※学パロ 幼馴染みのあいつが俺の知らない年上の男と付き合い始めたのは、もうずいぶん前の話で。最近顔を見ないな、と思っていた矢先に男と手を繋いで歩くあいつを見つけた。後から聞いてみれば、そいつは今年卒業した部活の先輩で数週間前に告白されて付き合い始めたらしい。数週間も気づかなかった自分には本当に呆れた。油断していた。 なまえはいつもにこにこと笑っている奴で、簡単に言い表すとすればとにかく"ガキっぽい"の一言に尽きる。哀れなほどの幼児体型に、微笑むと頬に出来るえくぼ。滑舌の悪い話し方。頭はどうしようもなく悪く、昔からよく勉強を教えてやっていた。そんなあいつに惚れ込む奴が俺以外にいるなんて。 気づいたときにはもう遅く、いつかは絶対に手に入れられると確信していた俺の幼馴染みは、すでに他の男のものになっていた。 「お前、暑くないのか?」 「なんで?」 「汗だくじゃねえか」 「やだ、そういうの指摘しないでよ」 「それ脱げば?」 「やーだよ、ローの変態」 なまえはけらけらと笑って駆けていった。それはまだまだ暑さが残る秋の日の、体育の授業でのことだ。多くの生徒が半袖姿になって活動するなか、なまえは蒸し暑そうな長袖を着込んでいた。流れる汗がぽたりと地面に落ちるのを見て声をかけたのに、それだけで変態ってなんなんだよ。シュートを決めたなまえは口を大きく広げた阿呆っぽい笑みを浮かべて、嬉しそうにチームメイトとハイタッチしていた。 真っ赤な目に気づき思わず詰め寄ったのが、ようやく涼しくなってきた頃の話。よく見れば頬骨のあたりが青く、俺は目を見開いた。 「何かあったのか」 「ああ、これね」 なまえはおどけたように自分の頬を指差した。いつもと変わらないにこにことした笑み。 「ベッドから落ちた。私が寝相悪いの知ってるでしょ」 「未だにかよ。成長しねえな」 「なっかなか直んないんだよねえ」 それならその目はどうしたと尋ねる前に、なまえはじゃあね、と手を振ってなまえは俺の元を離れた。その足が目指すところに彼氏が待っているのが見えて、俺は舌を打つ。そいつは露骨に顔を歪めて、俺への警戒心を露にしていた。なまえの手を取って足早に消えていってしまう。別に盗ったりしねえよ、なまえが幸せならそれでいい。 なまえの幸せがあいつといることなら、俺はなまえを諦めよう。そう決めたはずなのに、まだ心のどこかではなまえを想っていて。なまえと全く関わりのない毎日が辛かった。そんなある日、俺のクラスに見知らぬ女が来た。どうやら俺に用があるらしいが、その日すでに先約が入っていた俺は面倒だからと無視するつもりでいた。しかし女が「なまえの友達なんだけど、」と口にしたので、ころりと考えを変えて話を聞くことにする。 「あの、トラファルガーくんってなまえの近所に住んでるんだよね?」 「まあ近所といえば近所だな」 「これ、なまえ忘れてったみたいなの。届けてくれる?」 女が差し出したそれは、ピンクの弁当箱だった。そういえばあいつピンク好きだったな、未だに好きなんて相変わらずガキっぽいやつ、と思いながら受けとる。なまえが自分のことを友人に話していると知り、ただそれだけのことなのに嬉しかった。 早足に校舎を出ると、校舎と校門のちょうど真ん中を歩くなまえを見つけた。家に行く機会を失ったことにがっかりしたが、すぐにそれどころではなくなった。なまえの背中越しに、校門でなまえを待つあの男を見つけたのだ。校舎の俺、真ん中のなまえ、校門のあいつ。俺は走った。体育の授業以外で走るなんて久しぶりだ。向こう側にいるあいつが顔を歪めるのがわかった。俺はさらに急ぎ、なまえの腕を掴んだ。軽く切れる息を整える。 「どうしたの、ロー」 「…………弁当」 「あ、忘れてた!ありがとう」 なまえは微笑んだ。そしてすぐに俺に背を向け、あいつの元へと歩き出す。二人が手を繋ぐのを見届けてから、俺は無表情で校舎に戻った。クラスの女に呼び出されている。目的だってわかっているし、断ることだって決まっている。それならわざわざ話を聞く必要なんてないのではとも思うが、自分が想いを伝えられない苦しさを知っているから、せめてその機会くらいはと思ってこうやっていつも呼び出しに応じる。どんなに沢山の女を惹きつけることができても、肝心なやつは全く振り向いてくれない。