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多々良くんの様子がおかしいことは、一目で判断できた。

あんなにも息を荒げた多々良くんを見るのは初めてだ。
今にも倒れるんじゃないかと不安になるくらい足下は覚束なくて、見ているだけで体力の限界を察知できた。


「富士田って体力あるんですか?」


賀寿くんと花岡さんのことがバレても兵藤くんは冷静で、むしろなぜか多々良くんばかり気にかけている。
自分のパートナーのことよりもライバルを気にする兵藤くんに、仙石さんは「普通だろ」と少し適当なトーンで返していた。
誰よりも兵藤組の行方を気にしていた人なので、兵藤くんの態度に疑問を持つのも無理はないと思う。


「じゃあ、試合で・・・WTFQ連続は?」


ワルタンフォックイ。
兵藤くんが紡いだ呪文を紐解いて、それがダンスの種類の話をしているのだと解ったところで、手をおいていた円卓がガタッと大きく揺れた。
びっくりして音の原因である仙石さんを見やれば、冷や汗を浮かべたそれでフロアの多々良くんを食い入るように見つめている。
何かあったのだろうか。

踊り終えた多々良くんは息も絶え絶えといった様子で、笑みを浮かべて挨拶をしている真子ちゃんの傍らで膝に手をついて肩で息をしている。


「ダンスってあんなにしんどいの?多々良くん、今にも倒れそうなんだけど……」
「試合を経験したダンサーはそんなことにならねぇけど、アイツ、ちゃんとした・・・・・・試合は俺の替え玉の一度きりだろ」
「うん、私の知ってる限りだと」
「ペース配分を知らないんだろうな」


組んだ手に顎を乗せながら呟かれた兵藤くんの言葉に、私は果たして本当にそれだけなのかと首を傾げた。

私は競技ダンスをやったことがない。
一度踊るだけでどれだけのスタミナが消費されるかとか、そんなことは知る由もない。
だけど、今の多々良くんは明らかに異常に見える。

初心者の私から見て、今の多々良くんは人一倍動作が大きいような気がしてならない。
なんと言うか、足りないものを埋めようとしているみたいに、体の許容範囲を無理矢理こじ開けている。
そんなふうに見えてしかたがなかった。


「たぶん、名前の考えてることで合ってる」


私の表情が腑に落ちていなかったのか、こちらを一瞥した兵藤くんがそう付け足す。

対角線上に見える多々良くんたちが、再びフロアに入っていくのが見えた。
遠目から見ても、真子ちゃんが動揺しているのがわかる。

一体、何をする気なんだろう。


「バリエーションはやめとけ!」


円卓が揺れて、会場に仙石さんの声が響き渡る。

フロアに立つ多々良くんの顔が、悔しそうに歪んでいた。
中学生になってから、多々良くんが泣いているところは見たことがない。
そんな多々良くんが、今にも泣いてしまいそうだ。

居ても立ってもいられなかった。
体が動くままに立ち上がって見物エリアを横切り、踊り終えた多々良くんの進路で立ち止まる。


「多々───わっ」


雪崩れ込む───私の少し目の前で歩みを止めた多々良くんは、そんな言葉がぴったりだった。
傾く体をなんとか受け止めたけど、全身から力の抜けた男の子の体は重たくて自分の重心も後ろに引っ張られていく。


「俺がやる」


そんな時に現れた仙石さんは私から多々良くんを引き受けると、その大きな胸板で危なげなく多々良くんを支える。
仙石さんの服に一度顔を埋めたかと思うと、次に見た多々良くんは両目から大粒の涙をボロボロと零していた。

胸が締め付けられるような気がした。
あの多々良くんの中で、ダンスがこんなにも大きな存在になっていたなんて。
悔し泣きを見せるくらいに、ダンスに必死になっていたなんて。

視界を覆う水膜もそのままに両手で口を覆っていると、カツン、とあの音が背後から聞こえてきた。


「ひょ、兵藤く───」
「清春……」


みんなの驚愕の視線が、兵藤くんに注がれる。
それでも兵藤くんは多々良くん一点だけを見つめていて、まるで多々良くん以外の景色が目に見えていないようだった。


「ガジュには100%勝てないぜ、富士田」


赤くなった目元が、兵藤くんを見上げる。


「お前はまだ一人で勝負できるダンサーじゃないだろ」
「……おい」
「戦う相手を間違えてるぜ。倒すべきはしずくだろ」


仙石さんの非難さえも無視して、そうはっきりと、兵藤くんは言い放った。
フロアに向かおうとしていた花岡さんの雰囲気が、なんとなく変わったような気がした。

私たちの間で起きていることも、試合の流れには一切無関係だ。
兵藤くんの言葉の余韻を引きずったまま、第2ヒートが始まる。

仙石さんの拳が、兵藤くんの胸板を強く叩いた。


しずく自分のパートナーに何てこと言ってんだよ!お前、そんな奴だったか!?」


仙石さんの叱責はもっともだ。

だけど、私は兵藤くんの言葉にもっと違う意味が見出せそうな気がしてならなかった。

競技ダンスとは、相方との特別な関係性が重要なスポーツだと聞いたことがある。

賀寿くんはなぜ、花岡さんと踊りたいのか。
多々良くんはどうして、一人で焦っているのか。

賀寿くんの真意はわからないけど、少なくとも今の多々良くんには真子ちゃんが見えていないような気がした。
見ているけど、見ていない。
思いやりはあるけど、それだけじゃ足りない。


「この勝負は女性選手パートナー出来・・で決まるんでしょ?だったら、まこがしずくに勝たなきゃ」
「そりゃそうだけどよ…!」


賀寿くんは、真子ちゃんが花岡さんよりも上手く踊れたら戻ると言ったらしい。
となれば、答えは兵藤くんの言った通りだ。


「富士田、もう───一人で踊るな。この勝負に勝ちたければ、お前がまこをしずく以上のダンサーにするんだ」


兵藤くんはきっと、多々良くんに一目置いている。
だからこそ、多々良くんに対して自分のパートナーである花岡さんのことをあんなふうに言えたんだ。

兵藤くんは自分に正直な人だ。
そして、何よりも一生懸命でプロ意識が高い。
そんな兵藤くんを知っているからこそ、彼が多々良くんを気にかけてくれる理由もなんとなく解った。

きっと兵藤組を昔から知っている人からすれば、悲しい言葉だったに違いない。

だけど私は、多々良くんが兵藤くんのような凄いダンサーに目にかけられていることが嬉しくて、仙石さんと花岡さんには申し訳ないけど少しだけ胸の奥が温かくなった。
やっぱり私は嫌な子だ。
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