いいなと思っていた。
羨ましい。
ずっと、そんなふうに思っていた。


「あんたも早く好きな人くらい見つけたら?」


恋をすると、女の子は綺麗になれるんだって。
毎日がきらきらして楽しい。
そう言ってはにかむ麗華ちゃんの顔は、恋をする女の子だった。
本当にその人のことが好きなんだなって、綺麗に整えられた爪からも伝わってくるくらいに。

羨ましかった。

好きな人とは、見つけるものではなくて、出会うものなのではないだろうか。
そんな思いが隔たりになっているせいか、私には彼氏どころか好きな人さえできなかった。

そんな私を見かねた麗華ちゃんが、あの人はどうだこの人はどうだと色々とアドバイスをくれた。
けれど、どの人もピンとこない。
誰かを追いかけるよりも、今まさに目の前で恋をする女の子を応援している方が数百倍も心が躍る。
そんな感じで麗華ちゃんの恋愛話に相槌を打ってきた。


「名前の惚気話、ほんと一体いつ聞けるんだろうね」


麗華ちゃんにそう苦笑いを浮かべられた私が、誰かに熱く焦がれるのはそう遠くない話だった。

学校が終わるとそそくさと帰って行ってしまうようになった麗華ちゃん。
定番になっていた放課後のガールズトークもキャンセルで、週末のカフェ巡りも開催未定。
LINEをしてもなかなか既読にはならなくて、ようやく夜中に既読がついても返事はこない。
心配になって詰め寄ると、小さな声で、ダイエットを始めたんだと言った。
痩せて、綺麗になって、大好きな先輩に告白するんだと。

こんなにも本気になる麗華ちゃんを見たことがなかった私は、心のどこかで寂しさを覚えながらも「そっか…頑張ってね」と精一杯に笑うことしかできなかった。

最後に麗華ちゃんとガールズトークを交わしてから半月が経った頃、なんの前触れもなく、麗華ちゃんにライブに誘われた。
誰のライブなのかと問えば、麗華ちゃんの幼馴染が所属しているバンドのライブだと教えてもらった。
麗華ちゃんを応援してくれるらしい。
その気持ちは私も同じだったので、文化祭で通りすがりに少し聴いた程度のバンドだったけれど、すごく興味を惹かれて二つ返事でチケットを受け取った。

そして、麗華ちゃんを応援するフレーズやメロディに紛れて、私自身の、恋に落ちる音が聴こえた。


「あれ!あれが私の幼馴染なんだ!」


大きな音に負けないように声を出す麗華ちゃんの指が示した人は、私が少しも目を離せなかった人だった。

初めて見る人ではない。
ピンク色の髪の毛は目立つし、同じ学年ならなおさら目にする機会は多い。
もちろん、名前だって知っている。
もっと言えば、話をしたこともある。

どうして今更、彼なんだろう。

わからないけれど、じわりと熱くなる頬に降参をするしかない。
彼を見ているとどうしようもなく泣きたくなって、何度も視界がぼやけるたびに瞬きを多めにした。


「つばさー!ありがとー!」
「……麗華ちゃん」


隣ではしゃぐ麗華ちゃんの肩にぴったりと寄り添い、ピンク色のピアスが光るその耳に口を寄せる。


「―――佐伯くんが…好きかもしれない」





理解ができなかった。
羨ましい。
ずっと、そんなふうに思っていた。


「私はまだ恋とかよくわかんないなあ」


誰かを好きになるってどんな感じ?
私は麗華ちゃんと一緒にいるほうが楽しいもん。
そう言って困った顔をする名前は、今までに恋愛をしたことが一度もない。
私と一緒にいるほうが楽しいとまで言ってくれた。

でも、私は知っている。

派手というわけでもなく、けれど地味というわけでもない名前という女の子は、1年の頃から男子の口から聞くことが多い名前だった。
誰にも言っていないだけで、たぶん、告白もされている。

もし私が名前の立場だったら、放課後や週末に隣に立っているのは彼氏に違いないのに。

名前は、本当に恋愛に興味がなかった。
興味がない、と言うよりも、わからない、と言ったところだろうか。
恋をするということがわからないから、私の恋愛話も黙って相槌を打つだけ。

だから私は、私からの一方的な恋愛話を聞かせるのではなく、名前と恋愛話を"交わす"ことを夢見ていた。

まあ、名前曰く恋愛は"出会うもの"らしいので、気長に待つことにする。

そんな矢先のことだった。

私には異性の幼馴染がいる。
たぶん、学校でそいつのことを知らない人はいない。
性格も、まあ調子の良いところはあるけど根はすごく優しくて真面目なやつだ。
こんなこと言うのは癪だけど、ルックスもいい。
異性だから、名前とは違った視点のアドバイスもくれるし、私のもう一人の愚痴聞き係―――佐伯翼。

色々とあって人生で初めてのダイエットをすることになった際も、翼を驚かせるという意味合いも密かに込められていた。
最初は反対の言葉しか言わなかったのに、時折見せる気遣いや、挙げ句の果てには私のためにライブまでしてくれると言った。

あーあ。
腹の底からじわりじわりと心臓の方へとにじり寄るこの感覚は、私自身よくわかっている。
認めたくないなあ。

そんなふうに思いながら名前を連れてライブに行けば、案の定。
スポットライトを浴びて、ベースを弾く幼馴染のことを、正直かっこいいと思ってしまった。

なのに。


「―――佐伯くんが…好きかもしれない」


それだけを告げるのに必死で、私は麗華ちゃんの服を掴んだままの手に力を込めた。

佐伯くんは、麗華ちゃんの幼馴染。
友達が自分の幼馴染を好きになるって、どんな気持ちなんだろう。
でも、身に覚えのないこの感情の行き先は間違いなく、まだどの線も結ばれていない空白のところ。

佐伯くんに、恋をしてしまった。

とにかく、この感情を覚えたことを真っ先に麗華ちゃんに知らせたかった。
私の惚気話を聞きたいと言ってくれた、麗華ちゃんに。

麗華ちゃんは佐伯くんを数秒眺めた後、ゆっくりとこちらに振り向いた。


「―――そっか……名前は翼なんだ……翼、なんだね」


ねえ、どうしてそんなに泣きそうな顔をしているの?







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