忙しなく動き回るその姿を見るのが好きだった。

キュッと引き締まった細い腰が、体の動きに合わせて揺れたり折れたりする様子。
水作業をするからと、肘上まで捲り上げられた袖から伸びる逞しい二の腕。
調理台を見下ろすその後頭部からは、金色の髪がサラサラと下に向かって垂れ下がるように流れている。
普段あまりお目にかかることのないその項に、人知れずドキリと鼓動が加速する。

料理をするサンジさんの姿には、まだまだこんなにも知られざる魅力が詰まっていたのか。

彼に手伝いを申し出ても、それはいつもやんわりと断られてしまう。
意地でも調理場に居続けるためには、サンジさんから仕事をもらうのではなく、自らの仕事のためと称して居場所を確保しなくてはならなかった。

しかし、現在は太陽が真上に昇った昼時。
生憎、調理場で行わなければいけない個人的な作業が見当たるような時間ではない。
おやつタイムの手前であれば、注れてみたい紅茶があるとでも理由をつければ簡単だったのだろう。

そんなこんなで私が無理矢理見つけた作業と言えば、何も今しなくてもと思われているであろう縫い物だ。
少し破れてしまったチョッパーの白衣と、ボタンが取れかけたルフィの服を持って調理場に席をひとつ確保した。
「この時間はここが1番明るいから」と最もらしい理由をつけて顔を覗かせた私に、サンジさんは「名前ちゃんと一緒にいられるなら嬉しいぜ」と目を細めて柔らかく笑った。

その笑顔にすっかりあてられた私は、当然自分に課した作業に集中なんてできるはずもなく、先程から手元ではなく目の前のサンジさんに釘付けだ。

油が敷かれたフライパンの上で、食材が炒られる賑やかな音。
手際よく次々と食材を放り込んでいく傍らで、軽快なリズムでフライパンの中身を炒めるその手つきに思わず溜息が出そうになった。
サンジさんが少しだけ横にスライドして、フライパンの隣で火にかかった寸胴鍋の中身を掻き混ぜる。
グツグツという音と共に、よく煮込まれたコンソメの香りが鼻腔を擽った。
お鍋を掻き混ぜた後は、無駄のない動きで調理台に食器を並べ、出来上がったお料理の盛り付けを始めていく。

調理場にいる時のサンジさんは、まるで魔法使いのようだと思う。


「―――痛っ」


ちょっとした演奏会のようだ、なんてこっそりと笑みを深めたところで、不意に走った指先の痛みに思わず声が上がった。
痛みのある箇所に視線を落とせば、そこにはぷっくりと血が盛り上がっていた。

初歩的なミスに、やってしまったと肩を落とす。


「見せて」


油のにおいが濃くなり、手元に影が落ちたかと思えば、針を刺した方の手が掬われる。
その手を追うように顔を上げれば、自身の指先がサンジさんの口の中に吸い込まれていく光景が生々しく目に焼き付いた。


「サ、サンジさ…!」
「手元を疎かにして、女の子が怪我なんかしちゃいけないよ」


おれのことばっかり見てたでしょ。


ギクリ、と体が強ばった。

サンジさんはずっと私に背中を見せていたはずだ。
それなのになぜ、私がサンジさんのことを眺めていたのだとバレてしまったのだろうか。

ずっと火元で作業をしていたせいで、とびきり熱を持ったサンジさんの骨張った手。
そんな手に包まれた私の手はひどく小さくて、心臓が悲鳴を上げる。
ほんの一瞬だけ触れたサンジさんの舌は柔らかくて、それでいて生暖かい温度が妙に艶めかしい。
伏し目がちの右目が、私の姿をまったりと捉えて離さなかった。


「ここはおれのテリトリーだぜ。
 名前ちゃんがこの部屋にいる時、いつもどこを見ているかなんて簡単なことだ」


そう告げられたサンジさんの言葉に、私は白旗を揚げるしかなかった。
それでも最後の意地なのか、素直にサンジさんに心の内を明かすようなことはせず、目だけで色々な感情を訴えかける。
認めます、好きです、でも今は言いたくないです、恥ずかしい、ずるい、エトセトラ。

だけど、私は忘れていた。


「言わなくていいよ。むしろ言わないで。
 ―――そういうのはおれから言わせてもらうから。もちろん、今じゃないけどね」


そう言えばサンジさんは、調理場では魔法使いだった。







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