遂に舌が可笑しくなったか。
誰もが口を揃えて絶賛するサンジさんのご飯を食べていても、はっきりとした味が伝わってこないのだ。
そればかりか、大して食べ進めてもいないのにすぐにお腹がいっぱいになり、作ってくれた本人に何度も頭を下げながら綺麗に彩られたままのお皿をルフィに寄越す始末だ。

病気じゃないかと疑った。
それは私だけではなくナミたちも同じだったようで、流石に三日目にはチョッパーの受診を勧められた。
言われるままチョッパーに検査をしてもらったけれど、特に風邪や病気を患っている様子もなく、体は至って普通の健康体だった。
強いて言うなら、連日の小食が体重を僅かに軽くさせたくらいだ。

だとすれば、これは一体何なのだろう。

そして恐ろしいことに、私の身に起こる不調は日増しに増えていった。

例えば、上手く歩けなくなったこと。
例えば、口下手になったこと。
例えば、寝付きが悪くなったこと。

例えば、妙に溜息が増えたこと。

例えば、特定の場面に出くわすと、心臓の辺りが燃えるように燻ること。

ここまで来て、私は、ある一つのことに気付いた。
私がこの不可解な症状に苛まれる時、必ずと言っていい程にある人物が絡んでいるのだ。


「あんたそれ、恋煩いじゃないの?」
「こい…わずらい?」
「名前、恋をしているのね」


チョッパーに相談しても解決の糸口が見えず、軽い愚痴のつもりでナミとロビンにその話をした矢先、呆れたと言いたげな表情でその言葉が返ってきた。

恋煩い。
恋を煩う。
恋の病。

私が、恋をしていると言うのだろうか。

じわりと浮き出た汗が、顎を伝いながら落ちていく。


「―――サンジくーん」
「っ!」


じとりとした眼差しで私を睨め付けたナミが、不意にその名前を口にする。
私の体は自分でも解る程に跳ねたというのに、目敏くも間もなく聞こえてくるであろうその声を聞き逃すまいと聴覚が鋭くなった。


「はーい!ナミさん、何かご用ですかー!?」


聴きたかった曲のレコードを見つけた時のような高揚感が、サンジさんの声を私の中へと落とし込んでいく。
真っ白なミルクに広がるチョコレートの渦のような、甘くて優しい感覚に胸がくすぐったくてたまらない。

伸びきった鼻の下と連動しているのかと思うほどに蕩けた声に胸を躍らせていると、不意にナミの指がサンジさんの胸に触れた。
分かりやすく身を硬くしたサンジさんとの距離が、ナミの艶やかな笑みと共に一瞬にして縮まる。


「ねえ、私、喉渇いちゃったなぁ…」
「そうね、こうも日差しが強いと、何か飲み物が欲しくなるわ」
「は、はいィ…!サンジ特性スペシャルラブパワードリンク作ってきます!!」


待っててねェ〜!と台風のようにキッチンへと吸い込まれていったサンジさんの後ろ姿と、フッと口角を上げるナミの顔に心臓の辺りがまた燻った。

今のサンジさんは、私のことはまるで眼中になかったように思う。
思えば、彼が目の中にハートを浮かべるのは、いつも決まって私以外の人だった。
私は一度も彼の目の中にハートを見たことがない。
伸びた鼻の下と直面したこともなければ、あのクネクネとした動きだってそうだ。

悔しい。


「ほーら、その顔」
「……え?」


ナミの細い指が頬に刺さり、思わず強ばった表情で見つめ返してしまった。
それでもナミは笑っていて、構わずに私の頬の弾力を楽しんでいる。


「妬いるのね、ナミに」
「…そんなこと―――」
「ないわけないでしょ、いい加減にしないと怒るわよ」
「…ナミ怖い」


にぶちんのあんたを見てるとイライラしてくんの。


そう言い放ったナミは、私の頬から指先を離して頬杖をつく。
太陽の日差しを受けてきらきらと輝くオレンジ色の眼差しが、私の一挙一動を見逃すまいと動いている。
助けを求めるようにロビンに視線を移してみても、ロビンもロビンで楽しそうに目を細めてこちらを見つめていた。

まるで2人に心の内を見透かされているようで、その居心地の悪さに肩を竦めたと同時に、聞き間違えるはずのない足音が近づいた。


「お待たせ〜!サンジ特性スペシャルラブパワードリンクだよ〜!」
「あら、ありがとう」
「名前ちゃん、召し上がれ」
「あ…ありがとう…」


私が座っている椅子の背もたれに腕を乗せながら、ナミやロビンと同じドリンクが差し出される。
恐る恐る見上げてみれば、やっぱりその目にハートは浮かんでいなかった。
少しばかり期待はしたけれど、想定内のことではあったのでショックは少ない。

ハート型にくるんと曲がったストローに口をつけ、曰くラブパワードリンクを喉へと流し込む。
パインのさっぱりとした甘さのなかに、グレープフルーツの爽やかな酸味が混ざり合い、その美味しさに思わず頬が緩んだ。
奪われた体力が戻ってくるようだった。


「夏島が近いからね。夏バテ対策ができるドリンクにしてみたよ」
「う、うん!これ、すごく飲みやすい」
「そりゃ良かった。
 名前ちゃん、汗掻いてるみたいだったからさ」


そう言うサンジさんの手が私の頬に伸びたかと思うと、そこを伝っていたであろう汗を大きな手の甲が拭き取っていった。

待って。
今、私は、何を、された。

思わず体が硬直して、夕日のような色をしたジュースの水面から目が離せない。
サンジさんを、見られなかった。


「あら、よく気が利くじゃないサンジくん」
「そうね、3人のなかで名前だけが汗を掻いていたもの。
 心配だったのかしら?」
「あ、あまりからかわないでよ…」


珍しく弱々しい声が、私の鼓膜を撫でる。
仕込みの続きしなきゃ、と遠ざかる足音が、どこか慌ただしかった。

サンジさんがいなくなったことによって訪れた沈黙の中で、私は必死に思考を巡らせる。

素直に動かない首を動かして目の前の2人を見やれば、ナミには溜息を吐かれ、ロビンにはクスクスと笑われた。


「名前のこと、じっくり見過ぎだっての」
「どうしてあの熱視線に気付けないのかずっと不思議だったのだけど…そうね。
 サンジが名前を見ている時は、名前もサンジを見ていないもの、無理もないわね」
「むりむり」


2人の会話に、私の頭は混乱しっぱなしだ。
第三者からでないと知り得ない事実に、じわりと顔に熱がのぼる。

すっかり水滴を浮かべた手元のグラスが、まるで今の自分と重なった。
夕日色のそこに、自身の恋心と心境をそれぞれ浮かべてから飲み干す。

私に対するサンジさんの反応の真相は解明出来たとしても、新たに浮き彫りになった事実たちに、私の恋心はまだ当分治りそうにもなかった。





いつも素敵な夢絵を描いてくれる友達に捧げます!







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