人間とは、種族を括る大きなカテゴリー。
その中で次に大きなカテゴリーとなるのは、性別。
そこを基盤として、国籍や家系、血液型等と無数に枝分かれをしていく。

それが、あたし達"人間"。

人間は聡くて器用な生き物でもあり、同時に、どの種族よりも面倒臭い生き物でもある。
文明を切り開き進化し続ける賢さを持っていながら、呆れるほど小さなことを複雑にしたがったり、はたまた争いへと変化させるのだ。

その人間故の面倒臭さの一つとして、数あるカテゴリーの中には"常識"から少しでも外れると後ろ指をさされるカテゴリーがいくつかある。

あたしの場合、性別は男。
男の一人称は、いくつかあるものの大半は「俺」もしくは「僕」。
この時点で、あたしが"他人の常識"から逸脱しているのは明白だ。
そして服装。
本来の男が履くものではないショートパンツやタイトなミニスカートを好んで履いたり、髪も女みたいに長い。

いわゆる"男の娘"というやつ。

人はこれを奇異な目で見たり、可愛いと言ってくれたりと反応は三者三様だけど、これがありのままの自分なのだからしかたがない。
あたしはこの自分が大好き。
かと言って、だから身も心も女になりたいと言うわけではない。

人間の性別には、もう一つサブカテゴリーがある。
遠い遠い大昔から、今に至るまで。
人類が途絶えずに進化をし続けてこられたのは、オスとメス、男と女の関係が前提にあるからだ。

医療の進化で男でも子供を産める時代にはなったと噂で聞いたことがあるけれど、それでも子供を産むのは女という法則が"常識"だ。
だから、男が結ばれるのは女であり、女が結ばれるのも男である。
人類存続からイコールで結ばれるこの結果が、人間にとっての"常識"。

けれどその"常識"とは、それを"常識"と思う人間のみの"常識"である。

男を好きな男もいる。
女を好きな女もいる。
または、男も女もどちらも好きな人もいる。
男のような身なりを好む女の恋愛対象が男だとか、あたしみたいな女の格好をした男だけど女が好きだとか。
もちろん、その逆も然り。

所詮"常識"とは、その人物にとっての匙加減でしかない。
人類は約74億人。
世界は広いのだ。

つまりあたしが言いたいのは、男が女みたいな格好をしていることもおかしなことではないし、そんな男の好きな相手が女であることも何らおかしなことではない。

あたしには、好きな女の子がいる。
同じ学校の、同じクラスの子。
あまり目立つタイプではないけれど、芯の強い、しっかりと自分を持った子だ。

初めて学校以外の場所で会った時、女の格好をするあたしにすぐさま気づいて声をかけてきた。
よく考えればその子に限ってそんなことはある筈がないけれど、それでも少しの戸惑いを覚えたあたしは、向けられるであろう白い目に身構えてしまった。

けれど、彼女の口から出てきたのは、あたしの予想をいい意味で裏切るものだった。

自分らしく堂々としていてかっこいい。
そんなあたしは、とても素敵だと。

素直に嬉しかった。
同級生に馬鹿にされたこともたくさんあったし、どちらかと言えば、音楽が絡んでいない場面では嫌な思いのほうがたくさんあった。

けれど彼女―――名前は、尊敬してやまない人物の言葉に背中を押されただけのあたしを褒めてくれた。

その時の喜びが次第に恋愛感情に変わっていくことは、とても簡単なことだったのかもしれない。


「っ…すき…んっ…だいすき…」


次のライブに名前を誘おうと思い、チケットを握り締めながら隣のクラスへと向かったところで足が止まった。
閉め切られたドア越しに漏れるその声には心当たりがあり、指先が一瞬にして冷たくなる。

駄目だと思いながらも、ドア窓から中を伺おうと伸びるつま先が抑えられなかった。

誰もいなくなった教室の窓際の席。
その机の上に乗り上げた名前の肩からカーディガンはずれ落ちているのに、それを気にする素振りも見せず、跨った相手に一心不乱に唇を押し付けていた。
名前によって半分押し倒されている相手は、その白い太ももを名前の太ももに擦り付けながら、乱れたスカートの下から下着を覗かせる。

制服越しの名前の胸が、相手の胸の膨らみと合わさり、その形を変えていた。

初めてディズィの歌を聴いた時のような、初めて女の格好を罵られた時のような衝撃に、頭の中が真っ白になった。

名前があたしの格好を笑わなかった理由が、やっとわかった気がする。
あたしに対して、名前が差別的な感情を一切抱いていなかったことは事実。

なぜならそれは、名前自身も"違う"から。

この学校に上がって初めて見つけた恋は見事、好きになった相手と同じ性別を持つ子を前に敗北した。

恋に恋をしていただけかもしれない。
あたしには音楽がある。

自分に言い聞かせるように納得のいく理由をいくつも並べ立て、失恋の感傷や自棄の波が来ないよう心を落ち着かせる。
あたしに握り締められたチケットは1枚。
そこにもう1枚プラスをして、名前の靴箱に入れることにした。

少しだけ弱音を吐くとすれば、あたしが身も心も女になりたいと思うのは、これが最初で最後に違いない。







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