「来い」


大きな手の平に腕を掴まれて、半ば引き摺られるようにして連れてこられた場所。
見下ろすグラウンドでは運動部が忙しなく動き回り、開け放たれた窓から漏れ聞こえてくるのは吹奏楽部の奏でる楽器の音色。
少しばかり涼しくなった風が、ふわりとスカートを揺らした。


「賀、寿くっ…な、なに?」


こちらは息も絶え絶えだと言うのに、目の前の男からは正常な呼吸音しか聞こえない。

未だ掴まれたままの腕を一瞥して、もう一度その顔を覗き込む。
すると、私の頭の動きと重なるように賀寿くんの腕が動いて、さっきまで腕に触れていたそれが背中に回った。
肩甲骨の少し下あたり。
それから、這うようにして繋がった右手と左手。


「っ!だ、だめ!できない!」
「わっきゃねぇべや」


賀寿くんの姿勢に見覚えのあった私は必死で声をあげるも、当の本人は口角をにやりと持ち上げ私を見下ろすだけだった。

知ってる。
だって、見たことがあるのだから。

これは、


「はい、せーの」
「ひえ!」


賀寿くんの左脚に押し出されるように、震える右脚が数センチ後退する。
どこに力を入れればいいのか分からずにふらふらする体を、賀寿くんのホールドが力強く支えてくれる。
本当のワルツはこんな不恰好ではないし、もっと綺麗だったはずだ。

それでも賀寿くんは綺麗に足を3回動かして、元に戻る。
模範解答ではない私は、たぶん5回くらいは足を動かしていたように思う。

賀寿くんは私がワルツを踊れないことを知っている上で、私とワルツを踊る。
賀寿くんの逞しい腕が、私の覚束ない体を支えてくれている。
ただ賀寿くんの動きに合わせて動いているだけの、ワルツでもなんでもないそれだったけれど、なぜか心が温かくなった。


「今までで踊ったワルツのなかで一番楽しいべ!」


流れる景色を背に、ニカッと笑う賀寿くんにくらりとした。
ワルツとも呼べないそれなのに、本当に楽しそうに次々とステップを繰り出すその様子に、だんだん私の凝り固まっていた体も柔らかくなってくる。

ひらりとスカートを翻す。
賀寿くんの襟足が、風に踊る。
体に触れる腕が、体が熱い。
賀寿くんのにおいと、少しだけ汗のにおい。
なんの飾り気もない中履きのスリッパが、ダンスシューズに姿を変える。

ワルツだ。


「私、ちゃんと踊れるようになりたい」

雫ちゃんや真子ちゃんのように、とは言わない。
せめて、賀寿くんと踊れるくらいには。

息の合ったステップを踏む私と賀寿くんの姿を思い浮かべていると、突然、賀寿くんの上体に巻き込まれるように背中が大きく反った。


「上等」


いたずらに、唇が降ってくる。
賀寿くんの後ろには、赤く染まりかけた空が広がっていた。
いつの間にか繋がっていた手は解かれていて、両腕が体に巻き付いていた。

このまま、溶けてしまいたい。
なんて、恥ずかしくて絶対口には出せないような言葉が頭をよぎり、それをかき消すように賀寿くんの唇にそれを押し付けた。







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