03




彼女への印象は、洗練された美しさ。

生まれ持ったものも大きいようだけど、そこにはたくさんの努力が付随されていることが一目で判る。
彼女は自分の容姿に甘えず、努力ができる人なのだと感心した。

そして、興味を持った。

彼女───名字さんとは、中学2年生の委員会で出会った。

あまりにも大人っぽい人だったので、はじめは上級生なのだと勘違いしてしまった。
でも、笑うと同い年らしいと思えた。

彼女から大人っぽさを感じ取った要素として、その背の高さが真っ先に挙げられる。
学年の女子のなかでもいちばん大きくて、スラッと長い手足が名字さんの華やかさを引き立たせていた。

名字さんはアマチュアカメラマンのモデルも引き受けているらしく、個人経営のECサイトや小さなショップなんかでもモデルをしていると知った。
彼女の容姿やスタイルを考えれば、それは特に驚くことでもなかった。
むしろ、やっぱり、という気持ちが大きかった。

冬になる少し手前くらいだろうか。
名字さんから笑顔が消えたのは。

正式に事務所に所属したと風の噂で聞いた夏頃から、名字さんは見る見るうちにプロのモデルとしての体を手に入れていた。
やっぱりプロになると求められるものも変わってくるのだろうか。
十分細いと思っていた体は更に細くなり、それでいてしっかりと引き締まっていた。

姿勢も惚れ惚れするくらいによくなって、私は体作りを必要とするアスリートとして、同じ女の子として名字さんを尊敬した。

なのに、名字さんの表情には以前のような明るさはなかった。

普段から一歩引いたところで同級生を眺めていたこともあり、名字さんの話を知ったのは少し経ってからだった。
クラスメイトからいじめられているらしい、と。

他所のクラスである以上、当事者である誰かと繋がっていなければ正確な情報は入ってこない。

名字さんに対して好意的に思えたのは、彼女が何よりも優しかったからだ。
自分の容姿を鼻にかけることもせず、誰に対しても分け隔てなく優しくて、素直で明るい、どこにでもいるような女の子だった。
だからこそ私は、その話がにわかには信じられなかった。

それからの名字さんは確かに顔色が悪かったけど、やつれるだとか、異常に体型が変わるだとか、そう言った部分には何の変化もなかった。
むしろ、今までよりも更に磨き上げられていると言うべきか。

彼女に何があったのかは知る由もないけど、間違いなく何かが彼女を突き動かしたことだけは解った。
やっぱり、名字さんは強いのかもしれない。

中学3年になると委員会も変わって、名字さんの顔を見る機会が格段に減った。

だからこそ、ロゼ・ティコの販促物で名字さんを見かけた時は、心底驚いた。


「感じ悪く映った?今日の私」


暗くなり始めた空を見上げながら、少しだけブランコを揺らしてみる。
錆びた鎖が頼りない音を鳴らした。

隣のブランコでその長い脚を持て余す名字さんは、私の問いかけにゆっくりと面を上げた。


「……感じ悪いとかじゃなくて、どうして?っていう気持ちの方が大きい、かな」
「ガジュくんの言ったこと?」


そう問い返せば、小さな頭が一度だけ沈んだ。

"しかばね"
ガジュくんは清春のことをそう表現した。

私とカップルを組むことに躍起になっているガジュくんにとって、一時離脱している清春は過去の存在。
大事な試合で怪我をして、それでも無理を押し通して出場した結果、準決勝にも進めずに2次予選落ち。
挙げ句、違反行為で6ヶ月の出場停止処分を与えられたのだ。

正直、ガジュくんが清春をそう呼ぶのも無理はない。
幼い頃から何度も試合で顔を突き合わせてきたのだから。
腐れ縁であるライバルがそんな結末を迎えてしまえば、そう言いたくなる気持ちも解る。


「ダンサーじゃない名字さんには解らないと思う。ガジュくんの気持ちも……私の気持ちも」
「っ、そんな言い方…」
「事実でしょ?だって、貴女は清春を止めなかったんだから」


その話を清春から聞かされた時、裏切られたような気持ちだった。

名字さんなら、止めてくれると思っていた。
体が資本だと言うことを理解している彼女なら、怪我をしていることを知れば無理にでも止めてくれると思っていたのに。


「ガジュくんだって、今の清春だけを見てああ言ったんじゃないの」
「でも───」
「名字さんが私に幻滅するなら勝手にしたらいいんじゃない?だけど、幻滅される覚えはないから」


それ以上の言葉を遮って、私は名字さんを残して公園を後にした。
最後に見えた名字さんの両目に、水膜が張っていたような気がした。

清春が解らない。

カップルになって10年という決して短くはない月日が経つのに、未だに清春は私に隠し事をする。
聞かされるのは、いつも試合が終わった後。
今回の脚の怪我も知らなかったし、知った時には規約違反で処分を下されていた。

競技ダンスは2人いて初めて成り立つ競技だ。
一心同体となって、相手と心を通わせて踊る。

競技中には常に心が通っているのに、ダンス以外の場面では清春と心が通ったことは少なかった。

競技中にどれだけ一心同体になれたとしても、リーダーから頼られていなければ意味がない。
ただの私の独り善がりだ。

私は一体、誰と踊っているんだろう。

自分が情けなかった。
私が頼りないから、清春も仙石さんも本当のことを言ってくれないのではないか。
そんな風に思うたびに、清春の相方パートナーとして踊っていた自分が情けない。
お互いが信頼し合っているカップルを演じていただけだったのだろうか。

どうしてこんなにも空しい思いを抱えながら、空白の6ヶ月を過ごさなければならないのだろう。

そう考えていたところに、ガジュくんが現れた。
なあなあでカップルになった清春とは違って、はっきりと、私と組みたいと言ってくれた。

だから、なんとなくOKを出した。

フジ田くんや仙石さんには止められたけど、今は清春と踊りたくなかった。
私のことを信用してくれない清春を、私も信用することができなくなっていた。


「───……私が間違ってるのかな」


思い浮かぶのは、小笠原と公園で見た名字さんの目。
小笠原では失望のそれが、公園では泣きそうな眼差しが私を捉えていた。

どうして名字さんがそんな顔をするのかが解らない。
カップルの絆を絶対的なものだと思ってのことだとしたら、それは大間違いだと教えてあげたい。

だから、あんな目で私を見ないでほしかった。


「……私、嫌な女」


名字さんとはこんなぎくしゃくした関係になるつもりはなかった。
むしろその逆で、友達になりたいと思っていた。
三笠宮杯の時、更衣室に応援に来てくれた名字さんを見て改めてそう感じた。
頑張ってね、と言ってくれたことで、本当に頑張れると思った。

名字さんは仕事で競技ダンスに関わっているけど、三笠宮杯を通して、少しでも競技ダンスに興味を抱いてくれたら。
そうすれば、もっと話す機会が増えるのに。

自分がこんなにも意固地な人間だったなんて知らなかった。

自宅に着く頃には、空はすっかり暗くなっていた。
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