今年の春、間宮千昭という男子生徒が転校してきた。
時期としては転校や転出があっても可笑しくない時期だったし、とびきり変なヤツというわけでもなかったので、間宮千昭はすぐにクラスに打ち解けていた。

否、クラス中が間宮千昭を歓迎していた。

正直、容姿が整いすぎている。
それこそ、年上にしか興味のなかった友達が「ちあきクンってちょーかっこいいよねぇ」と間宮千昭に対して色目を使い始めたくらいだ。

すらりとした高身長に、それに相応しいほどに長い手足。
明るい髪色は、どこかヤンチャな印象を受けたけれど、それは私が言えたことではない。

転校生フィルターなんて不必要なくらい、間宮千昭は女の子からの人気を博していた。

間宮千昭の登場により、数名の男の子の地位が総入れ替えになったと噂で聞いた。
この学年1かっこいいと人気のあった5組の永田クンから間宮千昭に乗り換えた女の子は多いらしい。
間宮千昭のところには休み時間のたびに違う女の子が訪れていたし、授業中もアツい視線を受けている。

けれど当の本人と言えば、人見知りなのか常に無愛想な表情で、その周りに見えない壁を張っているようだった。

どうして私がこんなにも間宮千昭に詳しいかと言うと、ただ単に席が隣になってしまっただけだからである。
それ以上でも以下でもない、ただの隣同士。
たまに教材を貸してあげたり、小テスト前に間宮千昭が得意だと言う数学を教えてもらうことがたまにあったくらい。

意外だったのは、間宮千昭が漢字が一切解らなかったことくらいだろうか。
識字率が99%のこの現代日本において、17歳が放つ「漢字がわからない」は仰天ものだ。
一度知ってる漢字を聞いたことがあったけれど、ノートの隅に記されたのはまったくもって見たことのない漢字だった。
漢字検定初段に出てくるレベルの漢字かとも疑ったけれど、そんなハイレベルな漢字を知っていながら基本的な漢字がわからないとも考えにくい。
私をからかっているのか?とも思ったけれど、文章問題に頭を抱えるその真剣な横顔に。それはないかと首を振ったのも記憶に新しい。

なんとも不思議な男の子だった。

そんな間宮千昭に、最近トモダチが出来た。
同じクラスの紺野―――なんとかサンと、津田…津田クン。
かっつんたちとやり合った間宮千昭に、紺野サンと津田クンが声をかけたことがきっかけらしい。

男からは敵視され、女からは黄色い声をあげられる間宮千昭によく絡もうと思えたものだ。
始業のチャイムと共にそれぞれの席に戻っていった2つの後ろ姿を一瞥し、私はこれ見よがしに肩を竦めた。


「―――なァ、名字」
「なーに、間宮クン」


昨日街中で声をかけてきた男からのメールに返信しながら、やけに小声で呼びかけてきた間宮千昭に少しだけ耳を傾ける。
うわ、防止フィルター剥げてきてるじゃん、サイアク。


「…それが下着で合ってるなら下着見えてっぞ」


ちらり、と間宮千昭を見やる。
そして、少しだけかわいいと思った。
耳を赤くしているくせに、目はしっかりと私の下着を捉えている。

私は携帯をスライドして閉じ、胸のポケットに仕舞う。
携帯の重みでワイシャツが更に弛んで、見える面積を広げた。


「こないだ買ったの。かわい?」
「いや、かわ……いいからちゃんと仕舞えよな」
「間宮クンでも照れたりするんだね」


少しからかってやれば、間宮千昭はその赤い顔を片手の手の平で覆って俯いてしまった。
これは今夜のオカズコースだろうか。
まあ、女子に人気のあるハイスペックな間宮千昭のオカズなら悪い気もしない。

これは余談だけれど、こないだ間宮千昭が津田クンにズリネタの話をしていたのをチラッと聞いたことがある―――津田クンは半目になって右から左のようだったけれど、彼はどうやらおっぱいが好きらしい。

