短編 | ナノ


だから、だから何度も言っているじゃあないか。私はいつも自分の気持ちに素直に思ったことを思ったままに喋りたいように喋っている。君はそんな私に惹かれてくれたのだとも思っている。だから私は君に嘘はつかない、つこうとも思わない。だってバレてしまったら君はきっとすごく怒るから。きっとその鋭い眼光で私を貫いてしまうのだろう。そんな恐ろしい体験をするなんて御免だから私は思ったことだけを君に言う。好きだとかつまらないだとか馬鹿だとかお腹すいただとか、とにかく私は君に対しては本音しか話さない。だから君の知らない私なんて居るはずもないし、私を一番知っているのは君だろう。疑う余地もない、君は私とずっと一緒に居るのだから。逆に私は君のことを全部見ているのだ。ドラゴニック・オーバーロードにライドする瞬間に、その翡翠の瞳に灯る炎だとか、ボーテックス・ドラゴンで相手を追い詰めた時に弧を描いて引き上がる口角だとか。見落としなんてない。私はカードファイトはしないけれど、君が使っているかげろうのユニットならすべて覚えているし、すべての能力を説明できる。ほら、やっぱりそれくらい君のことで頭がいっぱいなんだ。だけどそれは君も同じで、だから私たちは平等のはずだったの。なのに、亀裂を入れたのはどちらからだったか。私は君を愛しているよ、君だってそうでしょう?言わなくても分かるよ。だって君はすごく不器用だけど、とても優しい人だと知っているから。だから私は君との特別な関係を何より幸せに感じていたよ。時々だけれど手を繋いだり、一緒に行く場所はカードショップか公園と決まっていたけれど、それでも私は君と同じ時間を過ごせることが幸せだったの。

がちゃん

無機質な音が鼓膜をつんざく。慌てて音の方へ駆け寄れば、何が起こったのか理解するには簡単すぎる状況。トシキと、床に散乱する破片。白をベースに所々に青の模様が入ったそれは、私のお気に入りのマグカップだったであろうもの。私はため息混じりに彼のそばに寄り、床に屈んだ。


「トシキ、どいて。あんたスリッパ履いてないんだから危ないよ」
「…ああ」


おとなしくそこから離れる彼。たまに聞き分けが良いから楽なのだが、人のマグカップを割っておいてこの態度か。私はマグカップの破片をすべて片付けて掃除機をかけると、既にソファに腰掛けている彼の隣に座った。


「怒らないのか」
「怒っていますとも、私が三千円で買ったお気に入りを壊されたんじゃあね」
「そうか」


そう言って黙り込む彼に、またため息。彼はそう簡単に他人に謝罪するような性格ではないのだ。しかし、私は彼の今の行動は事故ではないと気付いている。だいたい、普段から彼は私の家の台所に立つことはないのだ。あのマグカップの何かが、彼の気に障ってしまったのだろう。


「おまえはオレンジが好きだったな」
「ん?」
「今度、買ってくる」


ああ、成る程。彼は私がオレンジ色が好きなのを知っていた、だから青い模様の入ったマグカップをお気に入りにしているのが理解出来なかったのか。「最近はオレンジより青が好きなの」と別に思ってもいないことを口にすれば、彼は視線をまっすぐ私に向けてくる。その翡翠に吸い込まれそう、と思った刹那、身体にずしりと重みがのしかかった。彼に頭上から抱き締められ、私はすっぽりと彼に収まる。痛いくらいに腕に締め付けられるが、ここで抵抗すれば彼はきっとショックでどうにかなってしまうかも知れない。変化を恐れる、その時の彼だけは小さな子供のようで。変化を目の当たりにした彼はいつも、私と誰かを重ねて見ている。


(…馬鹿な人だ)


いくら好みが変わったところで、君を嫌いになるわけがないのに。人間は色や物とは違う。だから単純な趣味ではない、愛しさを持ち合わせていることにも、きっと彼は気付かない。好きな色が変わって、私まで変わってしまうとでも思っているのだろうか。私の物を壊す彼は、どんな気分なのだろうか。きっと、そうやって必死に私を繋ぎとめようとしている。それくらいしか、彼はすべを知らないのだ。だけど、だけどね、トシキ。私も、いつも君の中に深く存在するその人に、嫉妬したり劣等感を覚えることもある。だから、早く過去のしがらみなんて取っ払って、本当に私を信じて私だけを見てよ。
動きづらい腕の中で身じろいで、彼の皺の寄った眉間にそっとキスを贈った。





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