短編 | ナノ


後輩にはお金を出させない。年上としての振る舞いを常に意識する。TPOを考え正しい判断と行動を心がける。
そんな彼女のルールというか、心構えみたいなものを聞いた時、大人ってなんて面倒くさいものなんだと思った。好きなことも自由にできない。いつも誰かに気を使って生活しなければならない。そういうことを先に学んでいく彼女を見ながら、その頃の俺は漠然と大人にはなりたくないものだと思った。それを正直に話したら、彼女はけらけらと笑って「その方が良いよ」なんて言ってきた。
だけど、数ヶ月が経って前言撤回。今、俺は早く大人になりたくて仕方がない。


「孝介、もう帰らないと。明日も朝練あるんでしょ?」
「……んー」
「もう、ほら。送ってってあげるから、ね?」


その原因は、その話をした彼女にある。
練習試合の疲れを抱えたまま付き合っている彼女の家に押し掛けて、風呂も食事も世話になって、早朝から起きていた身体はもう限界が近く軽く船を漕ぎ出して夢へと旅立ちかけた頃。優しく肩を揺する手と、子供にするみたいな甘ったるい喋り声にゆるゆると意識を引き戻される。そんなふうに優しく起こされると逆に起きるのが怠くなるんだけど、とは言えない。目を擦りながらゆっくりと上体を起こすと、自然と差し伸べられた手。俺はそれを何の躊躇いもなく握って、身体を引っ張り起こしてもらう。
あ、またやってしまった、と後悔したのは意識がしっかり戻ってきた後だった。


「、わり」
「ううん、良いよ。疲れてたんだから」


そういう意味じゃ、ないんだけど。優しく笑う彼女を見ていると、色んな意味で息が詰まるのも、ここ最近よく感じること。

俺の五つ歳が離れた恋人は、大人だ。年齢的にも、精神的にも。高校の頃から、野球漬けな俺と違ってアルバイトをしていた彼女は責任感だとか、コミュニケーションの取り方だとか、そういう社会的なことを俺よりもずっと学んできた。今年大学二年生になった彼女が、今まで以上に彼氏であるはずの俺を甘やかすようになったのは明白だった。当然経済力なんてない俺は出掛けても金銭的なことはほとんど彼女に任せっきりで、彼女も学校にバイトにと忙しいのにも関わらず時間があれば俺を家に招いて、今日みたいに寝てしまっても文句の一つも言わず。挙げ句に「孝介は未成年なんだから」ともっともらしい理由を取り付けて絶対に家まで送ってくれる。そんな、二十歳を過ぎた彼女とまだまだガキのままな俺。俺はまだ酒なんて飲めないし、アルバイトも車の免許も野球ばかりの生活では遠い夢で、責任も取れない中途半端な俺はどういった方面でも彼女を満足させてやることなんてできなくて。キス止まり、なんて、今どき幼稚とさえ言われそうなくらいプラトニックを貫いた関係のまま、もしかしたらそろそろ一年くらい経つのではないだろうか。いや、確か中学生の頃は彼女の方が「さすがに義務教育終わってない子に手出したら犯罪だからねー」なんて軽く笑って濁していたけれど。その時の、まるで自分が悪いみたいな言い方がものすごく気に食わなかったのは覚えている。だって、先に好きになったのは俺で、彼女の立場とか考えられないくらい幼いままちょっかいかけまくったのも俺で。そんな子供騙しの試行錯誤の繰り返しに見事に嵌ってくれた彼女にはもう感謝するしかないけれど、それが原因で彼女を悩ませたのもまた事実。だから義務教育が終わるまで、なんて自分ルールを課して中学の卒業式を終えたそのままの足で彼女の家まで押し掛けていって「もうガキじゃねえから付き合って」なんて。
馬鹿なんじゃねえの。それからもう半年以上も経って、俺はまた子供な自分に苛々している。


「孝介、寝癖」
「…ガキ扱い」
「ふふ、はいはい」


俺の頭に手を伸ばしてくる手を掴んで、寝起きで目つきが悪くなっているであろう顔を向ければ、彼女は軽く笑って離れる。ほら、またそうやって、それなりの距離を保とうとして。そういうの、結構傷付く。けれど、まだ頭の覚醒しない俺を気遣ってか、俺の鞄を持ち上げて「うお、重いねー」なんて当たり前に担ごうとするものだから、さすがにそんなことはさせられなくて半ば強引に鞄を引ったくった。こうして家の中で並んでいる時は、俺の方が目線が高い。だけど、一歩外に出てしまえばヒールの靴ばかり持っている彼女とそう変わらなくなってしまう。弟か、学校の後輩か。それが、世間の見る俺たちの姿だ。
だから、その度に思う。早く、早く大人になって、背も何もかも、彼女の先を行って手を引いてやれるような存在に。彼女が、俺に飽きてどこかに行ってしまわないように。だって、最近はもうずっと同じようなことを考えている。彼女は、こんな俺に不満を感じていないだろうか。頼りないし、支えてやれるほど大人でもなくて、いつも我が儘を言うのは俺ばかり。それとも、俺のことなんて大して好きでもないからひたすら甘やかしていられるのかな、とか。ネガティブな自分なんて気持ち悪いし、本人には絶対に聞けない。だけど、日に日に増していく不安はどうしてもなくなってくれなくて。


「……なあ」
「うん?」
「手」
「ん、はい」


だから、また俺は幼稚な願望と独占欲と、下らないプライドに屈して彼女との距離をつなぎ止めたくて、必死になる。
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