35 「すっごく助かります!本当にありがとうございます!」 私はペンギンさんの手を取って、ぶんぶんと振り回した。ペンギンさんは動じることなく、大人の余裕で微笑む。さすが、さすがペンギンさん。 プレゼントはパジャマだった。パジャマというか、ルームウェアというか。デザインも可愛い。可愛いのに、私の嫌いなふわふわひらひらではないという、最高の服だった。私の好みを、ペンギンさんは知り尽くしているらしい。 とにかく、これでトラファルガー・ローとキャスさんに服を借りなくて良いと思うと、すごく嬉しかった。トラファルガー・ローが渡してくる服にはいい加減嫌気がさしていたし、キャスさんに借り続けるのは申し訳なかったし。本当に、助かった。 「…………あれ?キャプテンからのプレゼントは?」 「この食費はすべて俺の負担だ。それで十分だろ」 「うわあ屁理屈…」 「なんか言ったかシャチ」 「いえ!」 「でもキャプテン、それでいいの?」 「ベポ、」 ベポが戸惑ったような目をトラファルガー・ローに向けたので、私は落ち着いて呼びかけた。こんなに素敵なものを三つももらって、さらにもらおうなんて贅沢なことは考えていない。トラファルガー・ローの言った通り、私にはこの豪華な食事と、名前入りのバースデーケーキで十分。もっと言えば、そもそもここに住まわせてもらえることで十分幸せなの。そう言って微笑んだ。 「さあ、ケーキ食べよう」 「よし来たー!」 「じゃあ俺が切ろう」 私の提案に、キャスさんとペンギンさんがすぐさまのってくる。ベポはまだ不満顔だったが、目の前にケーキが差し出されると機嫌も直ったように見えた。思い思いにフォークをとり、ケーキにずぶりと差し入れる。ここでそれでは一斉に、というような微笑ましいことにならないのが、みんならしくてそれこそ微笑ましい。 「…………美味しい」 思わず感嘆の声を上げる。ペンギンさんが担当したというそのケーキは、店に出ていてもおかしくないと思えるほどの味だった。といっても、私は店に売っているケーキなんて食べたことがない。ケーキと言ったら、青雉が呼び寄せたシェフが作ってくれるものだった。それさえも数年ぶりだけど。手作りのケーキって、こんなに美味しいものなんだ。私にとっての手作り、それはプロじゃない人が作ったホームケーキ。どんなケーキだって手作りと言えるだろうけど、自分の中でどう分けられているのかよくわからない。とりあえず、前にこんなケーキを食べたのは…………、お母さんが生きていたときのことだ。 あのときはまだ父さんも優しかったな。私の誕生日、三人で遊びに行ったっけ。お母さんが毎年ケーキ作り張りきっちゃって、父さんと顔を見合わせて苦笑いしてたのを覚えてる。確かすごい焦げちゃった年があって、それでもみんなでおいしいって食べたな。赤犬が無理して、みんなの倍は食べたんだよね。美味しいじゃろうが、って言ってたけどあれは本当だったのかな。今更気になる。今更聞けない。今更。 ……………どうして今は、こんな関係になっちゃったんだろう。 ずっと辛かった。今だって辛い。気を許せるときなんて、場所なんてどこにもなかった。私はどんどん追い詰められて、そして自分を追い詰めていった。生きているのが辛かった。 それが今は。 「ねえなまえ、泣いてるの?どうしたの?」 「ご、めん」 「寂しいの?悲しいの?」 「違っ、」 また、自然に笑えるようになった。お母さんが生きていた頃のように、微笑むことができる。もう、感情のないただの人形なんかじゃないはず。色のない目だとか、散々言われてきたけどもう言わせない。私はちゃんと、生きている。人間として生きて、今、幸せを感じることができている。悲しみだって。怒りだって。私は、 「もう、人形じゃないよね」 ……え?なまえ、人形だったの?聞いてないよ?それってつまり、俺は白熊だけど話ができるとかそういう……? 