57

「ああ、これからすぐ連れてっちゃうわけでもないからね〜?そんな青い顔しなさんな」


黄色いスーツの男がぽん、と俺の肩に触れた。浮かべているものは確実に笑みだというのに、この圧迫感は何だろう。ざらついた舌と縮こまる手足を必死に動かして、俺は三人をリビングへと案内した。いつも食事をとっているその席について指を組んでいた船長は、俺の背後に続く三人を見て目を細めた。ああ、船長も同じだ。笑っているのに、その仮面の裏にあるものはこれ以上ないほどの威嚇。


「一人で来ると思っていたが?」
「確かにそう言ったよ、話すのはこっちの人だけだからねェ。わっしらはこのソファを借りてもいいかい?」
「どうぞご自由に」


船長の一歩後ろで控えていたペンがキッチンへと戻り、茶を入れ始めた。とっくにソファに腰を下ろしてくつろいでいる青い男が「コーヒーね」と間延びした口調で注文した。ペンは何の反応もしなかったが、漂ってくる香りにはコーヒーのそれも交ざっていた。

船長がテーブル、赤い男もテーブル、青と黄の男はソファ、ペンはキッチン。行き場がなくうろうろしているのは俺だけだ。助けを求めて船長に視線を送るも、船長は目の前の赤い男と睨み合うことに忙しい。口元は辛うじて弧を保っている船長に対して、赤い男は厳格な無表情を崩さなかった。先程までとは比べ物にならない、油断すれば窒息してしまいそうなこの空気。ピンと張りつめた沈黙を破ろうとする奴なんていなくて、俺は固く口を結びながら船長の側へと移動した。

ペンが客である三人に飲み物を出して再び船長の背後、つまり俺の隣に立ったとき、ようやく赤い男が口を開いた。


「わしらのことは調べとるな?」
「役職程度だ」
「ほんなら言うまでもないじゃろうが、わしらの仕事はみょうじ製菓社長秘書に、社長の一人娘の目付け役も兼ねとる。わしが赤犬、そっちのやつが右から青雉、黄猿。そう呼んでくれて構わん」
「クザンはどいつだ?」
「必要以上のことを教える義務はない。それから、口の聞き方には気をつけい。もう少し利口な人間だと思っとったが」
「それを確かめに、わざわざここまで来たんだろう」


鈍い俺でも、わずかながら状況を掴むことができた。頭の中で整理して、自分を落ち着かせようとする。この三人はなまえの目付け役、なまえを散々傷つけた奴ら。この家までやって来たのは、船長という人間を知るため。いや、というより、


「お前だけじゃない。この夏のなまえの生活について報告書を書く必要があるから、この家と家主と同居人、全てを調べに来たんじゃ。それから、」
「約束についての確認だろう」
「そうじゃ。約束通り、なまえは今週中にこちらに返してもらう」


空気の動く微かな音が耳に届いた。それが自分が息を飲んだ音だと気づくのに、しばらくかかった。握りしめた拳が、汗ばむ皮膚に爪を食い込ませて痛みを訴える。今週中になまえを返してもらう、だって?不思議なことに、俺はその到底許し得ない言葉を抵抗なく受け止めていた。薄々予感していたその要求より、格段に驚くべきことが今俺の目の前で起こっていたからだ。

約束って、なんだ。その言葉を先に発したのは船長だ。どうして、つまり、それは、え?まるでその約束を、なまえを返すなんていうできっこない約束を、船長が、認めてるみたいじゃねえか。そんなまさか。なあ、なんでペンは表情を変えねえんだよ?


「今週中、つまりあと七日ということで間違いないな?」
「ああ。八日後から学校じゃけん」
「七日以内、そうだな、なるべく早くあいつをいつもの公園に送る。場所はわかっているだろう?」
「無論。もし七日以内になまえがみょうじに帰ってこんかった場合、」
「そんな下らない空言は考えなくていい。約束は守る」


淡々と言い放った船長の瞳には、何の感情も映ってはいなかった。まるでうちに来たばかりの、なまえみたいに。満足そうに頷いて立ち上がる赤犬に、よいしょと軽いかけ声とともに腰を上げた黄猿が続く。だが、最後にソファを立った青雉がその後を追うことはなかった。時には凶器として活用するのであろう長い足を俺たちの方へ進め、腹立たしいほど高い位置から見下ろしてきた。赤犬と黄猿はすでに部屋を出ているというのに、弱まることのないこの威圧感。


「もしかしてあんな小娘に惚れちゃった?えーと、総合病院の跡取りだけど現在は行方不明、実はこっそり闇医者やってるトラファルガーさん?」
「だったら?」
「んー、まあね、貰ってよって言うわけにもいかないし。あと七日、良い思いさせたげてよ」
「そのつもりはない」
「…優しいねェ」


よくわからない話だった。たったこれだけの会話に、俺の思考はずるずるとあらゆる方向に引きずり回されている気がした。船長が何の迷いもなくなまえへの気持ちを認めた驚き、喜び、なまえがこの家にずっといられるのではという期待、そして落胆、最後に残ったのは疑問。優しい?どうしてそれが優しいんだ?


「優しいアンタにあげちまいたいけど、あのお嬢さまはこっちにとっても大事でね」
「商品価値、という意味か」
「だったら?」


青雉はわざとらしく船長の言葉を繰り返した。だったら、だったら。答えは決まっている。娘を商品程度にしか捉えていない奴らのところになまえを返すなんて、そんな馬鹿なことを、酷いことを、俺たちがするわけがない。ほら、早くそう言ってよ。焦燥感に溺れる俺など眼中にない船長が、ようやくその口を開く。


「俺には関係ねえな、ここを出る女がどこでどんな扱いを受けていようと」


なん、で?




青雉は奇妙に唇を歪ませて目を細め、ペンにコーヒーの礼を言い出ていった。ねえ船長、俺にはあんたの考えがまったく理解できませんよ。なまえが好きなんじゃないのかよ、大事じゃないのかよ。


12.09.28