07

「キャプテンキャプテーン!おれ足治ったかな!?」
「まだだ」


笑顔のベポに飛び付かれ、足を診察してやる。すっかり治っていた。だがここで治ったなどと言えば、ベポはあの女に会いに行くだろう。まだ会わせるわけにはいかない。俺は嘘をついた。しゅんと落ち込むベポ。なんだか罪悪感がわいてきた。シャチがベポを慰めている。


「残念だったな、ベポ。今日は一緒に飲もうぜ!」
「そうだぞベポ!今日は俺たちが来てるんだからな」


すでに赤くなった顔で笑うのはハートクルーの一人、バンダナだ。バンダナ以外にも、今日は十数人のクルーがここに集まっている。特に収集をかけたつもりはないのだが、勝手に上がり込んで酒を飲みはじめる始末だ。ベポには酒を飲ませるな、と忠告していると、ペンギンが帰ってきた。


「船長」
「ああ」


ペンギンは本当に仕事が早い。よくやった、ありがとな。そう言うと、どうするつもりですか、と問われた。どうするつもりもない。


「ただ、ベポが心配だっただけだ。おい、ベポ」
「何、キャプテン?」
「お前の足やっぱり治ってるから、出掛けてもいいぞ」
「えっ、ほんと!?」


ベポは俺が買ってきてやった携帯電話をポケットに突っ込み、スキップしながら出ていった。よっぽど嬉しいらしい。無性に腹が立つ。俺もクルーたちと酒でも飲んで、ベポの帰りを待とう。そう思った時、知らない女から電話がかかってきた。

今夜久々に会いたい、そう言ってきた。久々と言われても、俺はそいつが誰なのか思い出せない。この前の夜楽しかったね、とくすくす笑う女。一体いつのことだ。俺はしばらく楽しい夜など過ごしてないのだが。今夜その女を抱いたところで、楽しい夜になるとは思えない。いつもそうだ。満たされることのない欲を満たしに、俺は夜の街へ出て行く。今夜もまた、俺は家をペンギンに任せ、名も顔もわからない女に会いに行くのだ。


△▽


待ち合わせ場所にいた女はかなりの美人だった。顔立ちはよく、巨乳で、手足まで妙に艶かしい。俺が近づくと笑顔で手を絡めてきた。促されるままに歩き出す。
並んで歩く俺たちに、人は自然に道をあけた。男たちは俺の隣の女に、女たちは俺に視線を送る。あの二人、お似合いね。そんな囁きが何度も聞こえた。俺に聞こえる囁きは当然、女にも届いているだろう。女はますます上機嫌で笑う。笑顔の女はさらに多くの視線を集めたが、俺はその笑顔に何の感情も持てなかった。

俺たちの歩くここは、ある繁華街だ。ここを通って奥へと進むと、ラブホテルの建ち並ぶ通りに出る。女が向かっているのはそこだろう。


「ねえ、いい店見つけたから、今日はそこでいいかな」
「ああ」
「ロー、しばらく見ないうちにまたかっこよくなったね。なんか色気が増してるー」


長々と話を続ける女に、短く、どうでもいいという口調で返すだけの俺。女は何が楽しいんだろう。かっこよくなった?色気が増してる?そんなわけがない。ただ、起きて寝て起きて寝る俺の毎日。何の楽しみもないし、何かに満たされることもない。単調な日々を繰り返すだけの俺に、どうして変化が起こるんだ?
いつの間にか、辺りはホテルばかりになっていた。いちゃいちゃと寄りそうカップルたちがうっとおしい。…カップル?


「もう。ローったら、全然表情変わらないよね」
「…」
「私を抱くときもずーっと同じ顔だよ」
「…」
「私もっと、ローの色んな顔、見たい。…ねえどうしたの、ロー」


ちょっと、ロー?突然一点を見つめて固まった俺の腕を、女は何度も揺さぶる。だが俺はその一点から目を離せなかった。俺たちの方に歩いてくる華奢な女。隣には、その女より10、もしかすると20は年上に見える男。男は右手に女物の大きなカバンを持ち、左手は女と繋いでいた。会話はないようだ。女はただ前を見ている。視界には俺が入っているはずだが、何の反応もない。

おいおい、一昨日会ったばかりじゃねえか。

そう、その女はベポの友達という女子高生だった。この時間は塾にいるんじゃねえのか。ベポに会わねえのか。疑問が頭を駆け巡る。女は私服姿で、前に会ったときよりいくらかは大人びて見えるが、やはりまだまだ幼い。てか胸小せえ…。俺の手を掴むこの女と比べると、哀れなほどだ。
隣の男は彼氏だろうか。会話はないが、そういうカップルだっている。二人はあるホテルの前で立ち止まった。何か話している。そして手を繋いだまま、中に入った。


「ねえ、ローってば!」
「あー、やっぱりお前と寝る気分じゃねえな」
「え?」
「俺の番号とアドレス消しといてくれ」
「え?ちょっと、どういうこと?」
「もうお前とは会わねえから」
「な、なんで…!?」
「楽しくねえから」


そう言って女の手を振りほどいた。女はなんでなんでと繰り返しながらすがってきたが、何回か寝てやったくらいで勘違いすんなと突き放すと、馬鹿、と叫んで去っていった。去り際に頬を叩かれたが、どうでもいい。あの女には悪いが、明日には顔も忘れているだろう。

二人が入っていったホテルに、俺も足を踏み入れる。すでに二人はいなかった。チェックインは済ませたようだ。さっきの二人はどこに入った?知り合いなんだ、と言えば、あっさり部屋番号を教えてくれた。おいおい、大丈夫かこの店。苦笑しながらその部屋へ向かう。


俺はさっきの女に、"楽しくないから"駄目だと言った。我ながらガキっぽい理由だ。楽しい人生なんて、とっくの昔に諦めている。

それなら、俺がこの女子高生の手を掴むのはどうしてだろう。

振り向いた女の、相変わらずくもった目がわずかに揺れるのを見ながら思う。ただ、こいつがベポの友達だから。それだけだ。


11.08.09