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「すっごく助かります!本当にありがとうございます!」


私はペンギンさんの手を取って、ぶんぶんと振り回した。ペンギンさんは動じることなく、大人の余裕で微笑む。さすが、さすがペンギンさん。
プレゼントはパジャマだった。パジャマというか、ルームウェアというか。デザインも可愛い。可愛いのに、私の嫌いなふわふわひらひらではないという、最高の服だった。私の好みを、ペンギンさんは知り尽くしているらしい。
とにかく、これでトラファルガー・ローとキャスさんに服を借りなくて良いと思うと、すごく嬉しかった。トラファルガー・ローが渡してくる服にはいい加減嫌気がさしていたし、キャスさんに借り続けるのは申し訳なかったし。本当に、助かった。


「…………あれ?キャプテンからのプレゼントは?」
「この食費はすべて俺の負担だ。それで十分だろ」
「うわあ屁理屈…」
「なんか言ったかシャチ」
「いえ!」
「でもキャプテン、それでいいの?」
「ベポ、」


ベポが戸惑ったような目をトラファルガー・ローに向けたので、私は落ち着いて呼びかけた。こんなに素敵なものを三つももらって、さらにもらおうなんて贅沢なことは考えていない。トラファルガー・ローの言った通り、私にはこの豪華な食事と、名前入りのバースデーケーキで十分。もっと言えば、そもそもここに住まわせてもらえることで十分幸せなの。そう言って微笑んだ。


「さあ、ケーキ食べよう」
「よし来たー!」
「じゃあ俺が切ろう」


私の提案に、キャスさんとペンギンさんがすぐさまのってくる。ベポはまだ不満顔だったが、目の前にケーキが差し出されると機嫌も直ったように見えた。思い思いにフォークをとり、ケーキにずぶりと差し入れる。ここでそれでは一斉に、というような微笑ましいことにならないのが、みんならしくてそれこそ微笑ましい。


「…………美味しい」


思わず感嘆の声を上げる。ペンギンさんが担当したというそのケーキは、店に出ていてもおかしくないと思えるほどの味だった。といっても、私は店に売っているケーキなんて食べたことがない。ケーキと言ったら、青雉が呼び寄せたシェフが作ってくれるものだった。それさえも数年ぶりだけど。手作りのケーキって、こんなに美味しいものなんだ。私にとっての手作り、それはプロじゃない人が作ったホームケーキ。どんなケーキだって手作りと言えるだろうけど、自分の中でどう分けられているのかよくわからない。とりあえず、前にこんなケーキを食べたのは…………、お母さんが生きていたときのことだ。

あのときはまだ父さんも優しかったな。私の誕生日、三人で遊びに行ったっけ。お母さんが毎年ケーキ作り張りきっちゃって、父さんと顔を見合わせて苦笑いしてたのを覚えてる。確かすごい焦げちゃった年があって、それでもみんなでおいしいって食べたな。赤犬が無理して、みんなの倍は食べたんだよね。美味しいじゃろうが、って言ってたけどあれは本当だったのかな。今更気になる。今更聞けない。今更。

……………どうして今は、こんな関係になっちゃったんだろう。

ずっと辛かった。今だって辛い。気を許せるときなんて、場所なんてどこにもなかった。私はどんどん追い詰められて、そして自分を追い詰めていった。生きているのが辛かった。

それが今は。


「ねえなまえ、泣いてるの?どうしたの?」
「ご、めん」
「寂しいの?悲しいの?」
「違っ、」


また、自然に笑えるようになった。お母さんが生きていた頃のように、微笑むことができる。もう、感情のないただの人形なんかじゃないはず。色のない目だとか、散々言われてきたけどもう言わせない。私はちゃんと、生きている。人間として生きて、今、幸せを感じることができている。悲しみだって。怒りだって。私は、


