65 「で、なんでなまえが俺の部屋にいるんだ」 「漫画返しに来ました」 「おっ、サンキュー。じゃあもう帰ろうか」 「………」 「はい!悪かった!俺が悪かった!そんな顔するな!」 別に変な顔はしていないつもりなのに、キャスさんはぶんぶんと手を振り回して私と一緒に部屋を出た。ラリオする?と首を傾げられて頷く。キャスさんと二人で階段を下りた。 あの人とペンギンさんは仕事に出ており、ベポはどこかに出かけたらしく、家にいない。二人きりのリビングでテレビの画面に向かい、黙々とゲームに挑む。 「……ペンギンさんに撫でられました」 「どこを!?」 「頭ですけど…」 「あっ、まあそうだよなァあああああああ」 キャスさんの操るムイージが、キャスさんの悲鳴とともに溶岩に飲み込まれて落ちていった。私は小さくあーあと呟く。画面の中で、ラリオは一人ぼっちになっていた。 「早く戻ってきてくださいよー」 「おう、すぐ行ってやるよ!迎えに来い!」 「そんな暇、ないん、で!」 「ちょっと!?」 風船に閉じ込められたムイージを飛び越えて行くと、ムイージとキャスさんが同時に叫び声を上げた。お前一人でできんのかよ!と失礼なことを言ってくる。 一人でできるかって?一人でこの溶岩だらけの道を歩いて行けるかって? 「できますよ、練習しましたから」 「おーおー。なまえもドヤ顔が上手くなったなあ」 「……褒めてませんよね?」 △▽ 早々に私たちは飽きてしまい、リモコンを投げ出した。私の隣に座るキャスさんが、そういえば、と口を開く。 「ペンに撫でられたんだったな」 「そうです」 「よーしじゃあ俺も撫でてやるよ!ちょうど船長もいないし…な?」 キャスさんはびくびくと扉に目を走らせ、安心したように胸を撫で下ろすと私の頭に手を伸ばした。わしゃわしゃと、わざと髪を乱そうとしているとしか思えない撫で方をしてくる。もういいですと払いのけそうになった手を、私はそっと下ろした。 これで、ベポにも、あの人にも、ペンギンさんにも、キャスさんにも撫でられたことになる。一人一人撫で方が違って、私の心の動きも違った。キャスさんのは、なんというか……普通だ。昨日の朝、ペンギンさんに撫でられたときのような、どうしようもない寂しさは生まれない。 「キャスさんに触られたことは何回かありますから」 「えっ何その誤解を招きそうな発言…」 「いえ、普通に。肩組んだり、ラリオするときとか、ノリで」 「そうだったっけ?」 首を傾げながらキャスさんは手を引いた。なんとなく気恥ずかしく感じて、私はキャスさんから目を逸らす。「な、なんだよ」とわざとらしく戸惑ったふりをしながら、キャスさんもテレビの方を向いた。 ラリオとムイージが仲良く並ぶ画面を二人で見ながら、何をするわけでもなくぼーっとしていた。そのうちに、ちらちらとキャスさんがこちらをうかがっているのに気づいた。 「なんですか」 「いやそれ俺の台詞!」 「えっ」 「漫画返すためだけに来たわけじゃないんだろ?」 「……よくわかりましたね」 「なまえとも長い付き合いだからなあ」 「長かったですか?」 「言葉の綾だよ!あっという間に感じたさ、そりゃ」 キャスさんがまたリモコンに手を伸ばしたので、私も同じように手に取った。プレイに集中し、しばらく会話が途切れる。 「私にとってもあっという間でした」 「結構ラリオしたよなあ」 「素敵なプレゼントをありがとうございます」 「いいって。俺も楽しかったし」 「……楽しかったですか?」 「ああ。もちろん!」 「私といて、楽しかったですか?」 キャスさんが私の方を向いたのがわかった。目を離すと死にますよ、と忠告する。キャスさんは慌てて画面に目を戻し、それでも私に返事をくれた。 「当たり前だろ」 口の中でこっそりと歯を噛みしめた。ラリオは元気良く野原を駆けていく。ムイージがすぐ後ろを走って、ことあるごとにラリオを支えていた。 「キャスさんにしか聞けないことがあったから、部屋に行ったんです。聞くなら今しかないと思って」 「い、いきなり告白は、」 「違いますから」 「……ハイ」 一つのステージをクリアした。私はリモコンをテーブルに置く。キャスさんと真正面から向き合う度胸はなかった。顔だけ向けて、でも目は逸らしたままで、私は慎重に言葉を紡ぐ。 「私って、」 「おう」 「この家にとって、どういう存在でしたか」 「…おおう!?」 「キャスさんにとって、でもいいです」 私は急いで言った。あの人に最後の拒絶をされ、ペンギンさんと話をしてから丸一日が経った。その間、なるべく考えないようにしようと思っていたことに、結局頭を悩ませてしまった。そして、結論に至ったのだ。思い切って聞いてしまおうと。キャスさんになら聞けると思った。キャスさんにしか聞けないと思った、のほうが正しい。 「あっという間に時間が過ぎたんです。私には、凄く凄く短い夏に感じました。私は、ここの人たちに……凄く良くしてもらったから、私の中でこの夏の思い出は一生消えないと思うんです。そう考えたときに、みなさんの頭の中に残る私は…なんなのかなって。そもそも残るのかなって、思えてきて」 「馬鹿だなー、なまえは」 キャスさんは呆れたように笑って、私の顔を覗き込んだ。私が仰け反ると、酷いな!と大袈裟に残念がる。ごめんなさいと謝って、わたしはようやくキャスさんと目を合わせた。これまで何度も何度も合わせてきたそれは、いつもと変わらない優しい目をしていた。 「良くしてもらった、ってお前が思うなら、それはお前が好かれてた証拠だよ。だって、好かれてないと良くしてもらえないからな!?」 「……そうでしょうか」 「そうそう。それに、俺言ったじゃん。お前といて楽しかったって」 「はい」 「お前の存在ねー。うーん、難しいな。友達じゃないし、仲間でもないだろ?妹…もなんか近いけど違うって感じだなァ。あ、そんな落ち込んだ顔すんなよ!」 キャスさんは陽気に笑った。ここ数日の鬱々とした気分を吹き飛ばすような笑顔を見せて、キャスさんは私の心を溶かす。 「そんな重要かな?自分がどんな存在かって。俺は確かになまえのこと好きだったし、…あっゴメン今も好きだわ。えーと、好きだし、何回も言うけど一緒にいて楽しかったし、出会えて良かったと思ってるよ。それでいいじゃん?」 歯を見せて笑うキャスさんの笑い方が、ずっと好きだった。私はしばらく黙っていたが、まともに声が出せる状態になってから、小さく小さく声を絞り出した。ありがとう、と心からの感謝を込めて頭を下げると、キャスさんは「やっぱ妹かも!」っと湿っぽい声で笑った。 14.03.29 |