「エース隊長、好きです」 「ん、知ってる」 「勘違いしないでくださいね、私は」 「エース隊長だけに好きだと言ってるわけじゃないんです、みんなが好きなんです………だろ?」 「よくおわかりで」 にっと歯を見せて笑ってやると、エース隊長は溜め息をつきながら私の頭をわしわしと撫でた。 エース隊長、好きです。 はじめてそう伝えたのは、もうずいぶん前の話で。好きで好きで堪らなくて、隊員としてしか見てもらえないのに我慢できなくなって、後先考えず告白した。そのときのエース隊長の顔は、今も記憶のなかで鮮やかだ。驚いた顔。なんでこいつが、って顔。そして………困った顔。その顔を見た私は一気に冷めた。青ざめたのが自分でもわかるほどだった。何やってるの私?ただの隊員に、しかもくそ生意気で弱くて戦えなくて迷惑ばかりかける隊員に告白されて、エース隊長が喜ぶとでも思ったの?何を期待していたの?逃げ出したい。今すぐここから消えたい。 私はにっと歯を見せて笑った。得意の、いつもの笑顔だ。引き吊ってないよね? 「勘違いしないでくださいね、エース隊長だけに好きだなんて言いませんよ」 「はあ?」 「私は白ひげのみんなが好きなんです。だから、エース隊長も好き」 そう言うとエース隊長は溜め息をついて、私の頭をわしわしと撫でたのだ。美人のナースさんたちには、絶対にこんなことしない。これは私がただの隊員だからしてもらえることだ。私の特権で、私への差別。 「馬鹿、そんなこと簡単に言うんじゃねえよ」 「だって好きなんですもん」 「男は単純なんだからな。本気にされるぞ」 「エース隊長も?」 「俺は違え。どうせそんなとこだろうと思ってた」 そして、いかにもほっとしたという顔で笑うのだ。そんなとこだろうと思ってた?……嘘つけ。冗談だってわかって安心したくせに。悲しくて虚しくて、そんな自分が悔しかった。苛立ちに任せて振り上げた拳でエース隊長の腹を殴りつける。ほら、突き抜けなかったでしょう。愛のある拳だから当たったの。エース隊長はそんなことには気づかず、「どうかしたか?腹でも減ったか?」と首を傾げるだけだった。殴ったことへのお咎めはないらしい。どうして叱らないの、痛くも痒くもないの?愛想を尽かされ放置されたような寂しさを覚え、私はそっと目を伏せた。 △▽ 「お前、酔いすぎだよい」 「"よい"すぎだ"よい"って…マルコ隊長、全然面白くないですよお」 「笑わせようとしたわけじゃねえよい。もうやめとけ」 「サッチ隊長ーっ!もう一杯ぃ」 「よし!どんどん飲め!」 「お前もやめろよい……」 呆れるマルコ隊長に構わず、サッチ隊長が新たな酒瓶をあける。どばどばとグラスに注がれたそれを一気に飲み干したが、味はよくわからなかった。視界はさっきからゆらゆらぐるぐると落ち着かないし、呂律はとっくに回らなくなっている。頭が痛い。 「エースを祝わなくていいのかよい」 「いーんです」 私はぶんぶんと頭を振った。今日はエース隊長の誕生日で、甲板は祝宴会場になっている。親父も出てきて賑やかさは増し、エース隊長はみんなに囲まれて祝ってもらうのに大忙しだった。そんな輪の中に私は入って行けなかったし、入る気もなかった。またどうせ私は軽々しく好きですと口にして、そしてすぐにそれを冗談にするんだろう。そんな自分が嫌で、そうなりたくなくて、私はエース隊長から離れ食堂に逃げてきた。なんて弱いんだろう。 「マルコたいちょお」 「なんだよい」 「頭がいたいです」 「当たり前だろい」 「いたいです。いたいです」 痛いのは心だ。じくじくと痛んでおさまらない。一体なんなの私は。どうしてこんなに弱いの。誕生日おめでとうと、その一言さえ言えないなんて。 マルコ隊長が何か話し始めるのをぼんやりと聞き流しながら、私はいつの間にか眠りに落ちていた。 気づけば霧の立ち込める海の真ん中にいた。どうしてそんなところにいるのか、どうして沈まないのか。そんな疑問はすぐに消えた。これは夢なんだ。 「なまえ」 夢とは非常に都合がいいものだ。私の望む声、つまりエース隊長の声が聞こえた。私は目を閉じたまま、その声に答える。 「私はここです」 「知ってるって」 「なんだ、知ってたんですか」 ふわふわと身体が浮いている気がする。私はマルコ隊長のように空が飛べるという夢なのだろうか。そうだとしたら、空を飛ぶってなんて心地良いんだろう。ふわふわして、それでいてしっかりとした不思議な温かさが私を包む。今ならなんでも言えるような気がした。 「エース隊長」 「なんだ?」 「好きです」 「知ってるって」 「なんだ、知ってたんですか。でも違うんです」 どうせこれは夢なのだから、誰かが困ることだってない。どうせこれは夢なのだから、困り顔をされて私が傷つくこともない。傷つくのを怖れて本音が言えない自分なんて嫌だけど、そんな自分はここにはいない。ここは私の夢なのだから。きっと目を開けば覚めてしまう、ご都合主義の淡い夢。 「エース隊長が本当に好きです」 「そうか」 「エース隊長だけを好きなわけじゃないなんて嘘です。エース隊長だけが好きです」 「うん」 「他の人に好きだなんて言いません。エース隊長にしか言いません」 「……ああ」 「エース隊長、大好きです」 瞼が熱くなって、また思考があやふやになり始めた。