それにしても、今日の間宮千昭はよく喋る。
紺野サンと津田クンというトモダチができたおかげで、人との話し方を思い出したとかだろうか。

再び携帯をスライドさせて、届いた新着メールにすぐさま返信をする。
今夜会いたいというお誘いに対して、ハートマークを添えて了承のメール。
やたらギラギラした七色の背景と送信中の画面を見送った後、友達のデコログをチェックする。

情報曰く、朝から会議が開かれ教師の到着が少し遅れているらしい。
どうりで福島の姿がなかなか現れないはずだ。

いつもと同じ決まった順番でデコログをチェックし、最後の情報をチェックしたところで携帯を閉じる。
ちなみに、その間もずっと間宮千昭は私に色々話しかけていた。


「ちらばった情報を一気にチェックできるサイトができればベンリだよね」
「は?あー、まあ、たぶん出来るだろうな」
「ほんとに?10年後とか?」
「もっと近い未来の話だよ」


私は間宮千昭の話なんて一切聞いていなかったのに、間宮千昭は私の前触れのない話題にも丁寧に乗っかってくれた。
いいやつじゃん。

友達のリアルがまとめて見れるなんて、面白そうだ。
間宮千昭の妙に確信めいたその言葉に私はうきうきしながら、彼の言った近い未来に思いを馳せた。


「もう少しで名字ともお別れだな」


不意に届いた声が、やけに寂しげに鼓膜にこびりついた。

うきうき気分から一転、何を言い出すんだ?と間宮千昭を見やった私に、間宮千昭は教室の入り口を指した。


「いや、今日席替えだろ?
 だから世話になった名字ともお別れだなって」
「…席替えなんてやる予定だっけ」
「そう言えば名字、先週のこの時間いなかったか」


先週のこの時間と言えば、朝方に眠りについたおかげで寝坊をした日だ。
きっとその時に席替えの話が出たのだろう。

そうか、いよいよ間宮千昭ともお別れなのか。
もしかするとまた席が近くなる可能性も無きにしも非ずだけれど、離れる方が確率としては高い。
2年生になってから約2ヶ月。
短い間だったけれど、間宮千昭の隣人の居心地は存外良かったらしい。

席替えを実感した途端に芽生えた言いしれようのない寂しさに、私は気付かないフリをする。


「真琴と功介が近くになればなー、それかまた名字」
「私はついで?」


そうだ、紺野真琴サンだ。
間宮千昭の口から紡がれた"真琴"という名前に、モヤがかかったままだった記憶が晴れていった。

そして、それと同時にちくりと胸が痛んだ。

よく知る感覚に、私は自分自身にウソでしょ?と問いかける。
当然返事は返ってこなかったけれど、そんなものなくても答えが解るから厄介だ。


「名字はついでじゃねェよ。
 自分で座席選べんなら、左右どっちかに絶対ェ名字が来るようにする。
 んで、そこに真琴と功介も混ぜる」
「―――間宮クンは、紺野サンと津田クンとほんと仲良いね」
「ああ、友達だからな」


そう言って2人の姿を見つめるその横顔に、私は確信した。

紺野サンは、間宮千昭にとって友達ではない。
もっと、それ以上の感情を抱いている。

それをからかいのネタにしなかったのは、私のなかに芽生えたそれが邪魔をしたからだ。


じゃあ私は?
私は、間宮千昭にとって何?


これではみんなと同じではないか。

だけど私は、やる前から諦めるのは性に合わない。
とことんぶつかっていくのが私のやり方だ。

まず最初のミッションとして、私のことを名字ではなく名前と呼ばせてみよう。

紺野サンに対して燻った嫉妬心を押し殺し、私は胸ポケットから再度携帯を取り出した。


「(ごめんなさい、やっぱり、今夜、会えません―――)」


まずは不要な男との関係をすべて断つ。

それから、かっつんたちにちゃんと宣言するのを忘れないように。
そうしないと、またかっつんたちが間宮千昭に突っかかってしまう可能性がある。
私のツレだと周知されている人たちが、間宮千昭に何かしでかす展開は避けたいものだ。

私は福島がまだ来ませんようにと心の中で祈りながら、かっつんたちに述べる言葉を一生懸命考えた。





私、間宮千昭に惚れたみたい。







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