くるくる。
くるくる。

決して狂わない一定のリズムを守りながら、その骨ばった指の上を0.5ミリのシャープペンシルが滑るように移動する。

くるくる。
くるくる。

目だけを動かして視線をあげて見ると、ペンを回す本人の眼差しは手元なんてこれっぽっちも見ていなくて、黒板を見てるように見えてきっと黒板も見ていないに違いない。
どこも見ていないなんてもったいないから、少しでもいいから私を見てほしいな。
なんて馬鹿なことを考えてしまった頭を振り、再び私は彼の手に注目する。
どうやったらそんなに綺麗に回るんだろう。

不意に、手に持ったままだったシャープペンシルの存在を思い出して、おもむろにそっと回してみる。
勢いがつきすぎて、カツンと音を立てて机の上に落ちた。
もう一度。
指が上手く離せなくて、ノック側が情けなく振り子みたいに揺れた。
もう一度。

ピンク色のシャープペンシルが、私の手から勢いよく弾けた。


「あ」


弾け飛んだそれは隣の机の足にあたって、そのままコロンと床に横たわった。
やっちゃったと心の中で舌を出し、シャープペンシルを取るために席をこっそりと立つ。
そのまま手を伸ばして触れようとすると、私の手が触れるよりも先に、上から伸びてきた手がそれを拾い上げてしまった。


「名前チャン、ペン回しヘタだね」
「み、見てたの…?」
「ンりゃ、あんだけ盛大な音立ててりゃねェ」


遠まわしに「うるさい」と言われたみたいで、とりあえず小声で謝っておく。
それでも私の謝罪は右から左なのか、それに対する言葉は一つもなく、ただ黙ってシャープペンシルを手渡してくれた。
荒北くんに握られていたから、少しだけ温かくなっていた。


「荒北くんは、ペン回し上手だね」
「まァ、昔のクセみたいなモンだし」
「昔?」
「そ」


それ以上、荒北くんが口を開くことはなかった。
なんとなく、私も触れてはいけないような気がして、そうなると私も大人しく自分の席に戻るしかなかない。
その代わり、授業終了のチャイムが鳴るまで、荒北くんは色んなペン回しを披露してくれた。
もちろん、私が勝手に見ていただけだけれど。

チャイムが鳴り終えると同時に、荒北くんはペンを机の中に放り込んで、お財布一つで教室を出て行った。
彼はいつも自転車競技部の人たちとお昼を食べることを、私は知っている。
クラスでは一匹狼のような荒北くんだけれど、部活では仲の良い人たちがいると分かって、人知れず胸を撫で下ろしたのはそれなりに新しい記憶だ。

私もお弁当と筆記用具を手に、部活のミーティングのために教室を後にする。
もちろん、ミーティングの間もペン回しの練習をするつもりだ。





毎年のことだけれど、この時期は妙に落ち着かなくて仕方がない。

今年の春、箱根学園の野球部は地区大会のベスト4で負けた。
去年はベスト16にも届かなかった。
春に負けたら、夏の勝利を目指す。
負けたその日には、夏の大会を目指して新しくメニューを組み直して、選手もマネージャーも監督も春を振り返らずに夏だけを見つめる。

今日のミーティングでは、次の練習試合についての話し合いと、本日の練習メニューの確認で終わった。
それから、箱根学園野球部の3人の投手の投球の固さについて。
みんな真剣そのもので、正直ペン回しどころか飲食すら躊躇われる空気だったので、お弁当のおかずなんて何が入っていたのかなんて覚えていない。
まあ、そう言う私も真剣になっていた一人だけれど。

どうすればひとつでも多く勝てるかとか。
どうすれば選手に今以上の貢献ができるかとか。
どうすれば投球が柔らかくなるかとか。

残り10分ほどで、午後の授業が始まってしまう。
次の授業で使う教科書をロッカーから取り出している際に、ふと胸ポケットにさしたままだったボールペンに気がつく。


「投球の固さかあ…難しいなあ…」


これを回せば、何かいいアイディアが浮かぶような気がして、まるで魔法のペンにでも思えるそれをポケットから抜き取った。

乗り出すように、開けたままのロッカーのなかでペンを回す姿は、さぞ滑稽だろう。
そして案の定、ロッカーの中には何度もボールペンの転がる音が響いた。

その音が10を少し超える頃、私は開きっ放しにしたロッカーの扉に背中を預けるような体勢をとって、今度はボールペンを落とさないように指を弾く。
これだと、失敗すると当然廊下にボールペンが落ちるので、拾うために私はいちいちしゃがまなければならない。
そんな億劫な行動を避けるために、自然と弾き方が変わってくるだろうという単純な思考だけれど。
やっぱり、すぐに上手くなるものでもないのかなあ。


「指はこう」


突然。
本当に、それは突然。
ボールペンを弾こうとする私の手のすぐ横に、0.5ミリのシャープペンシルを握った手が並んで、綺麗な円を描いてくるりと回った。


「口の説明じゃ難しいよねェ?」
「あらきたくん…!」


どうりで手元が暗いと思った。
バッと振り返ると、開いた状態のロッカーの扉1枚を隔てたすぐ後ろに荒北くんが立っていて、私の頭上から覗き込むようにボールペンを見つめていた。

促すようにもう一度シャープペンシルがくるりと回ったけれど、私は手が震えてそれどころではない。
ロッカーの扉を挟んでいるとは言え、後ろには荒北くんがいて、その荒北くんの右腕は私の右側に伸びている。
私の左側には、教科書や辞書のつまったロッカー。
思いもよらない状況に、近すぎる荒北くんの声がくぐもって聞こえた。


「前から思ってたけど、名前チャン、指キレイだね」
「えっ?あ、荒北くんも、つめ…きれいだね…?」
「ハッ、疑問形?でも、アンガト」


これもクセだし。


そう言えば、荒北くんにクセがついたきっかけって、なんなんだろう。
私は、彼のことなにも知らないなあ。

それでもやっぱり私は荒北くんが好きなことには変わりはなくて、彼のことをもっと知れたら、なんてわがままが次から次へと溢れ出てくる。


「オレ、頑張ってる名前チャンって結構スキだわ」


「だからガンバレ」っていう言葉と同時に大きな手が頭に降りてきて、髪をひと撫でして離れていった。


「ペン回しが上手くできるようになったらさァ、オレの話聞いてくれる?」


教室に片足だけ踏み入れた状態で、こちらを振り返る荒北くんに、私はただ言葉なく頷くことしかできなかった。
荒北くんの姿が完全に教室に消えたのと、チャイムが鳴るのはほぼ同時だった。
私は慌ててその後を追い、午後の授業はすべてペン回しの特訓に費やすと決めた。

ところで、前から思っていたけどって、どういうことだろう。







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