12 殺気をまとう船長にクルーたちが後ずさる中、怖いもの知らずなのか、なまえという女は「ベポと二人で話がしたい」と言い出した。俺の隣でシャチが泣き言を漏らす程に、船長の顔が歪む。もともと悪党面なのに、今ではマフィアのようだ。会ったことはないが。 涙目で訴えるなまえを、半ば引きずるようにして風呂に連れ込む船長は、犯罪者にしか見えない。俺は女の子の味方!と叫んで飛び出したバンダナを一蹴していた。そのまま風呂で犯すのかと思えば、さっさと出てきて自室にこもるから驚きだ。 何がなんだかわからないという表情でうろうろするベポに、俺から簡単な事情を説明してやる。家出したそうだ、と教えると、ベポは悲しげにうつ向いた。 「しばらく会えないうちに、そんなことになっちゃってたんだ…おれが支えてあげられればよかったのに」 船長には悪いが、ベポとなまえは相思相愛のようだ。同じ家に住むことになった以上、二人の仲を裂くのは無理だろう。だがそれを口にして船長にバラされるほど、俺は愚かじゃない。 「船長の本命が女子高生だったなんてなあ」 「本当に本命なのか?あの子が?」 「本命だから連れてきたんじゃねえの?俺がなまえちゃんに相手してよって持ちかけたとき、怒ってたし」 「あれ怒ってたのか?」 「ああ。なまえちゃんが了承なんてするから、嫉妬していじめたくなったんだろ。ベポはいないとか言い出したし」 「なるほどな…」 「お前ら、船長に聞かれたらバラされんぞ」 ここはキッチンに繋がる、リビングのカウンター席。床やソファでは酔いつぶれたクルーたちがだらだらと寝そべっており、ベポは基本的に早寝早起きなので、なまえを心配しつつも、もう寝てしまった。酒が入った勢いでペラペラと話すバンダナとシャチに、俺は静かに忠告する。さすがに、目の前で人がバラされるのは見たくない。 「どう考えても船長はベポを独り占めしたいだけだろ。なまえがベポに近すぎるから妬いてんだよ」 「何言ってんだよ、ペンギン。船長は、ベポが簡単になまえちゃんを抱きしめたからあんなに殺気出したんだろ。自分は、あなたの女になったつもりはない、なんて振られてるのにさ…あはは」 「バンダナ…」 「俺は助けないからな」 相当酔っているバンダナは、言うことに遠慮がない。俺とシャチは船長が近くにいないか、慎重に辺りを見回した。 △▽ あの女は生きる場所が違う。俺たちが関わるべき人間じゃない。 そう船長に忠告したのは、たった数時間前のことだ。実は船長の幼馴染みである俺の忠告を、たいてい船長は聞いてきた。だから、船長がなまえを連れ帰ってきたことには驚いた。正直船長の正気を疑った。 「明日には誘拐犯として指名手配されてるかもしれませんよ」 「そのときはそのときだ。お前たちに迷惑はかけねえよ」 「…ロー、お前な、」 久々に名前で呼びかけた俺の目の前で、笑いながらローはドアを閉める。俺は部屋の外側でため息をついた。迷惑はかけない、か。 今日あらためて目にしたなまえ。幸せを掴むことを諦めたような、くもりきった目。人生に失望したかのような表情。一目見て、この子はローと同じだと思った。大学を出ると同時に、ローは家を出た。そしてありったけの金をつぎ込み、この空き家を買った。それから数ヶ月。ローが何に失望してるのか、何を欲しているのか、俺にはわからない。ロー自身もわかっていないのかもしれない。 「…あの、」 「おかえりなまえちゃん!風呂上がりの女子高生を目にできるとは、俺ってしあわ、」 「あの、真ん中の方…シャチさん」 へらへらと顔をにやつかせて叫ぶバンダナを軽くスルーし、風呂から出てきたらしいなまえは俺とバンダナに挟まれて座るシャチに声をかけた。ドアの隙間から顔だけ出しており、身体は隠れている。…隠している?あのローのことだ。