ふらりふらりと立ち寄った酒場の扉を力なく開き、雪崩れ込むようにカウンター席へと腰を下ろした。

すっかり顔馴染みとなった店主と目が合って、私が肩を竦めたのを見て彼も続いて肩を竦めた。
今日もダメだった、という合図だ。
店主の手が私のお気に入りの酒瓶に伸びたところで、オムレツのオーダーを追加する。

私がこの島に来て、早2ヶ月の月日が流れようとしていた。

"ある人"を探し求めて、故郷の島を発ったのが2ヶ月前。
故郷を飛び出すために動物たちを島の牧場に預けたのも2ヶ月前。

その"ある人"と最後に出会ったのは、8ヶ月前。

出会ってから旅立ちまでの半年間、私はその"ある人"とペンフレンドのような関係を築いていた。
とは言っても、"ある人"は海を征くお尋ね者―――海賊なので、居所は掴めずいつも彼が一方的に私の元へと時々手紙や贈り物を届けてくれていたのだけれど。

彼は私と別れる間際、とても自信に満ちた顔でこう言った。


「―――ま、そのうち俺様を恋しく思う日がくるぜ」


当然、何を馬鹿なことを、と言いたくてしかたがなかった。
彼は海賊で私は犯罪の"は"の字も知らない善良な一般人。
挙げ句の果てには、私の住む島から物資を盗んでいる最中に向こうからのナンパでこんな関係にまで発展したのだから、私から言わせれば「そんなわけがない」の一言に尽きる。

それだと言うのに、彼の手紙を読むたびに、なぜか胸のうちがじわりじわりと温かくなった。

手紙を書いた本人のギラついた見かけによらないその綺麗な字は、その日あった出来事や、たった1度だけ共有したあの日についてをよく記していた。
回数を重ねるごとに内容は少しずつ親密なものへとなって、最後の方は彼自身についてやとにかく私に会いたいという文面が目立つようになった。


「そんなわけがない」


最初にそう強く思ったはずなのに、その頃になると見事一変して、彼が最後に告げたように、私は彼を恋しいと思うようになっていた。
決定打は恐らく彼から"恋しい"という手紙を受け取った時からに違いない。
その切実な内容につられるように、私の気付かないところで芽生えていた気持ちが遂に姿を現してしまった。

ハメられたのだったとしたら、とてつもなく悔しい。
これが彼の策略の1つで、こうなるように最初から仕向けられていたのだとしたら、私の純粋な恋心を返してほしいところだけれど。

こうして、居ても立ってもいられなくなった私は二度目の航海を心に決めたのだった。
「名前ちゃんの相手が見つかるなら」と快く送り出してくれた島民のみんなには頭が上がらなかったし、こちらの都合で住み慣れた場所から引き離してしまった動物たちへの罪悪感もきっと一生自分のなかでは許されない。

けれど私は、それ以上にもう一度彼と会いたかった。

そして2ヶ月前からこの島に拠点を敷き、日々彼を探し回っていた。
手がかりがない状態ですんなりと出会えるわけもなく、定期的にこの酒場に通っては店主にネガを吐き出していた。
今日もそんなところだ。


「本当に見てないんですよね?」
「見かけたら真っ先に名前ちゃんに教えるに決まっているだろう」
「そうですよね…」


あれだけ目立つのになあ、とカウンターに突っ伏す。
頭の中を占めるのは当然"あの人"ばかりで、もやもやと思考が定まらない。

汗をかき始めたグラスを両手で握り、唇を湿らせるようにお酒を舐める。
こうして少しずつお酒を飲んでいれば、胸に突っかかっているものが徐々にどうでもよくなってくるのだ。
いつとも同じお酒を飲みながら、ふわふわのオムレツでお腹を満たして"あの人"に思いを馳せる。

ああ、今日も普段と何一つ変わらない。


「―――っ…!?」


カランッ、とスプーンがお皿に落ちる音が響いた。
そのスプーンがそのまま床に落ちてしまったか、それともお皿の上で揺れているのかはわからない。

突然真っ暗になった視界に、心臓が早鐘のように内側で鳴り響いていた。

視界を奪われた途端、それ以外の感覚がいやに鋭くなり、視覚以外の情報からこの状況を解明しようと体中が忙しなく働き出すのがわかった。

私の視界を防いでいるのは、手。
それも、大きくてゴツゴツとしている。
熱を感じるのは、私の体温が高くなったからなのか、それとも。

背中に触れる硬いそれに、あの日彼がつけていたアクセサリーが目蓋の裏に蘇る。
色も、形も、何もかも鮮明に。

一瞬にしてその場を満たした香りは、1日たりとも忘れたことはない。
恋しい、と思っていた香りだ。


「まさかお前の方からデリバリーされちまうとはなァ」


低い声が、耳元でそう囁いた。

目元を覆う手を振り解いて、私は相手の顔も見ずにその胸へと飛び込んだ。
押しつけた頬に、やっぱりあの赤いアクセサリーが触れる。
彼は私の行動に驚いた様子だったけれど、すぐにその声のトーンを高くして抱き締め返してくれた。
彼の知らないところで私の気持ちは傾いていたのだから、驚くのも当然だろう。


「ほらな、やっぱり言った通り、俺様が恋しくなっちまっただろ?」


それを真っ向から肯定するのはひどく恥ずかしくて、私は彼だけが気付ける程度に小さく首を縦に振った。
案の定それをしっかりと拾ってくれた彼―――プライズさんは、嬉しそうに鼻を鳴らして私の肩口に顔を埋める。


「俺様から会いに行くって言ったにも関わらず…いつもは届けるばかりだからな。向こうから返ってくるのは初めてだ―――嬉しいぜ、名前」


そう言って流れる所作で私の唇に触れたプライズさんに、開いた口が塞がらない。
さぞ間抜けな顔になっているであろう私を見下ろすプライズさんの眼差しは、どこまでも優しかった。


「さァて、兄上になんて言うかな」


なんてブツブツと独り言ちるプライズさんに首を傾げる私が、バウンティー海賊団に勧誘されて絶叫するのはもう少し後の話だ。







×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -