レイくんと私の関係としては、とても簡潔に、ただの同級生。
高校時代の最後の年に同じクラスになって、まあ、あの容姿だから学校ではちょっとした有名人だった彼のクラスメイトという肩書きは存外悪いものではなかった。
なんて謙虚に表現してみたものの、正直に言うと優越感を覚えざるを得ない。

それでも、その優越感は所詮その程度。

レイくんは、あまり女の子と会話をしない男の子だった。
クラスの数人の女の子はどうにかしてレイくんと仲良くなろうと試みていたけど、それでも一定の距離感を保たれたまま、お腹を抱えて笑い合えるほどの仲は築けなかったらしい。
当然、その先の関係も然り。

どことなく、レイくんには影がある。
暗いだとかそう言うわけではなく、顔に貼り付けられた笑顔が、なんとなく本物ではないような気がしていたのだ。

きっとレイくんには、私たちの知らない影がある。
そしてそれは間違いなく、今後語られることもないだろうし、知る由もないだろう。

だからこそ、そんなレイくんに惹かれたのかもしれない。

レイくんが私の一列後ろの真反対の席であることを良いことに、事あるごとに彼を盗み見ていた記憶がある。
プリントを配る時だったり、本当にふとした瞬間だったり。
最初はその綺麗な横顔を眺めることが些細な幸せだったのに、ある日突然、その日課と別れを告げることとなった。





「レイくん、バンドやってたんだね」


記憶の中にある、授業中に机に隠れて指を動かす彼の姿が一瞬にして蘇る。

動揺が現れないように咄嗟にグラスに口を付け、黄金色のそれを一口含んだ。
最近覚えたばかりの、白ワインをジンジャエールで割ったもの。アルコール。
日本では、成人した者のみの飲酒が認められている。
グラスについた口紅の跡に眉をひそめながら、
オペレーターの炭酸を口の中で潰してから嚥下した。


「ね、全然知らなかった」
「でも名前、レイくんのこと好きだったよね」
「それはもう過去の話です」


私が彼に抱いていた感情を唯一知っていた友人が、懐かしいねとケラケラと笑った。
本当に、懐かしい。

法律や学校、教師や両親に守られるだけの18歳だった私たちは20歳となった。
たった2年、されど2年。
同じ学び舎で3年間を共にしていたみんなも、この2年でそれぞれの道を歩みだした。
もちろん私もそのうちの1人で、結局本人に告げることのなかった甘酸っぱい想いにも蓋をしたのだ。

誰かが面倒臭い幹事を担ってくれたおかげで叶った同窓会。
あの有名人だったレイくんがバンド活動をしているという風の噂のもと、インターネット世代の持てる限りの力を振り絞り、探し当てたレイくんとそのバンドを同窓会に呼ぶことに成功したらしい。
最初は同窓会の会場がライブハウスだったことに疑問を抱いたが、レイくんとそのバンドが来てくれるという情報を把握して納得した。

学生の頃からギターを弾くのが好きだったようだし、きっと上手なんだろうなあ。
そう言えば、レイくんがギターを弾いてるところって見たことないなあ。

しっかりと閉めたはずの蓋があまりにも騒ぐものだから、それを抑えるようにちびり、とオペレーターに舌を触れさせた。


「あ、レイくんだよ!」


セッティングされたステージに、フォーマルなスーツに身を包んだ男の人が4人並び出す。
友人に腕を引かれ流れ着いた先は、ああ…すごくかっこよくなってる。
あの頃よりも髪が伸びたレイくんの前だった。
前とは言っても既にステージの付近は人が集まっていたので、人の列にして6列目くらいだろうか。
ヒールを履いている女の子が多いので、よく知るライブみたいに人と人の間がなくなっているわけではなく、ゆったりとスペースのあいた並びだ。
私もヒールを履いているおかげでいつもより少しだけ目線が高くて、2年振りに見るレイくんのその綺麗な横顔を改めて視界に捉えた途端、何故か泣きたくなった。


「えっと、各々募る話もあると思うんですが、一旦こっち注目で!
あのレイ・セファートくんが現在バンド活動をしているとのことで、お願いしてそのメンバーも連れてきてもらいました!」


幹事のマイク慣れしていない声が、レイくんとそのメンバーを紹介していく。

レイくんはこのメンバーとバンド活動をしているのか。
仲はいいのかな、とか、どんな音楽を作り上げているんだろうとか、次から次へと彼に関する興味が湧き上がった。

どうやら、蓋は既に開いてしまっているらしい。

会場の灯りが落ち、ステージライトが空間を象る。
ボーカルの力強い歌声。
心臓を震わせるドラムの音。
低く心地よく響くベースの音。

それから、レイくんの音。

ギターのことはあまり詳しくはないけれど、指の動きや音色から伝わってくるものがあった。
何よりも、レイくんのあんなにも楽しそうな顔は、初めて見る。

他のメンバーには申し訳ないと思いつつも、レイくんから目が離せない。
1秒ごとに変わるレイくんを見ていたい。
昔、教室でそうしていたように。


「―――あ…」


思わず漏れた声は、オシリスの音楽にかき消される。

ギターソロで躍り出たレイくんに、ステージ付近を陣取っていた子たちから黄色い悲鳴があがった。
ライブ慣れしている子もちらほらといて、手でハートを作ったり、手をひらひらと揺らしている子もいる。

すごいな、なんて遠目に見ながらふとレイくんに視線を戻すと、その青と、ぶつかった。
まるで私とレイくんだけの空間のように感じて、鼓動が速くなる。
なにもかもがスローに見えて、この瞬間が永遠に続くのではないかという錯覚すら覚える。
数秒視線が絡み合ったまま見つめ合っていると、レイくんの片目がほんの一瞬だけ閉じられた。

咄嗟に口元を塞ぐ。
そうしないと、思い出が暴走してしまいそうだった。
手の平にあたる吐息が熱い。
ステージを見ているはずなのに、目の前に広がるのは学生時代のシーン。

あの日、いつものようにレイくんの横顔を盗み見ていた時。

自分の指先や手、もしくは机の上のノートしか見ていなかったその青が、まるで当たり前の動作のように私の目を捉え返した。
完全に油断していた私はその眼差しに捕まり、身動きが取れなくなってしまった。
けれどレイくんはさして興味もないようなそれで、再びギターのコードを宙でなぞった。

私がずっとレイくんを見つめていたことに対して、レイくんが何も感じていなかったことが悲しかった。
まあ、特に話しかけたりするようなこともなかったので、私なんて数いるクラスメイトの1人という枠組みでしかないのだから仕方ないけれど。
そう思った途端、まるでレイくんから逃げるように、私はその日からレイくんを目で追うのをやめてしまった。
レイくんへの気持ちを全部箱に詰めて、しっかりと封をしたはずだったのに。

蓋のなくなった箱から飛び出してくるのは、あの時、レイくんに恋い焦がれ続けた日々の思い出と感情。
2年の年月を重ねた私には少し照れ臭ささえ感じる淡い恋心だったが、その恋心は、20歳の私に合わせて形を変えていく。

今度は逃げない。

レイくんが私にウインクをした意味を、しっかりと紐解きたい。
もっとレイくんのことを知りたい。
それから、もっと私のことを知ってほしい。

私は空になったワイングラスを握り締め、ライトのもとで笑みを浮かべるその綺麗な横顔を眺めた。







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