初めて翼くんと手を繋いだ時、その指先の硬さに思わず声が出てしまうほどに驚いた。
女の子に引けを取らないくらい華奢な指をしているのに、そこからは想像もできないくらいに右手の人差し指と中指のお腹が硬かったのだ。

翼くんは少し困った笑みを浮かべながら、解けた右の手の平を私の目の前に翳した。
細くて長い指が5本、スラッと整列するなかで、2本だけ指紋がほとんど消えた指があった。
教えてもらわなくても、その原因はすぐに見つかった。

翼くんが大切にしているベースとは、弾き続けるとこんなふうに形となって現れるのか。

感心しながら指先を見つめた後、再び差し出される手を期待したのに、翼くんはそのまま右手を下ろしてしまった。
その行動に首の後ろがサッと冷え、堪らずに「嫌だったわけじゃないよ!」と私の方から手を引き寄せるように握れば、驚いたように目を丸めて、それから照れ臭そうに微笑んだ。

佐伯翼くんという17歳の男の子は、昔から、ある程度のことは何でも卒なくこなせられる男の子だと知った。
何をやらせても人並みにできて、おかげで学校では人気者。

だけど翼くん自身は、そんな器用貧乏な自分にどこか諦めを抱いていた。
何をやっても人並みにはできるけど、所詮人並み止まり。
BLASTに入ったのだって、バンドのトップを熱く志すメンバーに自分を担いでもらうためだと自嘲していた。

でも、そんな翼くんが、少しずつ変わってきている。
"器用貧乏"が、自分の指がここまで変わるほどにベースに触れるなんて考えられない。

そんな翼くんが努力している証を、私が嫌うわけなんてないのに。

いつもは遠慮がないくらいなのに、変なところで気にし屋なのは一体いつ治るのだろう。
せめて、彼女である私の前では自然体でいられるといいのに。
そんなふうに改めて翼くんを意識したのは、何ヶ月前だったか。

翼くんの手に触れている時が1番、本来の翼くんに触れている気持ちになれた。
翼くんそのものを物語る手の平や指先が、愛しくて愛しくて堪らない。


「(…好きだよ)」


高い位置にある横顔を、繋がる手から辿るように見つめながら、そう心の中で呟く。
中性的な顔立ちも、ライトグリーンの瞳も、フェミニストなところも、ちょっと腹黒いところも、大きな犬が苦手なところも、好物のナポリタンを頬張る時に見せる幼さも。
翼くんを形成するものすべてが、愛しさに満ちている。
本人に直接言うと調子に乗るのは目に見えているので、絶対に、心の中でしか言ってやらない。


「(好き…翼くん、大好き)」


不意に、振り向いた翼くんの瞳が私を捉えた。
あまりにも咄嗟のことで視線を外せなかった私は、見事にその綺麗な眼差しに絡みつかれる。


「なあに?俺のこと考えてた?
名前の視線がビシバシ刺さってるけど」
「……悔しいけど、そうだよ」


急にこっち見ないでよ。
聞こえてしまったのかと心臓が跳ねてしまったではないか。

渋々と言った声色で漏らせば、案の定翼くんはまじかよ!と嬉しそうに笑った。
その笑顔さえも、幸せだと思える私は相当彼のことが好きらしい。


「俺も名前のこと、すげぇ好き」
「っ!な、なんで…!」
「名前が俺のことが好きーって思ってる時の笑い方」


名前の癖はなんでも知ってるって。


そう言って無邪気に笑う翼くんに、インクを垂らしたように、胸の中にじわりと広がる温もりを感じた。

この笑顔は、どうかありのままの翼くんでありますように。
唇に触れる愛しさが、どうか嘘ではありませんように。

そんなことを願いながら、2人の間で繋がれたその大きな手を、硬い指先ごと強く握りしめた。
私以上に強く握り返してきたそれに、翼くんの言う"笑い"が口の端に漏れた。







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