もう夢は終わってしまうんだな、と私はため息をつく。眠ってしまおう、こんな夢のことなんて忘れてしまおう。 「なまえ、目ェ開けろ」 「…………エース隊長?」 ぼすん、と柔らかな地についた感覚。空を飛ぶ夢は終わったということだろうか。それならどうしてまだエース隊長の声がするの?よくわからないまま、とりあえず私は目を開けた。そして異様にはっきりと、まるで現実のように目に映ったものに悲鳴をあげることになる。 「なんで…なんでエース隊長がここにいるんですか?まだ夢の中ですか?」 「はあ?お前が食堂で酔っぱらってるってマルコに呼ばれて、仕方なく部屋まで運んでやったんだよ」 「部屋…?部屋!?」 慌てて辺りを見渡すと確かにそこは私の部屋だった。朝脱ぎ散らかした服がベッドの端にかかっている。ベッド?ベッドって?やけに近いエース隊長との距離。温かい背中とももの裏。なるほど、と現実逃避をしながら頷いた。私はエース隊長に横抱きにしてもらって部屋まで運んできてもらって、そして今エース隊長と一緒に自分のベッドの上にいるわけだ。さっと血の気が引いていく。あの"夢"は?まさか、私は本当に言ってしまったの? 「私、何か言いましたか」 「ああ、俺のこと好きだって言っ」 「忘れてください」 エース隊長の言葉を遮って呟き、私は手のひらを自分の顔に押しつけた。零れそうになる涙を見られるわけにはいかない。ずっと誤魔化してきたのに。エース隊長にあの時のような困り顔をさせたくなくて、そしてそんなエース隊長を見たくなくて、ずっと誤魔化し続けてきたのに。私が目元を覆う理由は、自分を隠したいだけじゃない。目の前のエース隊長の表情を見るのが怖いんだ。 「あれは嘘です、いつもの冗談です、別にエース隊長だけが好きってわけじゃ」 「俺だけが好きってはっきり言ったじゃねえか」 「でも、だからそれは」 「もう誤魔化すなよ。俺もお前が好きだ。なまえだけが好きだ」 ぐいっと手首を引かれて、私の顔はエース隊長の前に晒け出された。どうしよう、今涙でぐちゃぐちゃなのに。必死でまた隠そうとするも、エース隊長の力の強さなら隊員の私が一番よく知っている。全く敵わない。それ以上にエース隊長の言葉の意味が理解できなくて、本当にそう言ったのかさえも疑わしくて、私は混乱していた。僅かに頬が赤いエース隊長。すっと手を伸ばして、私の濡れた目元を拭う。私はびくりと震えた。 「なんで泣くんだよ」 「……だってエース隊長、私なんかに好きって言われたら困るんじゃないんですか?」 「はあ?なわけねえだろ。めちゃくちゃ嬉しい」 「そんなの嘘です」 「嘘じゃねえよ。俺はお前みたいに嘘はつかねえ」 「だって、あのとき」 私ははじめて気持ちを伝えたときの話をした。エース隊長が困ったような反応をしたことも。するとエース隊長はあのときと同じ私を不安にさせる表情をし、ああ、と頷いた。 「俺から言いたかったのによ、お前が先に言っちまったから悔しくて」 「悔しくて…?」 「しかも俺も好きだって言う前にお前は今のは嘘だとか勘違いするなとか言い出すし。お前の言葉に喜んだ自分が馬鹿みたいだと思ったよ」 わけがわからない。つまりすべては私の勘違いということ?エース隊長は別に、困っていたわけじゃないの?自分から言いたかったってどういうこと?エース隊長は、私が想いを打ち明ける前から私を好いていてくれたと思ってもいいの? 勘違いでこれまで悩んできたことが馬鹿馬鹿しくて、また涙が滲みそうだった。そんな私を見抜いたのか、エース隊長は優しく私の頭を撫でる。 「お前が俺のことなんて眼中にないみたいな態度取るからなかなか言えなかったけど、俺もお前がずっと好きだったよ」 「………エース隊長の、意気地無し」 好きだという言葉が真っ直ぐに私の胸に響いた。凄く嬉しいくせにどうしたらいいのかわからず、可愛いげのないことを口にすると「この野郎」と言って抱きしめられた。この野郎いう暴言と抱き締めるという行為の繋がりが全くわからない。エース隊長の身体は温かくて、これまで胸にあった冷たいかたまりを融かしてくれるようで、私は余計に熱くなる目頭をなんとかしたくてたまらなかった。 「エース隊長」 「なんだ」 「好きです」 「知ってるって」 「エース隊長も、私が好きですか」 「ああ、好きだ」 堪えきれなくなった涙が溢れた。絶対に手が届かないと思っていたエース隊長がここにいる。私を抱きしめて、好きだと言ってくれる。私はなんて幸せなんだろう。今日は私じゃなくて、エース隊長が幸せにならなくちゃならないのに。まだ私は何も言えていない。何もできていない。私がしたのは、自分の気持ちを伝えたことだけ。それだけでエース隊長は幸せを感じてくれるのだろうか。今日が終わるまであと数分。今更だけど、何かできることはないのか。私は回されていた腕をほどき、エース隊長と向かい合う。私を見つめるその目は相変わらず優しく、私の大好きな目だった。 「エース隊長、お誕生日おめでとうございます」 サンキュ、と笑ったばかりのエース隊長の唇に、そっと自分のそれを重ねた。 触れ合う一瞬を、きっと一生覚えてる (1/1 Happy birthday Ace!) 12.01.08 title by 誰そ彼 |