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車を走らせながら助手席の女と話す。相変わらず会話はつまらない。


「お前、いかれてるな」
「そうですね」
「俺なんかに着いてきて、どうなったって知らねえぞ」
「どうせ行く場所もないので」
「友達本当にいねえのか」
「いません」


あっさり答えた女は、無表情で続ける。あの子たちの所に転がり込んだら、すぐに裏切られて家に連絡、家出終了になるのがオチです。…あの子ってどの子だ、という当然の疑問は、面倒なので聞かない。


「あなたこそ、いいんですか」
「何が」
「私なんかの面倒を見るって、生活費とか、場所とか、」
「ああ、別にどうでもいい。すでに三人の世話をしてやってるからな。お前一人ぐらいで変わらない」
「…その三人というのは、ご家族ですか?」
「いや。まあ…仲間だな」


着いたぞ、と促すと、女は車から降りて前を見つめた。そこには建物などない。


「野宿ですか?」
「馬鹿か。これからまだ歩く」
「道、ないですけど」
「だからどうした」


俺は女の手を引いて林を進む。俺の手が触れたとき女は一瞬震えたが、今はただ流されるままに歩いている。手の平から伝わる熱。


「仲間って、喧嘩仲間ですか」
「なんだ喧嘩仲間って」
「ベポが、おれの仲間はみんな喧嘩が強いんだ、って言ってました」
「…それを知ってて着いてくるのかよ」
「ベポが、みんなとっても優しいって言ってたから」
「ベポベポうるせえな」


ベポとの絆が一番強いのは俺だ。ベポのことなら俺が一番よく知っている。だから、この女が我が物顔でベポを語るのは許せない。
林を抜け、視界が開けた。そこは海岸だ。視界いっぱいに広がる海。空に浮かぶ月を映している。そして砂浜には、一軒の家。それは家と言うよりも。


「別荘…?誰のですか」
「俺だ。別荘なんて、お前には珍しくもないだろ」


女は否定も肯定もしなかった。海の隣なんて素敵ですね、なんて話題を反らす。俺はにやりと笑って繋がれたままの手をほどいた。


△▽


家に近づくと、聞こえてくる歓声。酒が入っているからか、いつも静かなクルーの笑い声まで聞こえてくる。ドアを押し開けて玄関に立つと、微妙に耳に入る知らない女の嬌声。女は連れ込むなと言ってあるのだが。俺はゆっくりと視線を泳がせる女にしばらく待つよう言い、リビングへ入った。


「おかえりなさい船長!」
「…バンダナ」
「ええっ駄目っすか!?今ベポいませんよ」


バンダナを中心としてクルーたちが囲むテレビ。画面の中で、女が喘いでいた。俺はリモコンに手を伸ばし、ブチりと電源を切る。なんでえ!?と叫ぶバンダナと、ああー…とため息をつくクルーを黙らせ、散乱するその手の雑誌とDVDを片付けるよう指示を出した。しぶしぶという感じで動き出すクルー。廊下を覗いたペンギンが、急ぎ足で近づいてきた。


「船長、まさか」
「悪いな、お前の忠告を無視して」
「…いえ。しかし、」

「君、誰!?」


ちっ、と舌打ち。ペンギンと同じように廊下を覗いたシャチが、声を張り上げていた。その声につられて、クルーたちがぞくぞくと集まっていく。船長の新しい女だとか、侵入者だとか、勝手に盛り上がっている。俺は女を引き寄せてリビングへと通した。


「こいつは今日からここで暮らす。俺の女だから、手を出すな」


これまで女に対し自分のものだなんて言ったことがない俺の発言、女を連れ込まないというルールをあっさり破った俺の行動に、クルーたちは目を見開く。特にペンギンは信じられないという表情だ。こっちは理由が違うのだが。続いて女が口を開く。


「なまえと言います。これからお世話になります。それから、」


その後の言葉に、クルーたちは息を呑み、俺でさえ目を見開いた。…こいつ、追い出してやろうか。


「私はあなたの女になったつもりはありません。勝手なこと言わないでください」


11.08.14