「………」


恐る恐る両手を胸に宛がい、ゆるゆると指先を動かしそれを揉む。
手の平に触れる肉感に、やはり物足りなさを覚えた。


「………」


壁時計の秒針が、静まり返ったリビングに響き渡る。

何だかシャツに擦れて痛い。

暫く経った頃、上の階にある部屋の扉の開く音が微かに聞こえた。


「は!?ちょっと、何やってんの!?」
「あ、夜天」


仕事が一段落ついたのか、リビングに下りてきた夜天が名前の姿を見て驚きに声を上げる。
その思った以上に大きな声に驚いた星野と大気もその部屋に顔を覗かせ、ソファに座る少女の両手が触れる先を目にして凍りついた。


「わ、悪ィ名前。もしかして取り込み中だったか?」
「星野、女の子に率直すぎですよ」
「だ、だってよぉ!」


言い合う星野と大気の間を抜け、床が抜けんばかりの足取りで名前の傍まで歩み寄った夜天は、少々乱暴な動作でその隣へと腰を下ろした。


「一応女の子なんだから、こんな所でやめなよね」
「い、一応って何よ一応って!」


ちゃんと女の子だもん!と頬を膨らませた名前を適当にあしらった夜天だが、それでもまだ胸を掴む手がそこにある事に気付き息を呑む。
なんて心臓に悪い。

背中を伝う嫌な物を感じながら、夜天は目を逸らしながらその手をそこから離させる。
その間も、一度見てしまったそれ―――細い指と指の間からはみ出した膨らみとか膨らみとか膨らみとか―――が脳裏をちらついて仕方がなかった。


「言っとくけど、みんなが思ってるような事なんてしてないからね、私」
「じゃあ何してたんだよ。完全に揉んでたじゃねえか」


星野の遠慮のない言葉に眉間に皺を寄せた夜天を、眉をハの字にした名前が見上げた。
また心臓に悪い仕草だ。


「だって…や、じゃない」
「何が?」
「―――私は嫌よ!夜天よりも胸が小さいなんて!」


今にも泣きそうな目が、夜天と、ついでに夜天同様ポカンとした表情をする星野と大気を見つめる。


「私、知ってるんだからね!夜天たち、変身したら胸が大きくなること…」


言うのが辛かったのか、それとも恥ずかしかったのか。
両者とも取れる様子で言いきった名前は、シャツの襟口を引き上げそのまま顔を覆ってしまった。
シャツが上へと引っ張られている所為で、細い腰が少し覗いている。


「いいわよね、みんなは!変身したら谷間が出来るくらい大きくなるんだからっ」


私なんて谷間すらないのに!


夜天は、大声でなんて事を!と言いたそうな表情を露わにし、とにかく一度落ち着くよう名前の両肩を掴む。
おかげでその距離が近くなり、名前の目尻に薄っすらと涙が浮かんでいるのがよく分かった。

不意に変わった空気をいち早く読んだ大気が、いまだ呆然とする星野の肩を叩き、仕事の続きをしましょうとその場から姿を消した。

二階へと踵を返すその後ろ姿を見送った夜天は、一度溜息を吐く。
名前がピクリと反応したのが、肩を掴む手から伝わった。


「あのねぇ名前、僕はそんなの気にしてないよ」
「…夜天が気にしなくても、私が気にするの」
「―――名前、それって、僕が体で人を選ぶような男だと思ってるってこと?」
「ち、違うよ!そういうわけじゃない…けど…」


もちろん、そんなことくらいは夜天自身よく分かっていた。
変身さえしてしまえば、夜天は心も体も女になることが出来る。
名前の持っているその健気な女心が、全く理解できないわけではない。

