銃声。同時に私は駆け出していた。

音を目指して突き進むと、焦った顔のベポに出くわす。あっち!と指差されたほうに足を向けた。そして見つけた、壁の傷跡。間違いなくこれは弾丸によるものだ。どくん、どくん、心臓が波打つ。私はさらに奥へと進み、ずいぶん離れたところに立ち尽くしていた男を、




力の限り殴りつけた。




「馬鹿ペンギン!なんなの!またなの!いい加減にして!」
「仕方ないだろう、撃ちたくなったんだから」
「そんな理由で銃を使うな!危ない!迷惑!ここがどこかわかってるの!?」
「潜水艦の中だろう」


あっさり答えるペンギンに、私は頭を抱えた。潜水艦の中で銃をぶっぱなして、穴でも空いたらどうする気なんだ。水が入ってくるだろう、水圧に負けるだろう、はい、潜水艦ぺちゃんこ。能力者がどうなるかわかってるの?


「ローは溺れ死ぬんだよ」
「いや、普通に船長以外も死ぬと思うが」
「………わかってるなら撃つな!」
「穴が空いて困るような場所は撃っていない」
「そういうの屁理屈っていうの!」


私に殴られた衝撃で床に落ちた帽子を拾いながら、ペンギンは淡々と答える。もうこのやり取りも飽きてきた。一週間に一度、ペンギンは無性に銃を撃ちたくなるようで。辺り構わずバンと撃つのだ。今のところ 怪我人は出ていないものの、もしものことを考えたらゾッとする。

いや、それは建前。

実際は、ペンギンが撃ち抜いた壁や傷のできた家具を直すのが面倒で堪らないのだ。私はこの船に、船大工として乗っている。女の船大工というのは珍しいらしいが、だからといって実力に劣るわけではない。私は立派に、ハートの海賊団の船大工を務めている。


「だからね、私は船大工なの」
「知ってる」
「ペンギン専属の修理屋じゃないの」
「そうだな」
「私ペンギンが壊したもの直してばっかなんだけど!」
「船大工だからな」


なんでこんなに話が通じないんだ。私は諦めて作業に集中する。出来たばかりの傷に板を当てて打ちつけていると、なんとも言えない虚脱感でいっぱいになった。今回は傷で済んだが、ドアや棚を粉々にされることもしょっちゅうだ。ペンギンはいつものように、私が必死に手を動かすのを見守っている。それがまた私を苛立たせていることには気づいていないらしい。


「手伝おうか」
「そう言うならもう撃たないで」
「それは無理だ」
「なんで」
「だから、無性に撃ちたくなるんだから仕方ない」
「もういい!」


ローの肩揉んでる途中だったのに、とぼやくと、ペンギンは「そのまま揉んでて良かったのに」と言った。そういう問題じゃない。


「傷の場所がわからなくなったら困るでしょ。あとから問い詰めても、ペンギン話そうとしないし」
「それだけか」
「ん?」
「俺が発砲したら駆けつける理由は、本当にそれだけか」
「……それだけだけど」


突然真剣な声を出される意味がわからなくて顔を上げれば、明らかに怒っているペンギンが私を見下ろしていた。なに、どうしたのと聞いてみると、溜め息をついて去って行ってしまった。意味がわからないんですけど?それにまだ私、作業の途中なんですけど?お礼は?お詫びは?






それから数日で島についた。買い出しのために船を降りたペンギンの背中が小さくなっていくのを、私はむっつりと見つめていた。


「惚れたか」
「……は?そんなわけ、」
「俺に」


なんでそうなるの、と突っ込もうと振り返ると、案の定そこには我らが船長が立っていた。ニヤニヤした笑みがより一層隈を際立たせている。……隈と笑みの関係?そんなもの私は知らない。

ローとは付き合いが長く、何でも言い合える仲だ。同じ島で育った、同い年の幼馴染み。子供の頃からいつかは海賊として海に出たいと夢見ていた私たちは、成長してからベポを加えた三人で船に乗った。そして数々の島を渡るうちに、いつの間にかこんなに仲間が増えていたのだ。ペンギンは、私たちが海に出て最初に仲間になった古参のクルーだ。ペンギンに会った日のことを、私は今でも覚えている。


「あの頃は可愛かったよね…」
「ベポか?あいつはいつでも可愛いぞ」
「………」
「悪かった、ペンギンな。そんなに変わってないだろ?」
「変わったよ。昔は私に対する敬意が感じられた」
「まだお前という人間を知らなかったからだろうな」
「どういう意味?」


それに私ペンギンより年上なんだけど、と訴えると、ローはそれがなんだという顔をした。ええ確かに海賊に年齢なんて関係ないけどさ。強さがすべてだけどさ。でも、昔のペンギンは私を先輩として慕ってくれていたんだ。それが、今は?銃撃ってばっか、私に迷惑かけてばっかじゃない。


バン


あ、と私は呟いた。お、とローも呟いた。今のはペンギンが発砲した音だ。噂をすればさっそくこれだ。船の中で撃つなとは言ったけど、まさか街なかで撃つなんて。もっと危ないじゃない。もしかして何かに巻き込まれたの?

私は船から飛び降りた。ああ、やっぱり私は銃声に引き寄せられてしまう。困ったものだ、と諦め半分の溜め息をついた。