ほつれて絡まり合った髪が頬に触れても、そこにくすぐったさを覚える余裕はない。

熱の籠もった吐息がもつれ合って、抑えきれずに零れそうになる感情を押さえ込むためにそれごと押しつぶすように唇を奪う。
緩急の先に不意に訪れた快楽に、思わず彼の下唇を柔く食んでしまう。
それでも彼は一切気にした素振りもなく、色っぽい声を含ませながら私の手に徐に触れて、その節くれ立った指を荒々しく絡ませた。
余程気にせず握ったのか、彼の人差し指と親指の間に、私の人差し指と中指が挟まれてしまった。
けれど私の顔に垂れて揺れる彼の髪に何も感じないのと同じくらい、指の絡まり方だってどうでもよかった。

結った髪から後れ毛がどんどん流れ落ちていくくらい、お互い行きずりのような身なりのままベッドで乱れていることは少しだけ気にかかったけれど。
まるでこの名前のない関係の適当な情事のようだ。

気の利いた装飾の一つもない簡素な部屋の、お世辞にも綺麗とは言いがたいチープなベッドでただひたすらにもつれ合う。

私の上で、歯を噛み合わせて眉を潜めている彼の名前はなんだっけ。
どうしてこの男とセックスすることになったんだっけ。
彼の声はどんな話し方をする人だっただろうか。

恋愛に順序なんて必要ない。
体だけの関係があったっていいと思う。
一夜だけの繋がりも、別に何も思わない。

けれど、妙に優しく触れてくる唇と重なり合うたびに、自分本位じゃなくて、私の身体に合わせて腰を打ち付けられるたびに、彼のことをもっと知りたくなる。
これっきりの関係にしたくないと、いつ擦り抜けていくかもわからないその体に纏わり付きたくなる。

ああ、彼の名前は確か―――プライズだ。
彼は私の名前を覚えているかはわからないけれど。

先に言い出したのは向こうの方だったか。
船旅が続いたんだと、そんな言葉の裏に欲求が見え隠れしていた。
だから私の方から誘おうしたら、女の口からそれを言わせるのは男じゃねェ、みたいなことを言われた気がする。
あまり正確には覚えていないけれど、不覚にもどきりとしたことだけはしっかりと覚えているものだからなんだか悔しい。

幼くして両親を亡くして、それからずっと今まで長いものに巻かれて生きてきた私にとって、とにかくこんな事態は初めてだ。

お金を稼ぐために身体を売ったり、たまに恋愛ごっこのような気持ちで金銭のやり取りはなしに抱かれてみたり。
そう言えば、今回もそんな感じだった。

それなのに、なんで私は彼に惹かれているのだろう。

名前と、船乗りであること以外の自身を多く語らない彼のことを、もっと知りたいと気持ちが逸る。
首筋に寄せられた唇のひとつひとつに、生娘のように心臓が跳ねた。

きっと彼は、ただの船乗りじゃない。

根拠はないけれど、なんとなく、強いて言うなら彼の纏う空気。
もしも殺気というものがあるとすれば、恐らくそれに近いのかもしれない。
快楽とは違う感覚で時折粟立つ肌が、もしかするとそれを感じ取っているということなのかもしれない。

けれど、彼がどんな正体であろうと今更私には関係ない。

劣情に揺れる瞳でこちらを見下ろしながら、優しげに微笑む彼が今の私にとってはすべてなのだから。

上り詰め始める呼吸と波に、少しずつ思考が薄らいでいく。

どうやって彼を引き留めるか。
どうやって彼との関係を繋ぎ止めるか。

私にとって最優先の課題だったけれど、この瞬間だけは彼から与えられる快感に溺れていたかった。

それからのことは、この後考えよう。







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