短編 | ナノ


「、んぅ…」


眩しい。毎日、この窓から射し込む朝日で目を覚ます。空が晴れることの少ないフェンデルでは感じることの出来ない暖かさ。ゆっくりとブランケットをずらしながら起き上がり、まだ夢との境にいる自分を起こすように目をこする。ぐっと背筋を伸ばせば、朝の空気が肺を満たして気持ち良い。正に清々しい朝、といった感じだ。しかし、そんな中ひとつだけ、小さな違和感を察知した。


「…あれ。なんでだ」


目を落とせば、視界に入り込む青。さらさらと流れるような髪を見つめ、小首を傾げた。どうしてヒューバートが自分の隣で寝ているのだろう。そもそも、良く見れば今まで寝ていたのもヒューバートの部屋だったらしい。一体何がどうなっているのか簡潔に説明してほしいところだが、唯一事情を知っていそうな彼はまだ夢の中……あれ。


「ヒューバート?」
「……」
「寝てるの?」
「…………」
「そっか、……ん」
「っ!?!?」


ちゅ、と無防備な唇に触れる。すると今まで寝息を立てていた彼の肩が面白いくらい跳ね上がり、驚き開いた青の瞳と視線ががっちりかち合った。そのまま、ヒューバートはブランケットを剥ぎ取りながら勢い良く起き上がり、茹で蛸な顔をさらしながら口をぱくぱくと開閉させる。「な、な、な…っ」などとこぼしながらうろたえている姿が面白い。顔を真っ赤にしながら眉を吊り上げる彼ににっこりと笑えば、そのまま顔を俯かせてしまう。


「狸寝入りは良くないな〜」
「あ、あなたは、朝っぱらから何を考えているんですか…!」
「呼んでも起きないんだもの」
「だからって…!…もう良いです」


からかわれていると分かっているのだろう、ヒューバートは拗ねたようにふいっと顔を逸らしてしまった。年下の恋人を持つとついつい意地悪をしたくなってしまう、これは私の悪い癖だ。何だか、どうしてヒューバートの部屋にいるのかなんてだんだんどうでも良くなってしまって、彼の頭をひと撫でしてからベッドを降りた。そのまま扉の方へと歩を進めれば、少し焦ったような声でヒューバートからの制止がかかる。


「ちょっと。あなたはどこまで神経が図太いんですか」
「え?なにが?」
「どうしてぼくの部屋にいるのか、気にはならないんですか」
「ああ、そうそう。なんで私ヒューバートの部屋にいるの?」


すっかり忘れていた。思い出したように聞き返せば、ヒューバートからは深いため息が零れる。「あなたという人は…」と呆れた声。すると彼の指先がどこでもない場所を示し、それを目で追えば机の上に置かれたヒューバートの眼鏡が目につく。つまりは、取れということか。渋々ながら言われた通り眼鏡を持っていけば、彼は当たり前のようにそれを受け取り、例もなしにいつもの定位置にそれをかけた。その態度に少しむっとしたのは言わないでおく。


「…昨夜のこと、どこまで覚えていますか?」
「ええと…確かバーで教官いち押しのカクテルを飲んだ…後に調子乗って色々と」
「そのあとは?」
「さあ?」


へらりと笑ってみせれば、ヒューバートの額にうっすらと青筋が浮いた、ような気がする。しかしこの会話の流れからすると、どうやら酔っ払った自分がヒューバートに迷惑をかけてしまったらしい。悪いことをしたと思い頬を掻くが、ヒューバートからはやはりため息しか返ってこない。どうしたものかと頭を悩ませていると、彼は眼鏡のブリッジを指で押し上げる。レンズがきらりと光って少し怖かった。


「まったく…これだから酔っ払いは。本当に覚えていないんですか」
「…私、まだ何がしたの」
「ええ、しました。仕方ないから教えてあげますよ、あなたのために」


言うなり、ヒューバートはちょいちょいと指先で呼ぶ仕草をしてみせた。それは、こちらに来いという意味なのだろうか。とりあえず、あまり彼の気に触れないように大人しく近付く。すると、手の届く距離まで寄った途端に腕を引かれ、何の身構えもなかった身体は情けなくそのまま前のめりに倒れた。ぼすん、と投げ出されたような感覚。しかし自分が落ちたのは床ではなく、先程までお世話になっていたヒューバートのベッドの上だった。なんだなんだと瞬きを繰り返しているうちに、ヒューバートは何食わぬ顔でその上に四つん這いになって逃げ道を塞ぐ。


「ヒューバート?は?なに?え?」
「何をそんなに驚いているんですか?」
「そりゃ驚くでしょなんなの、え?」
「昨日は自分から兄さんに同じことをしておいてよく言いますね」
「…は?」


意味が分からない。思ったことをそのまま表すようにぱちぱちと瞬きを繰り返すと、ヒューバートは私の身体を組み敷いたまま深く深くため息をはいた。おそらく、いや間違いなく故意的な行為だろう。「本当に覚えていないんですね」という呆れた声に、とにかくこの状況を打破しなければと何度も首を縦に振った。覚えていないどころか、今現在自分が置かれている状況すらも理解できない。もしかしたらまだ夢の中なのではと頬を引っ張ろうかとも思ったが、両手はヒューバートによって拘束されていてそれを確認することは出来なかった。「仕方ないですね、教えてあげますよ」と紡がれる言葉に、それより早く解放してほしい、という本心を打ち明けることは出来なかった。


「昨日、一人で勝手に酔っ払ったあなたは、偶然バーに立ち寄った兄さんを見つけて巻き添えにしたらしいですよ」
「え、まさか私、未成年に飲ませたりしてないわよね…?」
「さすがにそれはなかったみたいでしたが…その後、あまりに帰りが遅いあなたたちを探してバーに入ったら」
「入ったら…?」
「この状態だった、というわけです」
「は?私、アスベルに押し倒されたの?」
「違いますよ。酔っ払ったあなたが、兄さんを、襲った、と言いたいんです」


は?え?あ?混乱を表す言葉が宙を飛び交う。より一層混乱が深まる脳みそを精一杯回転させた。とりあえず、と状況の判断を最優先に考えてみることにする。つまり、昨夜何があったかというと。わたしが、アスベルを、襲って、ヒューバートに、見られた、と。


「…………おおう」
「悩みに悩んだ末、その反応ですか。いい度胸ですね」


そうは言われても、他に反応のしようがない。謝ったところで事態が簡単に集結するとも思えないし、いつも仏頂面なヒューバートの表情がものすごく怖い。
おかしい。彼は普段からこんなに簡単に笑顔を見せる人だったか。否、違う。ヒューバートは自分が喜ぶ姿を滅多に人に見せない。と、なるとだ。行き着く答えは自然と一つに絞られるわけで。それを想像したらとてもではないが普段のような冗談も言えなくなってしまって。つまり、私に残された選択肢は。


「本当にごめんなさい」
「許しません」


怒りと嫉妬の炎を燃やす彼に大人しく従うしかないのだ。
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