目を白黒させながら慌てるベポの後ろに、そっと目をやった。その先にいたトラファルガー・ローは、呆れを含んだ表情をしていた。だが、よく見ると唇の端が上がっている。微笑んでいる。私の思い込みかもしれないが、今更何当たり前のこと聞いてんだ、という心情が込められているような気がした。確認したくても、目が合わない。それでも私は満足だった。 私はもう人形じゃない。 △▽ 風呂から上がり、脱衣所を出るとトラファルガー・ローが待ち構えていた。ぎょっとして飛び退く。 「お風呂の前で立っているなんて……、本格的に変態化してきましたね」 「別にお前に用があったわけじゃない。それに変態というのは、本来、"動物が幼生から成体に移る過程で形態を変えること"だ。つまりお前は、俺が成長したと誉めている」 「残念でした。この間辞書で調べてみたら、"性的倒錯があって,性行動が普通とは異なる形で現れるもの。変態性欲"って意味もありましたよ。私が言っているのはこっちです」 「その単語を真剣に調べるお前が変態だと思う」 真顔で言われて、私はぐっと言葉に詰まった。それもそうかもしれない。押し黙ってしまった私を見て、トラファルガー・ローは楽しそうだった。趣味の悪い奴。 「来週、出かけるぞ」 「………………え、どこにですか?」 「どこに行きたい?」 「どこにって……、そもそも何をしに?」 「それは行き先を決めてからだな」 意味がわからず私はただ口ごもる。行き先も、目的も決まってないのに出かけるってどういうこと? 「まあ誕生祝いみたいなもんだ」 「はあ……」 曖昧に頷く。私は今日のパーティで十分なのに。そう言うと、黙れとでも言いたげに睨まれてしまった。みんなで一緒に?と聞くと、また睨まれる。どうやら二人で出かけるようだ。ますますわからない。 「あとお前、この前買ってやったワンピース着ていけ」 「え、」 「まだ一度も着てねえだろ」 「だって、あれ私には似合わないし、」 「似合ってたから買ってやったんだ馬鹿。買ってもらったくせに着ないで放置ってどういうことだよ」 「……すみません」 そう言われてみるとものすごく悪いことをした気がする。どうしよう。どうしようも何も、来週のその"お出かけ"とやらに着ていけばいい話なのだが。実は何度か着てみたことがある。しかしあまりの似合わなさに、部屋から出る勇気がなくなってしまうのだ。 「行き先考えとけよ」 「私、本当にどこでもいいので」 「優柔不断な女ってうぜえ」 「別に好かれようとしてませんし」 「………」 トラファルガー・ローが急に黙り込んでしまい、私たちの間に気まずい沈黙が流れる。なんだこれ。なんだかデジャヴな気がする。気のせいかな。そんなことを考えていたら、いつになく真剣な顔でトラファルガー・ローが口を開いた。 「お前は、ちゃんと変態できたんじゃねえの」 「……………………………は?」 ふざけないでください!そう怒鳴ったときにはすでに、トラファルガー・ローは少し離れた階段を上り始めていた。今度は馬鹿、と言いたげな表情だ。なんで、なんで私がそんな目で見られなくちゃならないの。真剣な顔で何を言うのかと思えば、人を変態呼ばわり?腹立たしくて拳を握りしめて、気づいた。トラファルガー・ローは、変態の意味をなんて言ってたっけ? "動物が幼生から成体に移る過程で形態を変えること" そう、か。トラファルガー・ローは、私の質問への答えをくれたんだ。ちゃんと、人形から人間に変われてるって。そう思って、伝えてくれたんだ。なんて素直じゃないんだろう。わざわざ、"変態"って言葉を使わなくてもいいのに。 ………どんなに似合わなくても、来週はワンピースを着ていこう。 そう決めた私は、単純な性格をしていると思う。だって嬉しかったんだから、仕方ない。今日は最高の誕生日だ。 11.10.15 |