短編 | ナノ


「あ、あ、ああああんた」
「ん?」
「馬鹿なんじゃないの!!?ああああ信じらんない人間じゃない!!」


真正面から罵倒を浴びせると、いかにも心外ですみたいな顔をされて血管が弾けそうになった。今の私は冗談抜きで本気で怒っている、ガンギレである。平然と席に座る馬鹿男に震える身体が抑えられないくらいには怒り心頭である。周りがざわつき始めるもこればっかりはなりふり構っていられない。たとえ痴話喧嘩がどうのこうのという非常に心外な噂をされてもだ。今私の目には、良くも悪くもこいつ、不二周助しか映っていないのだ。
だというのに不二ときたら、私の怒りなんてまるで知らないとでもいうように、食べかけの弁当に再び箸をつける。バン、と強く机を叩きつけると、おかずを口に入れたまま奴の目がこちらに向く。私が本気で怒っていると察したのか、クラスメイトは触らぬ神に祟りなしと私たちから背を向けた。あまりにも頭に来て言葉にならない怒りがぶるぶると拳を震わす。


「あんたねえ!なんてもの食べさせるのよ!!殺す気!?」
「ん、おいしかった?」
「んなわけあるかァ!!!!胃の中のもん逆流しそうになったわ!ドアホ!!」


あれ、おかしいな。そう言って不二はまた弁当を頬張る。私がついさっき食べさせられたそれ、今はもう見るだけで吐き気が。
いつもそうだ、彼は私が辛いものがさっぱり駄目だと知りながら、よくおかしな食べ物を勧めてくる。もはや何を入れたのかも分からない真っ赤にそまった品々を私が安易に口にするはずがなく、それ以前に香辛料の匂いに当てられて断固拒否していたのだ。しかし、彼はそれに必死になる私を面白がって次から次へと激辛料理を出してくるようになってしまった。人生の汚点だ。いや、しかしたとえ人並みに辛いものが食べられたとしても彼の食べる料理は普通ではないことくらいわかる。私なんかが口に入れたら卒倒する自信がある。さて、ならどうして私が彼の弁当を食べしまったのかというと、実に単純である。赤くなかったのだ。もはや料理とは言い難いあの赤く染まった物体ではなく、至って普通の美味しそうな弁当だった。さすがの彼も家族の拵えてくれた弁当にタバスコをぶっかけるような非情な真似はしないのだろうという軽率な考えの結果、私は彼が勧めてきたそれを一口頂いてしまったのだ。瞬間、絶句した。
私は浅はかだ。辛いものはイコール赤いなどと誰が決めたのか。辛みというよりは攻撃的な衝撃にさえ感じた私は、あろうことか驚きのあまりそれを飲み込んでしまい、慌ててお茶を飲み干し、トイレに駆け込み、ぼろぼろと泣いて、今に至る。しかし人が一生に二度もないであろう死にそうな体験をしたのに、その元凶は教室でのんびりランチタイムを続けていた。正直喋るのも辛いのだが、この怒りはもう本人にぶつける他に発散の方法はない。


「口痛い、お腹痛い、気持ち悪い、どうしてくれんのあほんだら」
「かなり抑えたつもりだったけど、そんなに辛かった?」
「あんたの基準で考えるなよ!ていうかこのためにわざわざ弁当こさえたのかあんたは馬鹿か!!馬鹿だ!!」
「おかしいな…」
「おかしくねえよ!!あんた味覚お化け!」


がーっ!とまるで動物になったみたいに怒鳴り散らす。こいつが平然としているのは最初からこの展開を予想していたからか、私の苦痛なんて何とも思ってないからか。どちらにしても性格が悪いことには変わりない。ていうか仮にも私はおまえの彼女だろう、彼女に対してなんてことしやがる。この間、菊丸の放ったボールがうっかり球拾いに励んでいた私に当たった時はえらい不機嫌だったくせに。なんだ、自分が危害を加える分には構わないのか。どこまで真っ直ぐなサディスト精神なんだ。これなら自分からボールに当たった方がはるかにマシだ。言っておくが私はマゾではない。ふと、不二が箸を丁寧に弁当箱に置いた。まだ少しおかずが残っているが、彼はまっすぐとこちらを見つめてきて、思わずたじろいだ。


「まだ辛い?」
「ん?そ、りゃ当たり前でしょ。ていうか痛い」
「そっか」
「…?」
「治してあげようか?」
「え?何…って!はぁ!?近い!ちょっと!」


がし、不二の肩を掴んだ。唐突に近付いてきた手が私の後頭部を引き寄せようとするものだから、持てる限りの力を込めて制止させる。机を挟んでいるといっても、頭を掴まれたら終わる。半ば取っ組み合いみたいになりながら必死で不二を押さえる私を、彼は酷く楽しそうに見ていた。やっぱりというかさすがに余裕だなおい。これはちょっとでも力を込められたらあっさり負ける自信がある。しかし、力はおろか言葉でも彼に勝つ可能は限りなく無いに等しい。というか無い。というか彼はこんな人目のある場所でこんな馬鹿なことをするような人間じゃあなかったはず。つかおまえ今まで何食べてたか考えろ。あんなものばくばく食べてた口なんてくっつけられたら今度こそ私の精神が滅びる。…あ、なるほどそれが目的か。


「わーわーわー!!馬鹿ばかこっちくんな離れろ!」
「酷いな。それが僕の好意に対する返答なんだ」
「悪意しか感じられない!!」


ていうか腕、腕そろそろ限界。痛い。なんでこんな細いくせに力はあるんだ。そりゃあテニスで鍛えてるし当然といえばそうなのだが。
結局その攻防戦は約三分に渡り繰り広げられ、漸く解放してもらえた時には私はもう完全にくたくたになっていた。


「もう…何がしたいのあんた…」
「何と言われると、将来のためにと答えるべきかな」
「意味が分からない…」
「将来一緒に住むにあたって、味覚があまりにも違うと困ると思わない?」


ぴたり、時間が停止した。どうやらそれは私だけではないらしく、聞き耳を立てていたクラスの数人もその発言に呆然としていた。なんだ、この男、ものすごくとんでもないことを口走った気がするのだが。


「そ……それなら矯正すべきは私じゃなくあんたの味覚だろうが!!馬鹿!」


そう吐き捨てながらダッシュで教室を飛び出した私を止める人はいなかった。ああああもうまだ口が痛い。絶対唇赤くなってる。むしろ顔全体が真っ赤になっているに違いない。というか今教室から逃げてどうしようというのか私、昼休み終了のチャイムまであと三分だぞ。
私が飛び出した後の教室で、不二が「否定しないところが面白いな」とにこやかに呟きがら弁当の残りを口に放り込んでいるのを、たまたま用事があって出向いてきた手塚が目撃したらしい。





(味覚お化け、が言いたかっただけ)
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