短編 | ナノ


「あら、葉様?また新しい傷作って…修行も大事ですがお身体は大切にしませんと」
「ま、まあ。じいちゃんの修行は過酷だから、しょうがないんよ」


適当に取り繕った言葉を間違わないよう丁寧に述べれば、彼女は決まって柔らかく微笑む。本当は学校のクラスメイトに羽交い締めにされただけなんだ、と言えばどんな顔をして怒るか、泣くか目に見えて分かっているし、そもそもそんな格好のつかないこと、たとえ彼女が無反応だったとしても恥ずかしくて言えやしないだろう。だから今日も、やってもいない修行のせいにして、彼女に褒められたくて此処に足を運ぶ。葉は幼いながらも人間の、特に同年代の子供たちがどんなに面倒くさいかを嫌になるくらい見てきた。だから葉はそれを避け続けた。その結果、孤立することになったがそのこと自体は葉にとっては些細なことでしかなかった。葉はみんな嫌いだ、と言う。彼女以外の人間には。みんなが嫌いだと言えば、彼女はやっぱり悲しい顔をするだろうから。幼心から、純粋に彼女には笑っていて欲しかったし、葉は他の群れたがりの羊のような人間とは違う彼女が好きだった。今年高校三年になるという彼女は、自分と一回り近く歳が離れているが、それでもいつも儚げに微笑む彼女を見ていると、歳など関係なく守ってあげたいような、そんな気分になるのだ。


「申し訳ありません、葉様…私は本来、麻倉家に仕えるべき者だというのに」
「それは姉ちゃんのせいじゃないって、みんな言ってる。病気の姉ちゃんが無茶する方が、みんな嫌なんよ」


葉が生まれた頃から、彼女を蝕む病気があった。葉は物心ついた頃にはそれをもう理解していたし、年々それが悪化していることも知っていた。今年に入ってから、彼女は元から滅多に行かなかった学校にもとうとう行かなくなった。彼女は葉とは違って他人と関わることができる学校が好きだっただけあって、あの時は珍しく目に見えて落ち込んでいたので良く覚えている。


「この家の方は優しすぎます。それが嬉しくて、でも時々、とても切なくなるんです」
「姉ちゃん…」
「ふふ、わがままですね、私」


ちがう、そうではない。彼女の身体が弱いのは彼女のせいなわけがないし、自分の弱さをひたすら責め続ける彼女を誰が我が儘などと言うのだろうか。しかし、葉が首を振って否定する前に、ふわりと彼女の手が葉のぼさぼさになった髪に触れた。何か言うつもりだったのに、あまりに唐突で珍しい行動にぽかんと口を開いたまま固まってしまって、尚も優しく微笑む彼女になんだか気恥ずかしくなる。


「何のお役にも立てない私なんかが言ってはいけないことかも知れませんが」
「は…?」
「葉様が毎夜この部屋を訪ねて下さって、私はとても幸せです」
「お…お、おう!オイラも、姉ちゃんと話すのが楽しいから良いんよ。姉ちゃんのこと、オイラ好きだしな」
「…お許しください、葉様」


言うや否や、葉の視界から彼女が消えた。真正面から受け止めたぬくもりに、ぱちくりと瞬きを繰り返す。彼女に頭を撫でられたのは初めてだった。だからそれだけでも緊張してしまったというのに、こんなふうに抱きしめられては最早反応を返すこともできなくて。そもそも、家の位だとか立場だとかばかりを考える彼女が、こんなふうに自分に触れてくること自体が異常なのだ。それだけ、たったそれだけでもこの有り様だというのに。


「葉様、どうか貴方に幸多き未来がありますように」


なのに、加えてそんな上擦った声で話されて、まだ幼い葉に何ができるというのだろうか。泣いている、それだけは分かっているのに動けない。ただ、優しい彼女は、服に染みて伝わる涙さえも温かくて。その頃の葉には、彼女の気持ちをすべて理解することができなかった。彼女から移ったのか、ほんの少しの切なさが胸を掠めただけで。


「…っていうのを思い出したんよ」
「おまえどんなマセガキだったんだよ爆発しろ」
「うえっへっへ。まだアンナに会うよりもずっと前の話だしなあ」
「ねえ葉くん。その女の子、今も葉くんの家にいるの?」
「いや?たしか三年くらい前に成仏したはずだ」
「え…」
「病気、治んなかったのかよ」
「なんかスゲェ重い病気だったみたいで、オイラは説明聞いてもさっぱりだったんよ」
「そ、っか」
「でも死んでからしばらくは家に居たんよ。漸く麻倉家の役に立てるって、幸せそうだったなあ」
「それで勝手に満足して成仏、か。下らんな」
「そう言うな、蓮。あいつはあいつで色々悩んでたんよ、成仏を勧めたのはじいちゃんの方だったしな。まあ、成仏してからちょっとは寂しかったけど」
「向こうは未練がなくなって成仏して、貴様がその様とはな」
「うえっへっへ」
「でも、それが葉くんの初恋なんだね」
「うーん、そうなるんかなあ」
「この話、アンナに言っても良いか?」
「それは勘弁してくれ」
「聞こえてるわよ」
「うぉあぁっ!?」
「うるさい、死ね」
「す、すみません」
「葉、アンタ、私が知らないとでも思ってたの」
「え」
「甘く見てるんじゃないわよ」
「ご、ごめんなさい」
「お茶」
「…はい」


幸多き未来、と彼女は言ったけれど。こんな些細な幸せでも良い。その代わり、あの世の彼女に残りの幸せが訪れますように。
今日も天気が良い。そんな幸せ。





シャーマンキング/麻倉葉
(一人復活感謝祭、ジャンプ改を読んで)
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