ダンテさんの言葉はどれも死角のない自信や威厳、そして絶対的な力強さを秘めていた。
彼が右と言えば正解は右なのだと思わされるし、彼が少しでも焦りを見せればそれはとてつもない焦燥感へと姿を変える。

とにかく、完全なアウェーである私にとって、この場所においてダンテさんの存在は心底頼もしい。

無理矢理押し付けられたチューナーという役割だが、私にとって良い結果しか残っていない。
エデンの常連バンドである彼らを救出できたのも、何を隠そうダンテさんのおかげだ。
最初は何が何だか分からぬままに振り回されていたのに、今となっては私がダンテさんを振り回していたように思う。
それでもダンテさんは怠色を一切見せず、協力的に一躍を買ってくれていた。

時間にすれば短い時間だが、私の中でのダンテさんの印象は確実に変わってきている。
もちろん、良い方向に、だ。


「曲、取り返せてよかったです」


畳み掛けるようなエンカウンターデュエルの波が落ち着いた頃、気の緩みと共に意図せずして言葉が漏れた。
決して相槌を求めるつもりのそれではなかったが、敬語になってしまった時点で、私はダンテさんの絶対的な言葉を無意識のうちに望んでしまったのだろう。

しかしダンテさんからの返答はなく、思わず歩みが止まった。
私は、彼の言葉を求めている。

振り返った先のダンテさんは、先程までの愉快そうなそれなどではなく、どこか不機嫌そうにむっつりと柳眉を寄せていた。
波打つ口元が彼の機嫌を物語っている。


「…ダンテさん?」


改めて、私は彼のことを何も知らないのだと思い知らされた。
逸楽した様子や、真っ向から音楽に向き合う姿勢、そして時には静かに燻る憤怒を抑えたそれは見てきたが、このように感情の読めないダンテさんは初めてお目にかかる。
否、捉えどころのないと言う意味では今も変わらずにそうなのだが、言葉そのままの意味として今のダンテさんは理解に苦しむ。

何か言いたげに、だがその口は開こうとしない。
そんな様子にもどかしさを覚え、私は数歩進んだはずの足を戻した。


「ダンテさ―――」
「気に食わない」


何が、と考えるよりも早く、掴まれた腕の圧迫感が脳に信号を流した。
彼の大きな手の平は私の二の腕をいとも簡単に絡め取り、4本の指先だけが皮膚に沈む。
乱暴に引き寄せられ、もたつく足元を労わる暇もなく彼を見上げる。

5秒。

煉獄の炎のような赤と見つめ合い、その赤が揺らいだと思った刹那、ダンテさんに噛み付かれた。


「―――っ…た…!」
「まだ一度も、俺にはそんな面を見せてはいないな」


噛み付かれた箇所が熱を帯び、じわりと血の滲むような感覚が走る。
突然の痛みに視界がぼやければ、眼球の奥が鈍く痛んだ。
痛みが次第に警鐘を鳴らし、思わず掴まれたままの腕を大きく振り払う。
それでも屈強な男からの拘束が許されるはずもなく、向かい合うつま先の距離が更に縮まった。


「お前は俺のチューナーだ。
俺に正しいリズムを教えるはずのお前が、何故俺のリズムを乱そうとするのだ」
「な…に、言って…」


感情のままに曝け出される彼の焦りとも取れるそれが、私をとてつもなく不安にさせた。

髪を掬われ、その流れを辿るように後頭部に手が差し込まれる。
その手が引かれれば、体はいとも簡単に傾いた。
噛み付かれた傷に舌先が触れ、濡れた吐息に胸が熱くなる。


「認めたくはないものだな」


強いられたつま先立ちに耐えきれずに、遂にダンテさんの胸元に手をついたと同時に唇が塞がれる。
自尊と賞美を音にするその唇が、すっかりと私を呑み込んだのだ。


「―――だが、認めざるを得ない」


弄ぶのを辞めたように離れていくそれに、寂しいと思う自身にハッとする。
どうやら私も、認めざるを得ないのだろうか。
否、気付かされたと言うべきか。


「奴らと親しむお前を見て、まさかこの俺が悋気するとはな」


ダンテさんに抱き始めていた良い印象は、思っていた以上のスピードで加速していたらしい。
子供じゃあるまいし、違った順に不満を垂れる気は更々ない。
むしろ、四響と呼ばれ崇められる彼に女として見られる性の愉悦が遥かに勝る。


「……でも、だからと言って、彼らをこのまま見捨てることはできませんよ」
「俺を顎で使う女は後にも先にもお前くらいだろう。
―――全ての紛糾が収束する頃だ。
覚悟しておけよ、名前」


追い抜き様に口角を上げたダンテさんに、こちら側の口角はひくりと震えるばかりだ。
彼が意外にも嫉妬深い性格なのだと判明した今、軽率に行動するのは自分の首を絞めかねないだろう。

長い脚で闊歩するその大きな背中を追いかけ、私だけが許された彼のパーソナルスペースにそっと踏み込んだ。

やはりダンテさんは、絶対的な力強さを秘めている。







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