34 「ねえクザン」 「んー?」 「父さんがね、あと一週間は帰ってこれないって」 「そうらしいねェ。まあガーナは遠いしな。今回は仕事も多いし」 「うん」 「なまえもついていけば良かったんじゃねェの?」 「そんなこと言わないでよ。学校があるもん」 「休んじまえば良かったのに」 「…………そんなこと、」 「ほら、なまえ」 「なにこれ」 「プレゼント。今日誕生日だろ」 「……覚えてたの?」 「当たり前よぉ」 「……ありがとう」 「倍のお返し期待してる」 「子供にたからないでよ。ねえ、クザン」 「うん?」 「私の誕生日、昨日だよ」 この一件には笑った。おかしくなるほど笑った。青雉だって人間だ。人の誕生日を間違えることだってあるだろう。たとえ十年近く一緒にいる人の誕生日だとしても。別に構わない。 あっさりと笑って受け入れられたのは、前日に流した涙があったから。出張に行った父からはプレゼントはもちろん、お祝いの言葉さえもらえなかったし、黄猿と赤犬からもなんの反応もなかった。青雉も、誕生日当日は何も言ってこなかった。 誕生日を忘れられた。ただ、それだけだ。大したことじゃない。去年も、一昨年も、父は私の誕生日に家にいなかった。これだけ続くと、あえて避けられているかのようだ。それが真実かもしれない。 その"真実"のほうが、私には良いものに思えた。忘れられるより、憎まれているほうがまし。そう思っていた。この前トラファルガー・ローを相手に、嫌われるくらいなら忘れられたいと喚いた自分とは大違いだ。いつの間にか考えが変わっていたらしい。どちらにしても、要するに私は愛されていたいのだ。 △▽ 私はにこりと微笑んだ。 「みんなありがとう。ねえベポ、どうして知ってるの」 「それはトップシークレットだよ!」 「なにそれ」 楽しそうなベポに促され、私は色とりどりの料理が並ぶテーブルについた。トラファルガー・ローの視線を、痛いほど感じる。私は不器用に目を逸らした。 「この料理、誰が作ったんですか。すごくおいしそう」 「俺だ」 あっさりとトラファルガー・ローが言うものだから、思わず顔を上げてしまった。この人が料理?まさか。私を待ち構えていたのは、妙に腹のたつ表情のトラファルガー・ローだった。こういう顔をドヤ顔というと、この前キャスさんが教えてくれた。ペンギンさんが呆れつつ口を挟む。 「俺とシャチだ」 「あ、そうですよねやっぱり」 「船長は企画しただけだな」 ふん、と鼻で笑ったトラファルガー・ローは未だドヤ顔だった。この人が企画?私の誕生日会を?意外すぎてまじまじと見つめると、トラファルガー・ローはにやりと笑った。 料理はどれも美味しかった。いつの間に見抜いたのか、私の好みの味付けになっていた。美味しいです、と自然に声が出る。ペンギンさんとキャスさんは、それは良かった、と嬉しそうだった。嬉しいのはこっちのほうだ。誕生日会なんて何年ぶりだろう。会どころか、誕生日に誰かと過ごすことさえできなかったのに。 一年で一番嫌いな日。うまく笑えるか、自信がなかった。たとえ大好きなみんなに囲まれていたって、嫌いなものは嫌い。私は生まれてきて良かったのかな、なんて、馬鹿馬鹿しいことを考えさせられるこの日が嫌い。誕生日、ただそれだけで、これまでの苦しみを思い出してしまう。どんなに楽しくても、心から笑うことはできないと思っていた。 でも、そんなのは私の思い込みだった。楽しい。昔のことなんて、考えられなくなるほど楽しい。何度も何度も、毎日毎日感じていることだけど、私は幸せだった。改めてそう感じた。みんなとこうやって笑顔を交わせるのが、私の幸せ。 「はい、なまえ!ろうそく消して」 「ベポ、ろうそくは消えねえぞ」 「う、うるさいなシャチ!なまえ、火消して!ふーって」 「はいはい」 あっという間に料理はなくなり、ケーキを食べるときが来た。私は言われた通り、ふーっと息を吹きかけてろうそくの火を消した。と言っても簡単じゃない。ろうそくは十八本もあるのだ。確かに私は今日で十八歳だが、いくらなんでもやりすぎだと思う。ケーキが穴だらけだ。ろうそくを立てるとき、真剣な表情のベポの隣で、キャスさんが明らかな悪ノリをした結果がこれだ。ペンギンさんは苦笑いしているし、トラファルガー・ローは興味なさ気に虚空を見つめている。 「おめでとーっ!」 かの有名なハッピーバースデーの歌を口ずさむベポ。すごく可愛い。私はありがとう!と叫んでベポに抱きついた。もふもふする毛が心地よい。 「ハッピーバースデーの歌なんて、聴くのすっごい久しぶり」 「そうなの?友達の誕生日とかに歌ってあげない?」 「………私の"友達"の誕生日はね、お金が絡むからあんまり好きじゃないの。歌っても誰も喜んでくれないし」 「そっか……。じゃあ、去年のなまえの誕生日以来だね?」 「……………去年は、誕生日会してないんだ」 「じゃあ一昨年?」 「一昨年もしてない、なあ」 「じゃあ、えっと、」 「私の誕生日なんてね、誰もお祝いしてくれなかったの」 私は、ベポの胸に顔をうずめながらつい口走った。しん、と静まる部屋。どうしよう。私はぱっと顔を上げて笑みを浮かべた。 「だからそのぶん、みんながこうやってお祝いしてくれるのがすごく嬉しいよ。ありがとう」 せっかく顔を離したのに、またベポに引き寄せられてしまった。ちょっと苦しい。あれ、どうしてそんな顔するの。 「ねえ、なまえ」 「ん?」 「もうちょっとあとに渡そうと思ったんだけど、今渡しちゃうね。はい」 「………これ、」 「喜んでもらえるかわかんないけど。誕生日おめでとう」 それは白い熊のぬいぐるみだった。なんだか、ベポに似ている。気のせいかな。プレゼント用として巻かれた真っ赤なリボンが可愛い。これはずっと外せないな。私はぎゅっとぬいぐるみを抱きしめた。 「ありがとうベポ。嬉しい。可愛いね」 「あ、なまえ、勢いで俺も」 「なんですか、勢いって」 私は呆れつつも、キャスさんの差し出した包みを受けとる。開けてもいいですか?もちろん。そんなやり取りを交わして、開いたそれには驚くべきものが入っていた。何、これ? 「スーパーラリオブラザーズ?しかもwii?」 「おう」 「………おう」 「なんだその微妙な反応」 「だって、ソフトだけあっても」 「ふっふっふ、俺がwii持ってるから貸す。一緒に遊ぼうぜ」 「私、ゲームとかはじめてです」 「俺が手取り足取り教えてやるよ…」 「…………あの、酔ってますか?なんかバンダナさん化してますよ」 「おいおいおいやめろ!あんな奴と一緒にすんな!」 「ごめんなさい。これ、ありがとうございます。嬉しいです。一緒にやりましょう」 「おう」 「なまえ、これは俺からだ。おめでとう」 「ペンギンさんまで……。すみません」 「すみませんじゃなく、」 「えっと、ありがとうございます」 「ああ」 ペンギンさんは爽やかに笑った。うわ、爽やか過ぎてきゅんとする。包みを開くと、……開いて、目を見張った。さすが、ペンギンさんだ。 11.10.14 |