足元を吹き抜けた風にさらわれて、ふわりと舞い上がったサーキュラースカートを慌てて抑える。
すると今度は後ろ側が揺れ、昨晩の自分にそのスカートはやめておけと忠告したい気持ちが溜息となって溢れた。
沖縄は日本で1番風が強い土地だと、どうしてもっと早くに教えてくれなかったのだろうか。


「あーもうなんで抑えちゃうの」
「逆になんでですか!」


少し腰を屈め、下から覗き込むように首を傾げるその姿は、間違いなくこの男の持つ下心の具現化だ。
隙あらば下着を盗み見ようと―――否、堂々と覗き込もうとする男が自分の先輩かと思うと、若干のやるせなさすら感じる。

先日、エデンのマスターに告げられたのは、沖縄で開催される野外ライブにBLASTが招待されたという、BLASTにとってなんとも目覚ましい報せだった。
ただし、遠征費は自己負担という扱いだったので、BLASTには越えなければならいものがまだまだあることを痛感したであろう。
BLASTの名を売るチャンスだと招待を受けたはいいものの、BLASTの本業は学生とバンド活動。
遠征費の収入源など、自室にある貯金箱を叩き割っても足りない。
そこで、唯一身近にいる大人であるマスターから遠征費を返済期限付きで立て替えてもらい、沖縄にいる間は海の家でバイトをするという彼らなりの返済計画が立てられたのだった。

その中でも最も疑問で仕方がないのは、私に白羽の矢が立ったことだ。

3日前、同じクラスであるBLASTのドラマーの徹平くんから連絡が入り、沖縄について来て欲しいと藪から棒に告げられたのだ。
最初は当然断ったものの、私の弱点でもあるワードを出されれば頷く他ない。


「大和先輩がどうしてもって聞かねェんだよ」


「やだ」と「頼む」の応報の狭間に突如放り込まれた一文に、私は白雪徹平という男に弱みを握られていることを改めて思い知らされる。
既読を付けてから数分の間を置いた後に了解のスタンプを送り、秒で返ってきた大喜びをしているスタンプを睨み付けた。


「2人きりの時間作ってやるから」


スタンプに続いて送られてきたメッセージに対して、もはや何も返すことができなかった。

こうして、BLASTの臨時アシスタントに任命されたのだった。
そしてその矢先。
BLASTが招待された野外ライブはバラード限定のイベントだったことが発覚し、残された僅かな時間で宗介先輩がバラードを1曲書き上げることとなった。
ただでさえバラードを作ったことがないと言うので、ここは作曲に専念してもらえるようにと、気付くと自ら宗介先輩の穴埋めを買って出ていた。
それでこその臨時アシスタントではなかろうか。

お小遣いを前借りしてまでやって来た沖縄だと言うのにも関わらず、観光そっちのけでバイトに勤しむ未来は流石に予想はできなかったが。
しかしまあ現金なものであり、他所の地に大和先輩と一緒にいられるだけで私の気持ちは舞い上がっていた。


「いやあ、名前ちゃん効果で結構捌けるね」
「いえいえ、翼先輩のセールストークのおかげですよ」


ドリンクの歩き売りを任された私と翼先輩は、売り始めた頃に比べるとすっかり寂しくなってしまったクーラーボックスの中身を補充するべく踵を返す。

沖縄の人は夏になっても海で泳がないという話は本当らしく、絶好の海水浴日和だと言うのに見渡す限りの観光客だ。
それも、カレンダー的に長期休暇のない日程なので、そんな観光客自体もそれほど多くはない。
そんな条件下でのこの売れ行きはまずまずだろう。

氷が溶けて重くなったように感じるクーラーボックスを運んでいると、海の家から飛び出した茶色い頭がこちらへと向かってくるのが見えた。

途端に、背筋がピンと伸びる。


「名前ー!徹平が休憩行ってこいってさ」
「や、大和先輩!おつかれさまです!」
「おつかれ!名前は元気だな!」
「元気だけが取り柄です!」
「俺もだ!」


歯を見せて笑う大和先輩の背後から、またあの潮風が吹き付ける。
刹那、大和先輩の右手が風に煽られかけた私の帽子を抑えた。
帽子越しに、彼の大きな手が私の頭を包み込む。
熱なんて伝わらないはずなのに、なぜか、大和先輩の指が触れる箇所が熱かった。


