短編 | ナノ


「工藤さん!!」


そんな声が上がって、新一は足を止めた。今日はさっさと帰って、目黒警部が抱えている事件を手伝うつもりだったのだが。あと少し、あとほんの少しで謎が解けそうなのに。そんな焦りを感じているからか、新一は若干の不機嫌そうな雰囲気を醸し出して振り向く。呼び止めたのは誰か、なんて確認するまでもないが。よく聞いたことのある、というよりは最近は毎日のように聞いている声だ。ジャージ姿にバインダーを抱えている彼女は、新一の隣のクラスの女子だった。新一はため息をつきたくなるのを抑えて、気まずそうに頭をがしがしとかき回した。


「工藤さん、お願いします!サッカー部に入って下さい!」


このセリフも何度目だろうか。誰からも分かるように、部活の勧誘である。勧誘自体は前々からあったのだが、先月くらいからやけに熱心になったのを覚えている。おそらくサッカー部の大会が近いからだろうが、よく一ヶ月以上も断られて飽きないものだ。サッカー部のマネージャーだという彼女は毎回、それはもうキラキラと目を輝かせて誘ってくる。


「毎日言ってるけどよ、俺はサッカーよりやらないといけないことがあるんだよ」
「事件、ですよね。有名な高校生探偵ですしね」
「だから、わりーんだけど部活には入れない」


諦めてくれ、と願いを込めて断るのだが、彼女はいつもその場では納得したように引き下がって、翌日になると断られたことなんてまるで忘れてしまったように同じセリフを吐く。


「ごめんなさい。迷惑かけてしまって」
「いや、まあ良いけど」
「あの…」
「ん?」


あれ、と新一は首を傾げる。いつもと違うセリフが彼女の口から出てきたからだ。いつもならごめんなさい、と言って練習に戻るはずだが。新一もそれを知っているから今日もさっさと踵を返そうとして、突然の変化に思わず身体を揺らした。見れば、彼女は酷く難しい顔をしていて、何故か新一の方が悪いことをしているような気分にさせられる。新一のお人好しの部分が疼く。この子の話を聞いてあげたくなってしまったのだ。


「毎日毎日、本当にごめんなさい。工藤さんが迷惑してるのは分かってるんですけど、その」
「ああ、いいって。部活で勧誘するように言われてるんだろ?」
「…今は、違います」


今は、とは。つまり以前、というか最初は部活の連中に勧誘を頼まれていたのが分かる。しかし、それを過去形で言うということは、今はもう強制はされていない?


「キャプテンたちは、もうずっと前に勧誘を諦めていて、私が勝手に…」
「へえ…なんでそんなことしてるんだ?」
「え、と」


どんどんと歯切れが悪くなる彼女に、新一の疑問も深まる。そんな困った顔をしないでほしい、こちらまで困ってしまう。


「本当に工藤さんからしたら失礼な話だと思います。…私、工藤さんを追いかけるのが、だんだん楽しくなってしまって」
「は?」
「す、すみません!一日一回、工藤さんと話せるのが私、嬉しくって…だから…」
「そのためにわざわざ部活抜けたりしてるのか?」


はい、と気まずそうに頷く様子に、罪悪感が募る。決して悪いことをしているわけではないのに、そんな気持ちになるのはおかしい。おかしいはずなのに。


「あのさ、もう勧誘とかしなくていいよ」
「はい…すみません、ご迷惑をおかけして」
「あ、いや、そうじゃなくて」
「はい?」
「もう俺も君のこと知ってるんだし、普通に話しに来ればいいだろって」
「え、……え?」
「その方が俺も楽しいし。な、みょうじなまえさん」
「えっ!?」


どうして名前を知っているのかと驚いている彼女に、事件があるからとそのまま背を向け走り出した。言い逃げだなんて格好悪いな。
そりゃあ、あれだけ構われたら名前くらい調べるし、気にかけるなという方が無理な話だ。そんな言い訳を考えながら、新一は学校を後にした。
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