俺を見てはくれないんだ。 その日の帰り道も当然一人だ。なまえが付き合い始める前はよく一緒に帰っていたのに。最近、そのことばかりが思い出される。どうしてあのとき伝えなかったんだろう。時間はあったはずなのに、どうして。 暗い路地の奥から男が歩いてくるのが見えた。俺は肩を落とす。この道で人影を目にするたびに、なまえじゃないかと期待する自分がいる。 その男が誰かなのか気づいたとき、俺の中でなんともいえない熱が沸き上がった。そいつはなまえの彼氏だったのだ。どんどん膨らむその熱は、嫉妬や、妬みや、はたまた自責の念、後悔で。なんであいつなんだよ。なんで俺じゃないんだよ。この方向から来るってことは、なまえの家に行っていたのか。何をしていたのか。ああ、嫌だ嫌だどうしようもない。 なるべく顔を合わせずに通りすぎようとしたのに、伸びてきた力強い腕にがしりと胸倉をを掴まれた。いつも睨み合っていた俺たちだが、実際に接触するのははじめてだ。何なんだこいつは。知り合いとも言えないような年下相手にいきなり胸倉かよ。 「なまえに近づくな」 それだけ言って、男は俺を突き飛ばすように胸倉から手を放して背を向けた。俺はただ、唖然として立ち尽くしてしまう。ひょっとして、あれか?さっき弁当箱渡してやったことか?それだけのことで嫉妬に燃えるあの男を哀れむと同時に、自分の存在があいつにプレッシャーをかけていると思うと満足だった。俺は軽い足取りで暗い路地を進む。そして、高揚した俺の気分をさらに良くする人影に気づいた。 「なまえ」 今にも家に入ろうとしているなまえを見つけたのだ。呼び掛けるとなまえは振り向き、そしてすっと目を細め、そのまま家に入っていった。呆気なく閉じるドア。 …………は? 俺は呆然と立ち尽くした。無視されたことなんて、数え切れないほどある。ただそれには毎回理由があって。あいつの菓子を食った、というような馬鹿らしい理由から、俺への告白を断るときに"なまえと付き合ってるから"と嘘をついた、という別の意味で馬鹿らしい理由まで様々だったが、とにかく毎回必ず理由があった。だが、今回は?今のはなんだ?さっき弁当箱を渡したときの微笑みはどうした? 十八回のコール音のあと、『はい』となまえの声が鼓膜に響いた。深夜に近いこの時間、寝ているのかと思ったがそうではないようだ。別に今日無視した訳を問い詰めたくて電話したわけじゃない。……いや、問い詰めたいのは事実だが問い詰める気はない、と言ったほうが正しい。あれはただの気紛れだったと考えることにしたから、もうそれはそれでいいんだ。ただ声が聞きたかった。いつも通りのあいつの声を聞いて、安心したかった。何を話そうかと悩みつつ口を開く。 「なあ、」 『悪いけど、もう連絡しないでくれる?』 「………は?」 『学校でも話しかけないで欲しいの』 「そんなこと言われるほどお前に話しかけてねえよ」 『そうだね。じゃあこれからもそうして』 「なんでだよ。意味わかんねえ」 『もう幼馴染みやめたいの』 俺だってやめたい、と口走りそうになった。幼馴染みじゃなくて、それ以上の関係になりたい。俺がずっと抱いていた思いを、なまえはあっさりと口にした。しかも明らかに、俺とは違う意味だ。 「なんだよそれ」 『そのまんまだよ』 「幼馴染みってやめようと思ってやめられるものじゃねえだろ」 『やめられるよ。今ここで幼馴染みやめたって言えばいいの』 「お前本当に変わらねえな。なにその単純思考」 『ね、嫌でしょう。こんな馬鹿と幼馴染みって嫌でしょう。だから、もうおしまい』 「あのな、」 『わからない?もうローと関わりたくないの』 じゃあね、といつものような挨拶、そして電話が切れた。通話中を表していたディスプレイは味気ない待受画面に戻っている。いつものことだ。じゃあねの声、そしてあいつは電話を切る。元に戻ったディスプレイを俺は名残惜しく見つめる。ほら、いつものことじゃねえか。 違うのは、なまえの声が冷たく俺を拒絶していたというただそれだけで。 何故、こうなった? 冷たい携帯電話をいつまでも握りしめていたら、窓から朝日が射し込んできた。 涙の如く蒸発、残るは後悔 (さっさと捕まえてしまえば良かった)(なんて、どうしようもない後悔を積み重ねる) 11.12.26 title by √A |