私や、私の大切な人にとっては最高の日になるはずだったというのに。
無情にも"やらなければならない事"が、容赦なく私のスケジュール帳のその空間に居座っている。

私の気持ちを表したかのように、ピンク色のペンで書かれた文字の上から幾重にも×印がつけられていた。

出来ることならずっと落ち込んでいたいところだが、時間がそれを許してくれるはずもなく、携帯のアラームに急かされた私は急いで家を飛び出した。
ご近所さんの「今日は暖かいですね」なんて一言から簡単に花を咲かせる井戸端会議を耳に入れながら、礼儀として「おはようございます!」とだけ短く挨拶し、返事が返ってくるのも待たずに私はその傍らを走り抜ける。
ただ「今日もマネージャー業頑張ってね」と少し張り上げられた声には、お礼の意を込めて手を大きく振り替えした。

今時こんな住宅街を短パンで駆け抜ける少女なんて珍しいだろう。
なんて自嘲気味に思いながら、私はずり落ちそうになるレスポートサックを左手で支えながら学校を目指した。





「あ!おはよう、名前」


グラウンドを囲うフェンスに盛大な音を立ててしがみ付いたその5秒後に、右側から今日の気温のような朗らかな声がかけられた。
遅刻して監督に怒られる覚悟で来たつもりが、私を怒ろうとする人物は一人もいなかった。
言葉そのままの意味で。


「ち、千代…、部活って…」
「うん、今日はいつもより1時間遅い始まりだよ。
私は一足先に下準備だけしとこうと思って」


ベンチ周辺に視線を遣れば、部誌、ウォータージャグ、トンボ等の部活用具が目に入った。
私が必死で走ってる間にも千代がここまでしてくれてたのかと思うと、関心と尊敬の念しか浮かばない。


「千代、ごめんね…私もっすぐに、手伝うから…!」
「あ、ううん。名前はちょっと休憩した方がいいよ」
「私、ならっ大丈夫、だよ!」
「息切れてる」


千代は私の肩を押して、部誌のすぐ隣に腰をかけさせる。
満面の笑みを浮かべた千代は、休憩したら手伝ってと言ってグラウンド整備の仕事をし始めた。

初春の暖かな陽射しが降り注ぎ、草花の香りを乗せた風が緩やかに頬を撫でる。
あまりの過ごし良さに、休憩どころか休息の域に入りそうになった刹那、私はハッとして立ち上がった。


「ちーよー!」


両手でメガホンを作って少し離れた場所にいる千代に呼びかけると、同じように「なあにー?」と大きな声で返事が返って来る。


「お誕生日、おめでとー!!」


3月25日は、千代の誕生日。
先月からこの日は一緒にお出掛けしようねと約束していたのだが、突然食い込んできた部活という障害に阻まれやむを得なくなった。
だから私は今朝、とてつもなくブルーな状態だったのだ。


「次のオフの日、絶対にお出掛けしようねー!」


そう続けて言うと、少し間が置かれて「ありがとー!名前大好きー!」と返事が返ってきた。
これで私の気も晴れたのか、部員達が集まる頃にはすっかり元気を取り戻していた。






2018.11.22







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