短編 | ナノ


「むかつく」
「諦めましょう」


一刀両断で結論に至る舞苑の旋毛を手刀で両断するべきかとぼんやり考えながら、視線の先に構える光景をひたすら眺め続ける寒川の瞳は、正に虚ろであった。


「わ〜ほんっと久しぶりー!」
「真冬さん、前来たとき私には会いに来なかったくせに何を今更…」
「えっまだ怒ってるの!?ていうか怒ってたの!?だって会えなかったんだもん!ちゃんと家に行ったし待ち伏せもしてたのに!」
「やかましいですね。少し黙っていただけませんか」
「…っ!」
「なんで喜ぶんですか!!」


真冬さんほんっと変態!そう突っぱねるように言い放ってそっぽを向く彼女は、真冬のお気に入りである。真冬の後輩であり、その隣の彼女とクラスメートにあたる寒川の、辛辣な言葉に何故か恍惚の表情を浮かべる真冬に向ける視線は酷く冷めていた。二人の背中を見つけてからというもの、もう二十分ほどこのやり取りが繰り広げられている。どういうわけか高飛車な後輩の性格がツボをついたらしく、真冬は唯一女で自分についてきていた彼女を溺愛している。それはもう鬱陶しいくらいに。とは言っても、彼女の方も満更ではないというか、そもそも彼女だって真冬に抱く憧れの気持ちは寒川たちとそう変わるものではなく、つまりただのツンデレなだけだ。そのためあの二人はたまに会うとすぐ二人だけの世界を確立してしまう。


「後輩でありクラスメートの寒川君はそれが気に入らないわけですか」
「…………いや、別に」


同じように二人のじゃれあいを眺める舞苑の方に見向きもせず、寒川は小さく呟いた。その声色が、仏頂面が、言葉の嘘を浮き彫りにしている。コンビニで買ったパピコを半分こにして、珍しく普通の女の子みたいに笑う二人は、自分たちと話す時とはあまりに雰囲気が似つかない。


「で」
「はい?」
「気に食わないのは、真冬さん?それともあの人?」


びしっ!とわざわざ指差し棒を伸ばして尋ねてくる舞苑に、寒川は先輩と知りながらも冷たい視線を送るしかなかった。気に食わない、なんて。だからそういうわけではない。だいたい、自分が真冬を邪険にしたいと思うことなんてあるはずがない。確かにあの人は考えが甘いというか頭の弱い人だとは思うが。それでも、一般的見解では語り尽くせない人間の本質のようなものに惹かれているのは事実で、何にも変えられない人なのだから。


「え、あ、なんだ真冬さんの話…」
「は?」
「いや、てっきりあっちの話をしてるのかと」


僅かに左に動いた指差し棒の先、真冬の左側にいる、少し身長の低い彼女。
…いやいやいやないでしょ。反射的に口から出そうになった言葉と上がった右手。けれど、それを途中で止めて自分の言葉を思い返す。彼女は別に、頭が弱いというわけじゃあなくて…どちらかと言えば軽いのだ。すぐ怒る、すぐ手が出る、すぐ口が悪くなる。だから昔から反感ばかり受けて、高飛車が更にひん曲がった性格に育って、いつの間にか喧嘩なんてできるようになって、気付けば自分と同じ世界で、同じ場所で、肩を並べて同じものを見てきた。差別されるのが嫌いな彼女は、絶対に人を頼ったりしなかった。けれど、本当に疲れた時、まるで気紛れのように肩に寄りかかってくることに、みんなどこかで安心みたいなものを感じていて。それで次の日に、また高飛車で性格の悪い馬鹿になっている彼女を、頼もしく思っていた。

だから、違うんだ。真冬さんとあいつは全然違う。だいたい悪気があって真冬さんを貶したり邪険にできる奴なんてあいつくらいだろうし。真冬さんがべたべたしてきてウザイなんて真顔で言えるようなのもあいつだけだし。真冬さんも真冬さんで懲りない性格だから、いつも二人はそんなふうにじゃれあっている。何だかんだで、あいつも真冬さんが好きだから本当に嫌がっているわけじゃない。素直じゃないだけで。あ、真冬さん頭撫でた。そんで即座に平手打ち食らってる。「アイス触った手で気安く髪触らないで下さい気色悪い!!」うるせえ。ていうかアイスってパピコなんだからベタベタしないだろ。あーあ、真冬さんそっぽ向いた。あ、俯いた。手櫛で髪を整えているあたり、本当に嫌だったらしい。って、あれ、なんか赤くねえ?顔、……………………。


「いらっ☆」
「……わざわざ口に出す意味は」
「ないですね」


ご丁寧に心情を一言で表してくれた一応先輩に振りかざした拳は、何とか抑えた。殴ろうとするのを「やめろォ!この身体は真冬さんただ一人のためのものなんだ…!」と無駄に輝いた瞳で訴えかけられて再起不能にしてやりたくはなったが。
いや、しかしこれで分かったことがある。自分が苛立ちを感じている相手は、やはり真冬でなく彼女だったと。どちらに苛ついているか、なんて問いかけは愚問だったとしてやったりな顔でそう言えば、舞苑は何故か今にも何か吐き出しそうな顔をしてこちらを凝視してきた。なんというか、その、木から落ちて死に逝く蝉でも見るかのような哀れむ目で。
なんなんだ一体。この人本当に頭の中読めねえ。ていうか。


「真冬さんたち、早く気づかねえかな…」


いらいら、するから。理由はわからないけど。
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