好きです!
付き合ってください!


そう言って深々と頭を下げる名も知れぬ彼を無下にすることもできず、お友達から始めませんか?と無難にも程がある言葉を選びながら手を差し伸べたのが1年前。
私たちのこれからの関係の終着点を曖昧にさせてしまった結果、彼とはこれからの高校生活で最も接点を持つこととなった。

赤城賀寿。
同じ学年、隣のクラス。
背が高くて、制服越しでも判る厚みのあるがっしりとした体格。
出身は群馬県。
妹が1人。
スポーツ万能。勉強が少し苦手。
体格もそうだけれど、体幹がやたらとしっかりしていた謎は、賀寿くんと出会ったその半月後に彼が競技ダンスをやっているからだと言うことを教えられて判明した。

毎日のように私のクラスにやってきては、私に自分のプロフィールを1つずつ開示していった。
最初は一方的な自己紹介に戸惑いもしたが、1ヶ月が経つ頃には普通の会話として成り立つものが交わせるようになった。

口は悪いし、不良グループにも怖がられているから、たぶん喧嘩も強い。
けれど、それだけが賀寿くんではないことも知っている。
優しいし、何よりも面倒見がいい。
子供っぽくて歳下のように錯覚することもあれば、その兄貴肌が際立って歳上のように思えることもある。
それから、面白いくらいに妹のことが好き。

一緒にいて楽しいと思えるようになったのも、出会ってから2ヶ月も経っていなかった気がする。

そして、4ヶ月が経った頃。
私は初めて嫉妬を覚えた。

ずっと妹の真子ちゃんと組んで競技ダンスの世界を生きてきた彼が、一悶着の末、追いかけ続けていた人と一時的に組むことになったと本人の口から聞かされた時だ。
その時の賀寿くんの顔ときたら、たぶん、出会ってから見た笑顔の中で1番嬉しそうなそれだった。
競技ダンスの世界は、男女の組で成り立っている。
だから、賀寿くんの言うその人が女の人であることは火を見るよりも明らかだったし、だけど賀寿くんの喜びに水を差したくなくて、私は笑顔が引攣らないように努力をした。

あの日の痛みを少しだけ思い出して、目の前の彼を見上げる。


「……ばぁか」
「は?なん、急に」


鼻先を擦り合わせて犬のように戯れていた賀寿くんは、突拍子もない私の暴言に目を丸くさせた。
それでもすぐに動きを再開させ、あちこちに唇を落としてくる。
出会った時から思っていたけれど、本当に、本能のままに動く人だな、なんて。


「私に一目惚れしたって言ったくせに、"雫ちゃん"とカップルになれたーなんて報告してくるんだもん」
「あー…だァから悪かったって謝ったんべ」


少しだけ目を泳がせて、苦笑いを浮かべながらキスをひとつ。

元の性格がそうなのか、それともダンサー故なのかはわからないけれど、賀寿くんは体で感情を表現したがることが多い。
本人は無意識なのだろうけれど、一緒にいるとよくわかる。
今のキスも、反省の意味が込められているそれだ。

賀寿くんに誘われて、一度だけ競技ダンスを見に行ったことがあった。
外国の映画で見るようなダンスを想像していた私は、見事にその熱量に飲まれてしまったことをよく覚えている。
離れているにも関わらず目視できる飛び散る汗や、大きく靡く衣装の動きがその激しさを物語っていた。

純粋に、引き込まれる世界だった。

妹の真子ちゃんをリードする賀寿くんを見て、ふと、私が初めて嫉妬をした日のことが蘇った。
競技ダンスは、あんなにも体が触れ合うものなのだ。
一時的とは言え、その"雫ちゃん"とやらと組んでいたことがあるのだから、当然そういうことなんだろうな。

賀寿くんに触れられるたびに、心臓が破裂してしまうのではないかと言うくらいに煩くなるのに。
賀寿くんは、平気なのかな。
私だけがドキドキしてるのかな。
なんて、賀寿くんに触れられる度にそんな取り留めのないことが浮かんでは消えた。
そしてそれがいつの日か劣等感へと姿を変え、賀寿くんに触れられる時だけ、一歩引いたところから構えてしまうようになった。
申し訳なく思いつつも、自分ではもうどうしようもない。


「なあ、名前は俺のこと、まあず好きなん?」
「……なんで?」


賀寿くんと付き合うようになってから、群馬県の言葉が少しだけわかるようになった。
特に日常的に出てくる言葉はすんなりと理解できる。

賀寿くんが、私を疑っている。


「だってよぉ、俺が名前に触るといっつも体硬くするべ」


ふざけていない、真剣な時の賀寿くんの顔だ。
眉を寄せ、口元を歪めている。
1度だけ喧嘩をした時に見た、賀寿くんが本気で不満を抱いている時のそれ。
腰に回っていた大きな手が離れ、2人の間に拳一つ分の間が開く。
その空間に、首の後ろがヒヤリと冷えた。


「ち、違う」
「じゃあなん?」


賀寿くんは、感情を体で表現する人だ。
私は、感情を押し殺してしまう人。

だけど、私は賀寿くんが好きだから、このままではきっといけない。

咄嗟に賀寿くんの腕を掴んで、その指先に力を込める。


「……私は、賀寿くんに触れられると、すごく…ドキドキするの…」
「……」
「けど、賀寿くんは…女の人に触れるなんて…慣れてるだろうから…なんだか、私だけが恥ずかしいのかなって…それで…」


声が震える。
足も震える。
賀寿くんの腕を掴んでないと、しっかり立っていられない。


「わたし…賀寿くんが一目惚れしてくれたって、それにずっと甘えてて…気づいたら、私も賀寿くんのこと、すごく好きになってて…私は、賀寿くんみたいにできないから…嫌われたくなくて…」


言葉が上手く纏まらない。
脈略のない言葉が次々に溢れ、勝手に音となって消えていく。

無音が怖かった。
何も言わない、賀寿くんが怖かった。
目を見るのも怖くて、ただひたすら上靴のつま先を睨みつけた。

私のつま先が向かい合う先。
賀寿くんの足が、動く。


「ーーーっ」


賀寿くんの腕を掴んでいた腕を引かれて、後頭部に賀寿くんの手の平がまわる。
恐ろしい力で引き寄せられ、頭が辿り着いた先はその厚い胸元。
そこにしっかりと押え付けるように、手の平に力が込められる。


「しゃいなし。
聞け、ここ」


ここ、と示された場所は、賀寿くんに押し付けられるところのことだろう。
少しだけ呼吸を浅くして、耳に触れるところの音を聞く。

思わず、真っ赤になった賀寿くんの顔を見上げた。
けれど、それはすぐに胸元に押し戻され、賀寿くんの匂いがまた広がる。


「…俺だって…こうなるべ」


私の心臓みたいに早く脈打つそれ。
急に可笑しさが込み上げてきて、私は賀寿くんの胸に顔を埋めてくすくすと笑った。


「名前に触れるときだけだがぁ、こんな心臓バックバクすんの」


自信に満ち溢れたあの賀寿くんが、私に触れる時だけ鼓動を速くしてくれていたことが嬉しかった。
それだけで、賀寿くんの特別になれた気がするなんて単純な性格だ、と我ながら笑いが止まらない。
いつまでも肩で笑う私に、遂に賀寿くんが声がをあげる。
長い腕でそこに閉じ込められ、賀寿くんの胸元にすっぽりと収まった。


「わーらーうーなーやー!」
「ごめん、でも、嬉しくって」


やっぱり、賀寿くんは体で感情を表現する人だ。
私と同じくらいに速い心臓も、まさにその一つ。







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