「もう、人形じゃないよね」


……え?なまえ、人形だったの?聞いてないよ?それってつまり、俺は白熊だけど話ができるとかそういう……?
目を白黒させながら慌てるベポの後ろに、そっと目をやった。その先にいたトラファルガー・ローは、呆れを含んだ表情をしていた。だが、よく見ると唇の端が上がっている。微笑んでいる。私の思い込みかもしれないが、今更何当たり前のこと聞いてんだ、という心情が込められているような気がした。確認したくても、目が合わない。それでも私は満足だった。

私はもう人形じゃない。


△▽


風呂から上がり、脱衣所を出るとトラファルガー・ローが待ち構えていた。ぎょっとして飛び退く。


「お風呂の前で立っているなんて……、本格的に変態化してきましたね」
「別にお前に用があったわけじゃない。それに変態というのは、本来、"動物が幼生から成体に移る過程で形態を変えること"だ。つまりお前は、俺が成長したと誉めている」
「残念でした。この間辞書で調べてみたら、"性的倒錯があって,性行動が普通とは異なる形で現れるもの。変態性欲"って意味もありましたよ。私が言っているのはこっちです」
「その単語を真剣に調べるお前が変態だと思う」


真顔で言われて、私はぐっと言葉に詰まった。それもそうかもしれない。押し黙ってしまった私を見て、トラファルガー・ローは楽しそうだった。趣味の悪い奴。


「来週、出かけるぞ」
「………………え、どこにですか?」
「どこに行きたい?」
「どこにって……、そもそも何をしに?」
「それは行き先を決めてからだな」


意味がわからず私はただ口ごもる。行き先も、目的も決まってないのに出かけるってどういうこと?


「まあ誕生祝いみたいなもんだ」
「はあ……」


曖昧に頷く。私は今日のパーティで十分なのに。そう言うと、黙れとでも言いたげに睨まれてしまった。みんなで一緒に?と聞くと、また睨まれる。どうやら二人で出かけるようだ。ますますわからない。


「あとお前、この前買ってやったワンピース着ていけ」
「え、」
「まだ一度も着てねえだろ」
「だって、あれ私には似合わないし、」
「似合ってたから買ってやったんだ馬鹿。買ってもらったくせに着ないで放置ってどういうことだよ」
「……すみません」


そう言われてみるとものすごく悪いことをした気がする。どうしよう。どうしようも何も、来週のその"お出かけ"とやらに着ていけばいい話なのだが。実は何度か着てみたことがある。しかしあまりの似合わなさに、部屋から出る勇気がなくなってしまうのだ。


「行き先考えとけよ」
「私、本当にどこでもいいので」
「優柔不断な女ってうぜえ」
「別に好かれようとしてませんし」
「………」


トラファルガー・ローが急に黙り込んでしまい、私たちの間に気まずい沈黙が流れる。なんだこれ。なんだかデジャヴな気がする。気のせいかな。そんなことを考えていたら、いつになく真剣な顔でトラファルガー・ローが口を開いた。


「お前は、ちゃんと変態できたんじゃねえの」

「……………………………は?」


ふざけないでください!そう怒鳴ったときにはすでに、トラファルガー・ローは少し離れた階段を上り始めていた。今度は馬鹿、と言いたげな表情だ。なんで、なんで私がそんな目で見られなくちゃならないの。真剣な顔で何を言うのかと思えば、人を変態呼ばわり?腹立たしくて拳を握りしめて、気づいた。トラファルガー・ローは、変態の意味をなんて言ってたっけ?

"動物が幼生から成体に移る過程で形態を変えること"

そう、か。トラファルガー・ローは、私の質問への答えをくれたんだ。ちゃんと、人形から人間に変われてるって。そう思って、伝えてくれたんだ。なんて素直じゃないんだろう。わざわざ、"変態"って言葉を使わなくてもいいのに。


………どんなに似合わなくても、来週はワンピースを着ていこう。

そう決めた私は、単純な性格をしていると思う。だって嬉しかったんだから、仕方ない。今日は最高の誕生日だ。


11.10.15