「名前、頭ちっせぇな!握り潰せそうだ!」
「こ、怖いこと言わないでくださいぃ…!」


たまに突拍子もないことを口走るが、それすらも心がむず痒くなるほどに大和先輩が好きだ。

じわりと頬の熱を感じていると、不意に手の中からクーラーボックスの存在が消える。
慌ててその行き先を目で追えば、翼先輩が1人でクーラーボックスを抱え込んでいた。


「いいよ、これは俺が運んでおくから、行ってきな」
「おう!ありがとうな、翼!」
「言っとくけどお前のためじゃねーからな!」


そもそも何でよりによってお前なんだよ!と目尻を釣り上げた翼先輩が、大和先輩のふくらはぎを足蹴にする。
蹴られた本人はまったく動じた様子もなく、ただ声をあげて笑っているのだからなんともシュールだ。

なんだかんだで、翼先輩はこうして私を応援してくれる優しい先輩だと思う。
徹平くんも徹平くんで、あの時の言葉を実行してくれたわけだ。
2人お言葉に甘えて、大和先輩と肩を並べて砂浜を歩けば、きめ細かい砂に足を取られて上手く歩けない。
先程までは普通に歩けていたのに、大和先輩と2人きりになるとこれだ。


「しっかし暑いなー。
いいなー海入りたいなー」
「サンセットバラードが終わったら入りましょうね」
「そうだな!まずはサンセットバラードだ!
BLASTのバラード、どんな曲になるか楽しみだな」


他愛もない話をして、大和先輩を追い抜いたり、追い抜かれたり。
ビーチサンダルのまま、少しだけ波打ち際を歩いてみる。
汗ばむ気温のなか、皮膚に染み入るように広がる冷たさが気持ちよかった。
どこまでも透明な海面に反射する日差しが、まるで大和先輩を前にした時の自分の気持ちのようで思わず笑みが零れる。


「おりゃ!」
「きゃ!や、やりましたね!」


そんな私の思考をかき消すように背後から飛んできた水飛沫に、そう言えば大和先輩にムードを求めるのは難しいことを思い出す。
いつまでも少年のままの大和先輩は、案の定、景色の美しさに浸るよりもアクティブな動きを見せた。
やられっぱなしでは悔しいので、私も精一杯の反撃を試みる。
しかし流石元球児の大和先輩は動きが俊敏で、なかなか狙いが定まらない。
挙げ句の果てには浜辺もフィールドへと変わり、水の掛け合いから追いかけっこにまで発展してしまった。


「もう!大和先輩ばっかりズルいです!」
「甘いな名前、この世は弱肉強食だ。
名前は間違いなく弱肉のほうだからな」


私を弱肉と称してこちらを見据える目に、どきりと胸が高鳴る。
ぎらりとした、鋭い眼差し。
まるでライブの時にしか見せないような、爛々としたそれ。

私の好きな目だ。

思いがけないそれで見つめられた私は、誤魔化すように大和先輩目掛けて走り出した。


「―――わ…!」


そして、本日3度目の風が私の足元を掬った。
あるはずもないが、あまりにも突然のことだったので、体が宙に浮いたような感覚を覚える。
砂浜だし、転んでもそこまで痛くはないだろうな、なんて余裕のある思考で傾く景色を捉える。


「すっげェ風だったな。
大丈夫か、名前」


大丈夫ではない。
転ぶつもりでいたところを強い力で腕を引かれて、反動を受け止めるためにその胸に押し付けられて、大丈夫と言えるはずがない。
私も私で無意識とは言え大和先輩に抱き付いているあたり、冷静な状況であればちゃっかりしているなと自己分析ができただろうに。

ぎゅっと握りしめたシャツの模様を、ただただ視界に入るだけの情報として眺める。
息を吸い込むたびに、焼きそばのソースと、大和先輩の汗と、私の好きな大和先輩の匂いがした。
頭がくらくらする。


「―――楽しいな、名前」


大和先輩にとっての"楽しい"は、一体どれなのだろうか。

言葉と共に背中に回された大和先輩の腕の熱さに、なんだか泣きそうになる。
肩口に触れる大和先輩の唇を感じながら、私はもう降参だと言いたげに小さく首を縦に振った。







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