(※血注意)


ペンギンは可愛い町娘たちに囲まれておりました。はい。

ローが、いかにも娼婦!という色気むんむんのお姉さま方に好かれるのに対して、ペンギンはごく普通の女の子たちに好かれる。純情な心を持った、普通の女の子だ。きっとペンギンが海賊に見えず、これまたごく普通の優しいお兄さんに見えるからだろう。大抵その女の子たちはペンギンが海賊と知った途端に涙を浮かべて去っていってしまうんだけど、そんなことはどうでもいい。

心配して損した。私はまた溜め息をつき、もと来た道を戻ることにした。






油断した。

私はじくじくと痛む肩を押さえて膝をついた。血塗られた刀をだるそうに振る男が私を見下ろし、冷たく言う。


「大人しくしてりゃあこんなことにはならなかったのによ」
「………黙れ、」
「ちょっとちょっと。女の子が凄んでも怖くないよ?」


側にしゃがみこんだ別の男は、笑いながら私の肩を掴んだ。傷に指がのめり込み、激痛に顔が歪む。思わず声を漏らすとまた楽しそうに笑われた。

一刻も早く船に帰りたくて、近道をしようと森へ入った。すると数人の男たちに行く手を阻まれたのだ。「ハートの海賊団のクルーだな」と言われ、なるほど人質狙いか、と合点した。船を降りるところでも見られていたんだろう。こういう奴等は、ローの懸賞金が一億を越えた頃から増え始めた。真っ向勝負が通じないと最初から諦め、人質をとるという卑劣な手段に出るのだ。

当然ながら、私は抵抗した。しかし人数と体格差に敵わず、肩を深々と刺されてしまい今に至る。白いつなぎが真っ赤に染まった。情けない、これでも私はハートのクルーなのだろうか。


「ちょっと放して、」
「それはハートの海賊団を潰した後にな。俺たちの船で可愛がってやるよ」
「おいおい、こんな色気のない奴をか?」
「ばーか、お前は本当に見る目がねえな。つなぎなんてだっせえもん着てるからないように見えるだけで、脱がせればちょっとはあるだろうよ」
「やっ、」


男が一番上のボタンをぷちんと外した。続いてファスナーを下ろしていく。下に着ていた黒いシャツが顔を出した。ちょっと本当にこれはやばい。嫌だ。必死で手を動かすも、さらに強く傷口を抉られて涙が出る始末だ。どうしよう。


お馴染みの銃声が聞こえ、私の胸元に手をかけようとしていた男が倒れた。こめかみから血が吹き出し、辺りを赤く染めている。他の男が慌てて倒れた男に駆け寄ったが、次の瞬間、その男もばたりと地面に伏せてしまった。やはり、こめかみに風穴。苦しむ隙も与えず一瞬で命を奪う。こんなことが出来る人間を私は一人知っている。まさか。

呆然とする私の首に、また別の男の腕が巻かれた。今度は私のこめかみに冷たい銃が押し当てられる。無理矢理立たされ顔を向けた先には、やはりあいつが立っていて。いつもと変わらぬ冷静な表情なのに、びりびりと伝わる殺気が恐ろしかった。


「動くな、こいつがどうな」


信じられない。私の顔のすぐ傍にあった男の眉間を、ペンギンは迷うことなく撃ち抜いた。私を盾にした男は、最後まで言い終わることなく絶命する。生暖かい男の血が降りかかり、私を赤黒く汚した。解放されてしゃがみこむ私をまた別の男が盾にしようとしたが、私に触れることさえできずに次々と撃たれていく。止まない銃声、止まらない出血。男たちから流れ出した血が自分のつなぎに染み込んでいくのを見ていられず、私はきつく目を閉じた。






ふっと音が止んだと思えば、あっという間にペンギンの腕の中だった。血まみれになった私は、真っ白なままのペンギンに抱きかかえられて血の匂いが広がる森から脱け出した。


「ペンギン」
「………」
「ねえペンギンってば」
「脱がされやがって」
「え?」


ペンギンらしくない口調にどうしていいかわからなくなる。いや、私ちゃんとシャツ着てるんで大事なものは何も見えてませんが?そう言いたいのに、ペンギンの明らかな不機嫌さが伝わってきて口を開けない。浜まで一歩手前という小道で、ようやく私は地面に下ろされた。ほっとしたのもつかの間、ほとんど全開になったつなぎに手がかけられた。乱暴にぐいっと脱がされて、私は思わず悲鳴を上げる。


