02 もう女に会いに行くのはやめろと言ったのに、今日もベポは出掛けていく。 あれから3日経った。ベポとベンチに通いつめたが、女は来ない。女はベポに飽きたのだろう。ベポは悲しげだが、俺は満足だった。これでベポは俺だけのものだ。 「ベポはどうした」 「出掛けましたよ、いつものことじゃないっすか」 軽く答えたシャチを冷たく見据える。シャチの目はサングラスで見えないが、口元が強張った。俺が何かしましたか、と言いたげだ。横のペンギンがため息をつく。 「追いかけたらどうですか」 「どうせ女は来ない」 「じゃあそんなに睨まないでくださいよ!」 シャチが叫ぶが無視する。俺はいらいらと立ち上がった。 △▽ 「船長、ベポが帰ってきましたよ」 「ああ」 「ただいま、キャプテン。今日もあの子に会えなかったよ」 「…もう行くのはやめろ。お前が傷つくだけだ」 「そんなことない、傷ついてるのはあの子の方なんだ」 ベポは女のことを語り始めた。 家が嫌い。家族が嫌い。友達が嫌い。嫌い、嫌い、嫌い。ベポによるとその女は嫌いなものに囲まれて生きているようだ。話を聞いていて、無性にいらいらする。現状にぐだぐだ文句言ってるただの愚痴り屋じゃねえか。そんなやつのくだらねえ話にベポは付き合わされているのか。 「この前会ったときのあの子の悩みは、結婚のことだったんだ」 「結婚?」 「そうだよ。結婚するか、しないか。あの子はとっても困ってるんだ。だからおれが助けてやらなくちゃならないのに」 ならないのに、会えない。そう呟くベポは弱々しかった。俺はぎりりと歯を食い縛った。ベポにばれないように、静かに。 結婚だと?結婚の悩みを他の男に話すのか、その女は。毎夜毎夜待ち合わせて悩み相談?くだらねえ。二股も同じじゃねえか。しかもよりによってベポに手を出すなんて、覚悟はできてんだろうな。 俺の『彼女』を名乗る女が9人いることはこの際関係ない。 △▽ 俺たちはハートという名で活動する集団だ。こんな風にいうと聞こえはいいが、簡単に表すならば暴走族やカラーギャングという言葉が当てはまるだろう。俺は船長と呼ばれるリーダー。ペンギン、シャチ、ベポは幹部だ。あとはクルーと呼ばれる奴らが何人か。 基本的に俺たちから喧嘩を仕掛けることはないが、売られた喧嘩はたいてい買うので抗争はしょっちゅうだ。今日もそんな日常のうちの一日だった。ただ、ベポが大きな傷を負ったこと以外は。 「…足引っ張ってごめんね、キャプテン。治療してくれてありがとう」 「お前は俺のクルーだろう。当然だ」 「おれ、キャプテンの仲間でよかったよ」 「…しばらく足は動かすな。治りが遅くなる」 「え、でもあの子に会いに行かないといけないんだ。きっと待ってる」 「もう一週間も来てないんだろ。今日も来るはずがない」 「そんなの、行ってみないとわからないよ。お願い、キャプテン」 うるうるとした目で俺を見上げるベポには何とも逆らいがたいが、俺は駄目だと突っぱねた。どっちにしても、ベポは痛みで立てないはずだ。歩けないのにどうやってたどり着く?何より、もうその女に会わせるわけにはいかない。 △▽ とうとう俺は、ベポの代わりにいつものベンチで女を待つことになってしまった。何故。絶対に来ないとわかっているのに、いつまでここに座っていなければならないんだ? ベンチに座って夜空を見上げる。街中だけあって空気が汚い。星なんて見えなかった。一時間過ぎたが、やはり女は来ない。だがベポに日付が変わるまでは待っていてほしいと頼まれている。あと30分。ああ、退屈だ。 制服姿の女子高生がやって来て、近くのベンチに座った。こんな時間に一人で公園か。危ねえな、なんて考える自分が笑える。その女子高生は夜の街なんて全く似合わない真面目そうな奴だった。 ベポと会っている女はどんな奴だろうか。結婚に悩んでいる?つまり、結婚することも、先伸ばすこともできる年齢。20代前半、いや半ばだろうか。優しい奴だとベポは言ったが、それはベポを騙すための偽の顔だろう。時間も決めずに約束し、その約束を勝手にすっぽかし、挨拶もせずに別れる女が優しいなんて、あり得ない。 まあ俺も、まとわりついてくる女たちに同じように接している。だからこそその女が気に入らない。俺は自分が優しいとは思っていないし、思ってもらおうとも思わない。だがその女はベポに優しいと思われている。ふざけんな。ベポを騙しやがって。 いつの間にか日付が変わっていた。女は来ない。俺の役目は終わったが、帰ろうという気分にもなれなかった。 11.08.04 |