まさか。 「ズボン貸していただけますか」 「…はい?」 「ちょっと待ってなまえちゃん!?今の発言から察するに、つまり今なまえちゃんは…っ」 「あ、ちよっと、来ないでください」 鼻息荒くドアに近づくバンダナ。こいつ、もう寝た方がいい。もとからこういう奴とはいえ、完全に酔っている。なまえは後ずさってドアを閉めたが、すぐに開いてこちら側に飛び込んできた。その姿は、俺が想像したものとは少し違った。…いや、別に想像などしていないが。 着ているのは、ローのものであろうTシャツ。それ一枚だった。ローは背が高いため、服のサイズもそれなりである。だが、そのシャツはあまりにも丈が短かった。下が見えるか見えないかのギリギリのライン。道理でシャチにズボンを貸してほしいなどと頼むわけだ。俺たち三人の中では、シャチが一番小柄だ。 なまえの後ろからリビングへと入ってきたのは、にやにやと笑みを浮かべるローだった。なまえは後ずさりながらローを睨み付けている。 「これ、丈が短すぎると思うんですけど」 「俺の足が長いからな。シャツが短くなるのは仕方がない」 「どうでもいいのでズボン貸してください」 「足の長さが違い過ぎて履けないだろうな」 「あなたよりベポの方が足は長いですよ」 俺たちが呆れた目で見ているのに気づかず、二人はひたすら憎まれ口を叩いている。そういえばなまえの服は全て、俺が洗濯機に突っ込んだ。もちろん下着もだ。…今こいつ、下着つけてんのか?同じことに気づいたらしいバンダナが、隣でこそこそと呟き始めた。下着、下着、と繰り返すこいつは変態だと思う。俺たちの疑問はなまえ自身が解決してくれた。どうやらつけているようだ。 「この下着誰のですか」 「昔、女にもらった」 「もらった…?なんかサイズが違い過ぎるんですけど」 「俺の知り合いにお前みたいな貧乳はいないからな」 「悪かったですね貧乳で」 もういいです。そう吐き捨ててなまえはこっちに向かってきた。抱きつこうと手を伸ばすバンダナは俺が押さえつける。目的はシャチのようだ。やはり丈を気にしているのか、裾をつかんで下にひっぱっている。妙に綺麗な足が目に痛い。自然に向くクルーたちの目に、なまえは顔を赤くして歯を食い縛った。睨んでいるようだが、風呂上がりで潤んだ瞳と湿った髪の毛が原因で全くの逆効果だ。クルーの大半は彼女がいないらしいし、女に飢えていることは間違いない。 「シャチさん、ズボン貸していただけま、」 「明日買いに行くから必要ない」 「…は?何を?」 「お前の服。その他にもいろいろ」 「私お金持ってないんですけど」 「買ってやるって言ってんだよ。馬鹿か」 ローは俺たちの視線から庇うようになまえの前に回り込み、ひょい、と軽くライを抱き上げた。膝の裏と背中を支えている腕。絶対あっち側に回り込めばパンツ見えるよな、と立ち上がろうとするバンダナがいい加減うっとおしくなったので、殴り付けて気絶させた。 下ろしてください、と慌てるなまえに目もくれず、ローはこちらに振り向いた。射ぬくような視線、怪しげな笑みが浮かぶ口元。特に何も言わず廊下へと出て行ったが、言いたいことは伝わった。 この女に手を出したらバラす。 ローが女に対してこんな態度を示すのは初めてだった。ローは常に受け身。どんなに愛されても、求められても、自分からは愛しも求めもしない。それに確かこの前、重いから横抱きは嫌いだなどと言っていた。今お前がしたのは横抱きじゃないのか? バンダナの言った通り、なまえが本命なのだろうか。常に10人近くの女をキープし、毎日のように違う女と寝るローに、本命?よりによって女子高生?よりによってあの女? 俺は何度目かわからないため息を、もう一度ついた。これから俺の苦労が増えることは間違いない。 11.08.16 |