01


昔からそうだった。
正義感が人一倍強かった私は、とにかく無鉄砲にいじめっ子に立ち向かった。
そのせいで「コイツのことが好きなんだろ!」と小学生にありがちな揶揄をされたり、いい格好振るなよと言われたりしたこともあった。

それでもやめなかった。
人はそんなことをされるために生まれてきたわけではないと、幼いながらに理解していたからだ。

小学校の、私の学年でも特にいじめられやすかったあの子の名前はなんだっけ。

───忘れるはずもない。


「お腹すいたねー」
「うん、やっとお昼だね」


犬みたいなふわふわの髪を持つその子は、中学3年生になった今でも1人でいるから。


「名前ちゃんのお昼またそれだけ!?」
「シー!声大きいよ多々良くん」


同じ小学校出身の富士田多々良くんは、なぜか取り分けいじめっ子の標的になりやすかった。
6年間の背の順ではいつも前の方にいて、中学にあがった今でも背中を丸めておどおどしていることが多い。
それがまるで彼の弱さを主張しているみたいで、目をつけられやすいのかもしれない。

そんな多々良くんとお昼ご飯を一緒に食べる仲になって1年になる。


「バナナ2本は死んじゃうって…。ねえ、夜はちゃんと食べるんだよね?」
「多々良くん、昨日の放課後、職員室に呼び出されたでしょ?どうだった?」
「話逸らした!どうせプロテインシェイク1杯でしょ!」
「明日までのメニューだから許してちょうだい」


言いながら見下ろした食べ盛り男子のお弁当は、思わず唾が溢れそうになる。
ふっくらとした卵焼き、甘そうなタレがかかったハンバーグ、オーブンでチンするだけのお手軽ポテト。
私はそれらを見なかったことにして、持参した1本目のバナナを完食した。

だって、これが私のやりたいことだから。

意図的に整えられた爪を眺めて、そこに溜息を吹き掛ける。


「───早く大人になりたいね」


独り言だったのか、それとも多々良くんへの言葉だったのか。
自分でも解らないその一言に、多々良くんはエビフライをかじりながら首を傾げるだけだった。

こうして毎日一緒にお昼を食べる間柄だけど、だからと言って放課後まで一緒にいるというわけではない。

どこか落ち着かない様子の多々良くんを教室に置き去りにした私は、急ぎ足で学校を飛び出した。
制服のまま電車を乗り継いで、降り立った先は渋谷のど真ん中。
タピオカを片手に談笑する学生や、ショッパーを手にした人の流れを潜って辿り着いたのは、華やかな看板や電光掲示板がぶら下がった建物ではなく、見上げる限りガラス張りのビルだ。

静かに開く自動ドアを潜れば、一瞬にして涼しさに包まれる。
今日も暑かったから、フル稼働で吐き出される冷気に恋しさが募った。

顔馴染みの受付のお姉さんにIDを提示すれば、関係者を示すネックホルダーと一緒に「熱中症に気をつけてね」と塩飴と笑顔をもらった。
会社に勤める大人の人と話しただけで、少しだけ大人の仲間入りをしたような気分になった。


「これ、今日の訪問先の住所と新しいカタログね。中身は前にチェックしてもらったやつと同じだけど、念のため軽く目通しておいてちょうだい」


エレベーターを上がって、清潔感のある香りを纏った廊下を抜けた先の一室に入れば、開口一番にそれだけを早口で告げられる。
なんだか忙しそうだ。
いつもと少し違う雰囲気が漂う事務所を一瞥して、私はカウンターの上に置かれたカタログを手に取る。
インクの匂いが新しい十数ページの薄いカタログは、洗練されたデザインで統一されていた。


「このみさんは?一緒に来てくれないの?」
「今日の行き先は名前1人でも大丈夫でしょ?小笠原ダンススタジオお得意様だし。着替えこれだから制服脱いでから行って。あと日差し強いからこれ、日傘とアームカバー。ヘアメイクは?どうする?」
「自分で大丈夫」
「オッケ。ついでに香水のサンプルあるからこれもつけて行って」


そう言って後ろ手に着替えや日傘、香水をポイポイと渡してきたこのみさんが、一息つくように黒のボブを掻き上げる。
赤いイヤリングカラーがちらりと見えて、それがとてもおしゃれだった。





支給された服に身を包んで、白色の日傘を揺らす。

気持ち悪い。
頭がクラクラする。
足が地面にちゃんと着いていないみたい。

日が落ちたことで肌を突き刺す日射や湿度はマシだけど、それでも十分に暑い。
コンクリートに溜められた熱が、肌に纏わり付いてくる。

目的の場所は、駅から徒歩5分。
校区内からは僅かに離れているものの、電車を使って渋谷から戻ってきた私には都合のいい立地だ。

信号を渡った先に見えた看板に、ホッと安堵の溜息が出た。
そろそろ荷物を持っていた肩が痛くなってきた頃だったこともあり、道を蹴る足が自ずと早くなる。


「いい度胸だなカス!」


目と鼻の先に目的地を見据えたところで、耳を劈く怒号と衝撃音が聞こえてきて思わず飛び上がった。
慌てて辺りを見渡してみるも、人の気配はない。
となると、と日傘の柄を握る手に力を込めて、距離を取った位置から建物と建物の間をそっと伺ってみる。

ビンゴだった。

路地裏で男の子が4人、揉めていた。

揉めていたと言うにはあまりにも一方的な力関係が働いているように見える。
4人とも制服を着ていて、囲まれている1人の男の子は尻餅をついてビルの壁に頭を預けている。
内輪揉めなのか、それともいじめだろうか。
もしも後者だとすれば、例えその人たちが私にとって知らない人だとしても見なかったフリはしたくない。


「(ど、どうしよう……)」


私が蹈鞴を踏んでいると、遂に拳が男の子の顔面に振り下ろされる。
目の前で起こった暴力に、心臓がぎゅっと締め付けられるような苦痛を感じた。

それと同時に走った、体中の体温が一瞬にして抜けていくような感覚。

殴られた男の子が、私のよく知る男の子だったからだ。


「言えっ!!」


重たい拳が多々良くんの額に当たって、そのたびに彼のふわふわの髪が大きくうねる。

痛々しい音が、路地裏に反響していた。

もう一度その腕が持ち上げられた時、私の体は考えるよりも先に動いていた。


「なっ…!?」


多々良くんの右腕が相手の腕を掴むのと、私が多々良くんの前に躍り出たのは殆ど同時だった。
カタログを入れていた紙袋が、地面と擦れて嫌な音を立てる。

私の顔の横から伸びた多々良くんの腕が、小刻みに震えていた。

多々良くんを取り囲んでいた3人は、いきなり現れた私の姿に驚いたようにその動きを僅かに止める。
背後から、多々良くんの弱々しい声が聞こえたような気がした。
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -