元より女の子に弱い性格だと自負していたが、それが彼女相手になるとここまで拗らせるものなのかと自分でも感心してしまう。

それは、俺の大事な彼女である名前が漏らした些細な一言。
名前の言葉でなければ間違いなく、そうなんだ、で聞き流していた。


「翼、ギター弾けるの?」
「ベースとはちょっと勝手が違うけど、宗介が弾いてるところを見てるからな」


器用貧乏もたまには役に立つ。

少しばかり落ちた陽が差し込む教室の一角で、俺と名前は向かい合っていた。
俺の腕の中には、わざわざ頭を下げて借りた宗介のアコースティックギター。
チューニングの最中、大人しく膝の上で手を握り締める名前が視界に入り、なんで改まってんのと笑いが漏れた。

いくら順応性が高い俺でも、弾いたことのないギターでいきなり難易度の高い曲は紡げない。
ここは無難に簡単なやつを、と予め用意しておいた譜面を広げ、弦に指を滑らせる。

8cmのCDとカセットテープでしか聴いたことのない曲。
90年代初期の曲ではあるが、様々な歌手にカバーされ、最近だとCMでも使用されていた。
曲の知名度的に名前もなんの曲かわかったようで、途端にその表情を輝かせた。


弾き語りってかっこいいよね。


名前のその一言は、俺の意地と闘志を燃やすには十分だった。
ギターを弾けるやつはすぐにベースも弾けると言うが、その逆はなかなかない。
けど本気を出した俺にかかれば、簡単なものなら数時間練習すればそれなりに弾けるものになった。

放課後、名前を誘って誰もいない教室で佐伯翼リサイタル。
当然喜んでくれるだろうかと不安ではあったが、この様子を見る限りだと大成功だ。

二人が交わした初めてのキスの思い出を辿るように、歌詞の一つ一つに合わせて意味深な眼差しを送れば、名前も同じシーンを思い出しているのか少し恥ずかしそうに口元を結んでいた。

あの日の夜は、感動と興奮でなかなか寝付けなかった。
触れた唇の柔らかな感触と、強く閉じられた瞼が震えていたこと。
掴んだ肩の細さに驚いて、それからじわじわと首筋から登りつめる熱。
満たされた胸の中に、なぜだか泣きそうになったのをよく覚えている。

長い曲ではないので、俺がアレンジしない限りはものの数分で終わる曲だ。

けど、今はその数分ですら長く感じる。

頬を染めながらも、嬉しそうに俺の演奏に耳を傾ける名前に触れたくて堪らない。
最初はかっこいいと思われたいがためにやろうと決めた弾き語りだったが、今となっては俺と名前にしか共有できないやり取りのように感じられた。
そこはかとなく漂う特別感に、ますます目の前の彼女に惹かれていく。


「―――っ」


我ながら、堪え性がない。

最後のコードを奏で終えるや否や、感想を紡ごうと開いたばかりのそれを塞ぎにかかる。
下心を持った触れ合いではなく、ただ純粋に、名前に触れていたかった。


「……俺の弾き語り、どう」


ゆっくりと持ち上がる双眸を見つめながら、意地の悪いタイミングで感想を求めれば、愛しい眼差しがゆるゆるとこちらを捉えた。
ゆったりとした視線の交わりに、どこか懐かしさを覚える。
ああ、そうだ。
付き合う前に抱いていた緊張感と高鳴りだ。

一字一句逃すまいと、俺は名前の小さな唇の動きを目で追う。


「―――もっと好きになっちゃった」


耳朶を擽ったその囁きに、今までにない幸福感を覚える。
衝動のままにその体を抱き寄せることで、今にもはち切れそうな満ち足りを分散させた。


「想像してた言葉より100倍嬉しい」


感覚だけで椅子の脇にギターを置き、にやにやと弧を描いている唇にまた口付けてやれば、その拍子に漏れた吐息は確実に笑っていた。
あーあ、幸せそうに笑ってくれちゃって。

借り物のギターを直置きしてしまったことへの反省の意は、名前とのキスを十分に堪能した後の話だ。







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