短編 | ナノ


暑いね。と呟いたものの返事はなかった。あれ、もしかして独り言だと思われたのかな。だけど彼は普段から静かな人だし、良く考えてみれば無視されることも多い。先輩に対してその態度は良いものなのか、と思うが基本的に彼はテニス部長の橘以外にはこんな感じだ。静かというか、おっとりしているというか。常にテンションは低いのにスイッチが入ると一人で色々とぼやき出すから良く分からない。彼に慣れるのは、他の人と仲良くなるよりはるかに時間と労力を要する。見た目は、申し分なさすぎるくらいに美人なのに、雰囲気や態度で人を遠ざけている気がする。もったいない。


「深司君、アイス食べたくない?」
「コンビニなら通り過ぎたけど…戻るの?やだなあ、暑いのに、家帰った方が早いよ。アイスはないけど、扇風機あるし」
「…まあ、嫌なら良いけど。私の家にもアイスないなぁ多分」
「暑い日は熱いもの食べた方が良いよ」
「分からなくもないけどやだ、なんか」


確かに、夏だからこそ熱いお茶を飲むという話は良く聞く。しかしいくら健康的だからといって気分が乗らない限り絶対にやりたくない。良いじゃないか、私たちはまだまだ若いのだから、無茶も許される歳だし。
補足しておくと、私と彼は所謂幼なじみというやつである。いや、幼なじみだと近すぎるか、ご近所さんの方がしっくり来る。割と小さい頃から近くに住んでいて、特別仲良しというわけではないが度々顔を合わせていた。古い付き合いだから、一つ年上の私に彼が敬語を使うことはない。別に嫌ではないのでそのままにしている。こうして、時間が合うときに一緒に帰ったりする。その程度の関係だ。
深司君は、いつの間にかテニスを始めていた。私が知らないだけで本当はずっとやっていたのかも知れないが、屋外でやるスポーツは何だか彼に似合わないと、最初だけ思った。だって、深司君すごく強いみたいだし。テニスには詳しくないし、別に縁があるわけでもない私はあまり興味も無かったため、友達からうちのテニス部がすごく強いと聞いたのをぼんやり思い出す程度だ。そのテニス部のレギュラーだと深司君本人から聞いたため、イコール深司君は強い、と勝手に自己解釈をしていた。大丈夫、多分間違っていない。


「深司君、テニス楽しい?」
「いつも、それ聞くよね。テニスに興味、ないんでしょ」
「あ、ごめん。嫌だった?」
「違う。なんで好きでもないのに、聞くんだろうって」


だって、深司君なに考えてるか分からないんだもん。そう正直に言えば、ずっと前を見ていた深司君の顔がこちらを向く。切れ長の目がほんの少し見開いているようで、何となく彼が驚いているような気がした。普段からいまいち読めない彼だから、勘違いということも十分にあり得るが。あ、だけどもしかしたら嫌な思いをさせたのかも知れない。あまり感情を表に出さない彼でも、テニスのことだと比較的饒舌になるのは何となく分かっていたから、話題に困るとついつい部活のことを聞いてしまう。


「…全国」
「えっ?」
「今度、全国大会行く、うちの部」
「えっえっ、本当!?えっすごい!えーっ!」
「さっきから"えっ"しか言ってないよ」
「びっくりしたんだから仕方ないじゃん!すごいね深司君、頑張って!」
「…うん。ありがとう」


あ、そっぽ向いちゃった。やっぱり深司君は良く分からない。まさかそこまでテニス部が強いなんて知らなかった私は、ひたすら驚くばかりだから彼とのテンション幅はかなり広い。自分が行くわけでもないのに、知っている人が全国大会に出るなんて何だか妙にそわそわしてしまう。


「応援してるからね、深司君!そうだ、今度何か奢ってあげる!」
「え?本当?」
「ん?」
「じゃあ、行こう、コンビニ」
「えっ、あ、今?」


急に深司君に腕を取られて足がもつれかけた。反射神経乏しいんだから止めてくれ、転んだら情けないじゃあないか。いきなり方向転換した深司君に、慌てて着いていく。ていうかコンビニ、面倒くさかったのでは。本当に深司君は気分屋さんだ。まあ、可愛い後輩に振り回されるのも嫌ではないけれど。掴まれた手を握り返して、笑いをこぼしながら後に続いた。


「本当、嫌になっちゃうよなあ、暑いし、汗うざったいし、この人鈍いし、ほんと、何年待ってれば良いんだろ、あーあ」


そんな深司君のぼやきは、脳内でアイスを選りすぐっている私には届かなかった。
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