10 車を走らせながら助手席の女と話す。相変わらず会話はつまらない。 「お前、いかれてるな」 「そうですね」 「俺なんかに着いてきて、どうなったって知らねえぞ」 「どうせ行く場所もないので」 「友達本当にいねえのか」 「いません」 あっさり答えた女は、無表情で続ける。あの子たちの所に転がり込んだら、すぐに裏切られて家に連絡、家出終了になるのがオチです。…あの子ってどの子だ、という当然の疑問は、面倒なので聞かない。 「あなたこそ、いいんですか」 「何が」 「私なんかの面倒を見るって、生活費とか、場所とか、」 「ああ、別にどうでもいい。すでに三人の世話をしてやってるからな。お前一人ぐらいで変わらない」 「…その三人というのは、ご家族ですか?」 「いや。まあ…仲間だな」 着いたぞ、と促すと、女は車から降りて前を見つめた。そこには建物などない。 「野宿ですか?」 「馬鹿か。これからまだ歩く」 「道、ないですけど」 「だからどうした」 俺は女の手を引いて林を進む。俺の手が触れたとき女は一瞬震えたが、今はただ流されるままに歩いている。手の平から伝わる熱。 「仲間って、喧嘩仲間ですか」 「なんだ喧嘩仲間って」 「ベポが、おれの仲間はみんな喧嘩が強いんだ、って言ってました」 「…それを知ってて着いてくるのかよ」 「ベポが、みんなとっても優しいって言ってたから」 「ベポベポうるせえな」 ベポとの絆が一番強いのは俺だ。ベポのことなら俺が一番よく知っている。だから、この女が我が物顔でベポを語るのは許せない。 林を抜け、視界が開けた。そこは海岸だ。視界いっぱいに広がる海。空に浮かぶ月を映している。そして砂浜には、一軒の家。それは家と言うよりも。 「別荘…?誰のですか」 「俺だ。別荘なんて、お前には珍しくもないだろ」 女は否定も肯定もしなかった。海の隣なんて素敵ですね、なんて話題を反らす。俺はにやりと笑って繋がれたままの手をほどいた。 △▽ 家に近づくと、聞こえてくる歓声。酒が入っているからか、いつも静かなクルーの笑い声まで聞こえてくる。ドアを押し開けて玄関に立つと、微妙に耳に入る知らない女の嬌声。女は連れ込むなと言ってあるのだが。俺はゆっくりと視線を泳がせる女にしばらく待つよう言い、リビングへ入った。 「おかえりなさい船長!」 「…バンダナ」 「ええっ駄目っすか!?今ベポいませんよ」 バンダナを中心としてクルーたちが囲むテレビ。画面の中で、女が喘いでいた。俺はリモコンに手を伸ばし、ブチりと電源を切る。なんでえ!?と叫ぶバンダナと、ああー…とため息をつくクルーを黙らせ、散乱するその手の雑誌とDVDを片付けるよう指示を出した。しぶしぶという感じで動き出すクルー。廊下を覗いたペンギンが、急ぎ足で近づいてきた。 「船長、まさか」 「悪いな、お前の忠告を無視して」 「…いえ。しかし、」 「君、誰!?」 ちっ、と舌打ち。ペンギンと同じように廊下を覗いたシャチが、声を張り上げていた。その声につられて、クルーたちがぞくぞくと集まっていく。船長の新しい女だとか、侵入者だとか、勝手に盛り上がっている。俺は女を引き寄せてリビングへと通した。 「こいつは今日からここで暮らす。俺の女だから、手を出すな」 これまで女に対し自分のものだなんて言ったことがない俺の発言、女を連れ込まないというルールをあっさり破った俺の行動に、クルーたちは目を見開く。特にペンギンは信じられないという表情だ。こっちは理由が違うのだが。続いて女が口を開く。 「なまえと言います。これからお世話になります。それから、」 その後の言葉に、クルーたちは息を呑み、俺でさえ目を見開いた。…こいつ、追い出してやろうか。 「私はあなたの女になったつもりはありません。勝手なこと言わないでください」 11.08.14 |