14 あれから、毎日のように紅覇様と稽古をするようになった。時間はいつも夜だ。昼にはこれまで通り周黒惇殿に稽古を付けてもらったり、部隊全体の稽古に参加したりしているが、紅覇様との稽古はそれらとはまた違った魅力がある。紅覇様の指導は、なんというか、ーー斬新なのだ。型にはまらないというか。二年前、まだしょっちゅう私と手合わせをしていた頃の紅覇様とは別人のような戦い方を身につけていた。たった二年でここまで成長するなんて、と悔しく思ってしまったくらいだ。今夜も互いに剣を握り、激しく突き合わせていた。紅覇様の本来の武器は如意練刀だが、紅覇様が私との稽古にそれを用いることは滅多になかった。「こんな馬鹿でかいの使う奴滅多にいないんだから、これに合わせた戦い方を身につけるのは後でいいしぃ」とのことだ。大体ははじめの日と同じように、武器庫から手頃な剣を選んで使っている。真剣にも関わらず紅覇様は本気で切りかかってくるため、一瞬も気が抜けない。 紅覇様が振り下ろした剣をよけてその手首に手を伸ばす。かろうじて捕らえられたので、関節を狙って捻りあげた。紅覇様が剣を落とした瞬間に、掴んだままの手首を引き寄せてその鳩尾に膝を叩き込む。 紅覇様はげほっと咳き込んで後ずさり、そのまま膝をついた。私は慌てて手首を放し、しゃがみこんで紅覇様の顔を覗き込む。大丈夫ですかと声をかけようとしたその瞬間、紅覇様の右拳が迫ってきて仰け反った。 「あーあ、よけられちゃった」 「四日前もこの流れだったので」 「へえ、よく覚えてるね」 「もちろんです。やったことを次に活かせなければ、稽古の意味がありませんから」 すかさずそう答えると、紅覇様はおまえは真面目だねえと呆れたような笑い方をした。少し息が荒く、私の蹴りが効いたのだとわかって嬉しくもあり、申し訳なくもあった。しかしそんな感情を表に出しては、紅覇様が怒るのは目に見えている。私は手を差し伸べることもせず、紅覇様が立つ様子を黙って見守っていた。 「何時かなあ?」 「月の高さから言って、もうすぐ日付が変わります」 「そう。じゃあ、次で最後ね」 「はい。よろしくお願いします」 今夜は晴れていたので、外の稽古場で月明かりを頼りに戦っていたのだ。紅覇様が私から離れ、剣を構え直す。私も同じように剣を構えた。月光を受けて輝く剣の向こうに、紅覇様の真剣な顔が見えた。 □□□ 稽古を終えた私たちは、紅覇様の部屋へ通じる廊下を歩いていた。私は紅覇様を部屋まで送り届けるため、こうして一歩後ろについているのだ。紅覇様がちらりと私を振り向き、感情のこもらない声で言った。 「最近、ジュダルくんとは仲良いの?」 「今までと変わりません」 「ふうん?」 「……信じていませんね?」 こうやって気軽に紅覇様が話しかけてくれるようになったのは嬉しいことだったが、神官様の話題とあっては微妙な気分だった。紅覇様と神官様は昔から仲がいいが、私と神官様の関係は良好とは言えないからだ。 「神官様は私を嫌っていますから」 「おまえがジュダルくんの思い通りにならないからだよ」 「紅覇様は、私が神官様に従ってもよろしいのですか?」 「嫌に決まってるでしょ」 紅覇様は真顔で即答した。当たり前じゃん、と言いたげな口調に、心臓が跳ねる。ちょうど紅覇様の部屋に着いたので、さっと前に出て扉を開いた。紅覇様は部屋に入り、相変わらずの読めない表情で振り向く。 「堕転は許さないよ」 「わかっています」 私は頷いた。おやすみなさいと挨拶をして、扉を閉めようとする。そのときふと頭によぎったことを、ためらいながらも口にした。 「最近、お母上様に会っておられますか?」 すっと空気の温度が下がったような気がした。やっぱり言うべきじゃなかったか、と後悔しつつも、引き下がれずに話を続ける。 「きっと会いたがっておられます。明日にでも、」 「僕があの人を嫌いなこと、知ってるよね?」 私は言葉に詰まった。嫌い、と紅覇様は簡単に言う。言い切ってしまう。そのわけも、紅覇様の心情も、私は知っているつもりだ。知っているからこそ、歩み寄って欲しいと思う。あの方は、私の母と違って紅覇様を……愛しているのだから。 「私はあの方に感謝しているし、あの方のことが好きです。紅覇様を産んでくださった方ですし、"今は"紅覇様を愛してくださっています」 紅覇様の無表情が崩れた。忌々しげに顔を歪め、激しい口調で言う。 「僕はおまえを産んだってだけでおまえの母親を好いたりしない。大体、おまえがあの人をどう思ってるかなんて聞いてないよ」 今度こそ何も言えなくなった。私は頭を下げ、出過ぎた真似をして申し訳ありませんでしたと謝った。私が紅覇様を怒らせて、謝って、顔を上げないうちに扉が無情に閉まる。二年間繰り返してきたことが、また繰り返されるのだろうと思った。しかし、驚いたことに紅覇様はもう一度、口を開いた。 「でも、会いには行くよ。僕はあの人とは違うから」 紅覇様の目は確かに私を見ているのに、それはまるで独り言のように聞こえた。淡々と、自分に言い聞かせるように、紅覇様は言葉を紡ぐ。 「いらないからって、捨ててしまったりしないから」 14.06.09 |