「ちょっとペンギン!」
「動くな」


いやいや、つなぎだから上脱いじゃったら下も危ないんだけど。そう言うと鋭く睨まれた。本当のことを言っただけなのに何故。ぶつぶつとぼやいているうちに、ペンギンはつなぎの袖を私の腰で縛り、中のシャツの肩部分を引きちぎった。ちょっと、やってることあいつらより危ないじゃん。下着の肩紐が見え、緊張した私は口元を引き締める。露になった真っ赤な傷に、ペンギンがどこからか取り出したハンカチを当て、ぎゅっと巻きつけた。花柄のハンカチ。


「誰の?」
「さっき街で貰ったものだが」
「可愛い女の子に?良かったね」


ふんと鼻を鳴らした瞬間、引き寄せられてペンギンの胸に寄りかかった。


「なに」
「あんな程度の奴等にやられるとは」
「………私が弱いって言いたいのね」
「ああ。弱いくせにふらふら出歩くな、」


心配で堪らない。

遠慮のないペンギンの言葉に怒鳴ってやろうと思ったが、続いた声があまりにも切羽詰まっていて口を閉じる。代わりに私は「なにそれ」と呟いた。ペンギンは黙ったまま私を自分の胸から離し、すでに黒くなり始めたつなぎを着せ直す。


「これ臭いんだけど」
「我慢しろ」
「ペンギンのを貸してくれても良いじゃない」
「つまり下も脱ぐことになるが、」
「やっぱいい」


ペンギンはまた私を抱えあげ、船に向かって歩き出した。私は大人しくペンギンに寄りかかる。浴びた返り血のせいでどれが自分の血がわからなくなっていたのだが、どうやら私もかなりの出血だったらしく、頭がくらくらした。なんとか声を絞り出す。


「私が撃たれたらどうする気だったの、こめかみに銃当てられてたんですけど」
「あいつが撃つ前に俺があいつを殺れる自信があった」
「ほう……」


どこから来るんだその自信は。ペンギンってば、だんだんローに似てきたんじゃ?ペンギンの行く末が心配になる。それ以上ローに似ちゃだめだよ、と忠告するとペンギンは嫌そうに顔を歪めた。


「お前はそうやって船長のことばかりだな」
「………別にそういうわけじゃないけど、船の中で発砲する誰かさんより船に女連れ込む誰かさんの方がましだから。私に迷惑かけないし」
「じゃあ俺が女連れ込んでもいいのか」
「それはだめ」


思わず口走ると、ペンギンは満足そうに微笑んだ。悔しい。


「どうして俺が銃を撃つか知ってるか」
「私に迷惑をかけるため」
「そうだ」
「は!?ちょっとまさか本当に!?」
「銃でも撃たないと、お前は俺を見ないだろう」


私を横抱きにしたペンギンは、真っ直ぐに前だけを見ながらそう言った。交わらない視線。どうして私の顔を見て言わないの。

ペンギンが私を呼びたいときに銃を使うことなんて、とっくの昔に気づいていた。私に側にいて欲しいときに銃を使うことくらい、とっくに。さっきだって私を船から降ろしたかったから銃を撃ったんでしょう。私はちゃんと従ったよ。ペンギンの元に駆けつけた。私はいつだってペンギンが銃を撃つままに側にいるのに、ペンギンはいつまでたっても私の欲しい言葉をくれない。ペンギンは簡単に私を呼び寄せるけど、私にはペンギンを呼ぶ術がない。ペンギンを引きつける術がないんだ。


「私を見ないのはそっちでしょ」
「どういうことだ」
「私は別にペンギンが銃を撃たなくたって、ペンギンを見てるよ」


今だってペンギンを見てる。そう言うと、ようやくペンギンは私に顔を向けた。ペンギンと、目が合う。それだけで胸が高鳴った。ペンギンは足を止め、やけにゆっくりと口を開いた。


「何か言うべきことがあるんじゃないのか」
「はい?」


もったいぶって何を言うのかと思えば、何なのこいつ私から言わせようと?言うもんか、絶対に絶対に言うもんか。あえてとぼけることにする。これも"言うべきこと"だし、別にいいでしょう?


「助けてくれてありがとう」
「…………ああ」


ペンギンは落胆の表情を見せてまた歩き出した。やはりこれは、ペンギンの期待していた言葉じゃなかったらしい。私はにんまりと笑った。


「ねえペンギン」
「なんだ」
「何か私に言うことがあるんじゃないの?」
「別に何もないが」
「………」
「………」
「………」


黙って見つめ続けていると、ペンギンはついに観念したらしく溜め息をついた。熱っぽいペンギンの目が私に向けられる。視線が、重なる。


「好きだ」


a trigger-happy guy
《すぐに発砲したがる奴》


12.01.01 
タイトルはLie-fullのリーコさんより

リーコさんに捧げます。
頑張ってください!