しかし変身をすれば女になるとは言え、地球に適した体で過ごしている間は男のそれだ。
もちろん、文字通り身も心も。

科学上で説明すると物凄く複雑なように思えるが、見た目は一目瞭然。

列記とした"男"が三人もいる空間で、意図は違えど自身の胸を揉むという行為は夜天にとって咎めるべき対象にしかならない。


「ねえ、名前の気持ちはよく解るよ。けど、名前は僕の今の気持ちは解ってくれないの?」
「今の、気持ち…?」
「自分の彼女が、他の男の前で自分の胸に触れてることだよ。特に深い意味もなくやってただけなんだろうけど、男なんだし当然意識しちゃうし、特に星野は単純だからさっきだって勘違いしっぱなしだっただろう?」


少しの間を開けて、ハッと息を飲む音が名前の口から溢れる。
先程まで胸元に添えられていた手が、夜天のシャツの裾を慌てたように掴んだ。


「ご、ごめんなさい…!わた、わたし…まさかみんな降りてくるなんて思ってなくて…」
「ばかなの?同じ家なんだし、いつ何時ってことがあるでしょ」
「……はい、おっしゃるとおりです」


目に見えてしゅんと項垂れる名前に、夜天はニヤつく口許を慌てて隠した。
考えなしの行動に嫉妬による苛立ちは感じたものの、なんだかんだで愛しい気持ちが勝るのだ。

シャツを掴む小さな手が視界に入った途端、脳裏を過ぎった"らしくない"それを現実にしてやろうと夜天は名前の細い顎を左右から挟み込んだ。
何事かと丸くなった双眸を一瞥し、だらしなく開いたままのそこに唇を寄せる。


「言っとくけど、これだけじゃ許さないからね」


なんて言いつつもとっくに許してはいるのだが、まだ安心は与えてやらないと目が語る。

"許さない"と言うワードに再び戸惑った名前は、いよいよ本格的に泣き出しそうな表情を浮かべていた。


「名前からして」
「む、むりだよぉ…!」


この返答は想定内である。
夜天はふふんと鼻を鳴らし、名前の腕を掴む。


「―――これならどう?」
「……ずるい!そんなのずるいよ!」


顔を真っ赤にした名前が、きゃんきゃんと吠えた。

名前の腕を掴んだまま、一瞬にして変身してみせたヒーラーが勝ち誇った笑みを零す。

夜天光の彼女である名前は、特別セーラースターヒーラーという存在に弱かった。
夜天と恋仲でありながら、夜天に向けるそれとはまた違った関係性の上で成り立つ感情をもってヒーラーを慕っていた。

"夜天"のお願いでは頑なに首を縦に振らないようなことでも、"ヒーラー"を持ち出せば大抵のことには折れるということをよく知っている。


「ねえ、してくれないの?」
「っ…」


ヒーラーに引き寄せられた体が、その柔らかな肌にぶつかる。
華奢に見えても、敵と戦うセーラー戦士の1人だ。
名前を閉じ込める腕は強く、簡単には逃れられそうにない。

長い睫毛に縁取られたライム色の瞳に見つめられ、名前は逃れるようにきつく瞼を閉じた。
ヒーラーの肩に添えていた手の平に、少しだけ体重を預ける。
ゆっくりと腰を持ち上げ、すぐ近くにあった唇に僅かに触れる。


「―――やればできるじゃない」
「……恥ずかしくて死んじゃう」
「死なないわよそんなことで」


背中に回った腕に抱き締められれば、胸元でふにゃりとした圧迫を感じた。
見ずともわかる名前にとって羨望の塊でしかないそれが、名前のささやかな胸を押し上げている。

気持ち良い。

思わず、名前の目尻と口角が緩んだ。


「……好き」
「はいはい、本当に好きだね―――ムカつくな」


蕩けきった顔を押し付けられた夜天は、腕の中にいる彼女をこんなにまでさせるもう1人の自分に腹を立てた。
見事に墓穴を掘る結果となってしまったが、夜天に戻ったことにも気づいていない名前の数秒後の反応でまた暫くは楽しめそうだと息を吐いた。







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