嬉しいは嬉しいのだけれど。ん、誰やねんこれ。
だんだん何が彼女の本心なのか分からなくなってきて、頭が痛くなる気がした。無表情だったり笑顔だったり、関西弁だったり標準語だったり。本当の彼女はどれなのだろう。まるでたくさんの仮面を被っているみたいだ。
ねえ。と何でもないように声をかけられて、俺は額に手を当てながら彼女の方を見ずに返事をした。


「たとえばね、白石がまるで大事なものみたいに誇っている完璧。その完璧さをかなぐり捨てて私に縋ってくれたら、私は君を愛せる気がする」
「…は、」
「君の綻びを見せて。弱さを、甘さを、不安を、子供らしさを、私だけに見せてみて。私は君の欲しいものを与えてあげられる」


あ、適わない。俺はこの子に勝てない。漠然と、確信を持ってそう思った。勝てない。勝ちたいと思わないし、そんな概念は彼女には通用しない。
剥がれていく。メッキが、強さが、虚勢が、自信が、姿勢が。全て脆く崩れ落ちていく。それはなんて、なんて心地良い感覚なのだろう。
気が付いたら、俺は掴んだままの手首を乱暴に引いて、近くの机にその背中を押し付けていた。完璧で、クラスメイトからも教師からも信頼されて、仲間に頼られて。そんな「白石蔵ノ介」はそこにはいなかった。ガタン!俺が蹴り倒したのか、椅子が床に打ち付けられる音がした。明かりがついたままの教室で、俺の影で暗く映る彼女の、まだ少女らしいあどけなさを残した丸い瞳だけが妖艶に光を宿す。かなり強く背中を打ち付けたはずなのに、悲鳴の一つも上げず痛いとすら言わない。まるでこの状況を予測していたみたいに、彼女の唇は再び弧を描く。それに何故か、俺はどうしようもなく安心した。彼女があまりに大き過ぎて、俺なんていとも簡単に隠してしまう。まるで虎の威を借る狐の気分だ。けれど俺は、威を借るなんて易しいものに納得できるほど強くもないのかもしれない。
鋭い牙に引き裂かれることを恐れながら、その唇に食らいついた。


「…ん、っ、ふ」
「う、あ…あ、あ、…っあ!」


耳の奥をつんざくような嬌声。時折、それに混ざって聞こえる悲痛にも思える高い声に、胸の奥が焼けるような錯覚を起こす。
ぼんやりと、頭のどこかでは思う。誰かに聞かれやしないだろうか。こんな体制で辛くはないだろうか。殆ど慣らしてもいなかったから、きっと本当は泣きたいくらい痛いのではないだろうか。
まるで強姦でもしている気分だ。放課後の教室で、乱雑に制服を脱がせたクラスメイトにこんな真似。抵抗こそされなかっただけで、俺は受け入れられてすらいない。もし部活に来ないことを心配した謙也あたりが探しに来たらどう説明しようか。ましてや、彼女の身体から痛々しく流れる赤いそれに気付かないわけがない。
獣としか言いようがない。こんなもの。絶対痛いはずなのに何も言わない彼女の身体に、この言いようのない気持ちを当たり散らすかのように腰を打ち付けている。
でも、自分が悪いんやで。俺の欲しいものを与える、なんて言うから。なあ、俺。俺な。


「さび、しい」


気付いたら、泣いていたのは彼女ではなくて俺で。面白いくらい勝手に溢れる俺の涙がぼたぼた彼女の顔に落ちていく。そんな俺の頭を引き寄せて、彼女は何の躊躇いもなく俺の頬を、目元を濡らす涙を舐めとった。
初めて、彼女から与えられる熱に触れて、俺を見る優しい瞳に貫かれて、俺は馬鹿みたいに冷静に思った。

ああ、捕まった。
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